第五十二話【私、終戦です】


「こんなものかしら?」

「まったくミレーヌは欲がねぇな……まぁ通商協定でお互いに関税がかからないのは悪くないが、現状なら相手に賠償金をたっぷりいただけるんだぞ?」

「国のお金は住民のお金じゃ無いの。苦しむのは市民よ」

「そうか……わかった。あとは見ていてくれればいい」


 現在私たちは山道の中央に立てられたテントにいたわ。

 いつもの主要メンバーでベルーア王国との協定案を協議していたの。もっとも基礎は戦争前にティグレさんが作って置いたっていうのだから、凄いわよね。

 ただその初期案は余りにもベルーア王国を締め付けるものだったので、却下したわ。


 これが王族だけに対する罰ならまだしも、賠償金なんて決めても、王族は税金を搾るだけよ。


「よし。行くぞ」


 ティグレさんを先頭に、もう一つのテントに乗り込んだわ。

 そこには頭に包帯を巻いたオーコーゼ将軍とガラディーン辺境伯と、側近が数人。こちらはレッドもいるから、いざという時の戦力は過剰ね。


「お待たせしました」

「……いや。そうでもない」


 山道での津波作戦は、私が驚くほど上手く行ったわ。

 三度津波を起こせば、オーコーゼ将軍の櫓車までなぎ倒して、敵の前衛を押し流したわ。

 ティグレさん曰く、3000は兵を巻き込んだと言っていたの。三万六千の軍勢の一割を殺さずに打ち倒したという事になるわね。

 ティグレさんは自信たっぷりに、言ったわ。


「軍勢の一割をたった一人の魔導士に失った……いや、戦闘不能にさせられたんだ。相手がよほどの阿呆で無い限り降伏勧告を飲む」


 実際その後、ティグレさんが言い渡した停戦・・の提案に、オーコーゼ将軍は即座にのってきたわ。

 そんなわけで、現在テントを張って、首脳会談よ。


 こちらの提案した案をオーコーゼ将軍とガラディーン辺境伯が何度も読み返すと、ため息を吐きながら腕を組んだわ。


「……講和案、飲もう」

「将軍!?」

「ガラディーン……相手は勝者とは思えないような妥協案を提示したのだ。飲まねばこじれる」

「しかし国王に確認もせずに……」

「私が責任をもって説得する……ミレーヌ殿。寛大な処置に感謝する」

「良いのよ。その代わり必ず履行してくださいね?」

「我が命に誓って」

「ふん。てめぇの命程度で反故にされたらたまらんぞ」

「ティグレさん……」

「こいつは本物の武人だ。やりかねん」

「いや、そういう意味で申したのでは無い。必ず国王は説き伏せる」


 どうやらオーコーゼ将軍の決意は本物ようね。

 私が頷くと将軍も同じように頭を下げたわ。


「即時軍隊の引き上げ、及び国境線10km以内に100名以上のまとまった軍隊を置かない。それと街道の宿場町ベルを含む一部地域の譲渡。三ヶ月以内に履行……なんとかしよう」

「わかってると思うが期限は守れよ」

「承知した」


 こうしてようやく戦争は終結したわ。

 酷い事にならなくて良かったわ。


 ベルーア王国軍は2日ほど怪我人などの治療の為に留まったてから引き上げていったわ。

 この時、ルーシェ教神官長のロドリゲスさんを初めとした神官たちが治療を手伝ったのだけれど、彼らが使った軽・治癒マイナー・ヒールを見たベルーア王国の治癒術士……ハマ教の神官たちが治癒ヒールだと勘違いしていたらしいわね。


 どうもこの世界の魔法は、ある程度の魔法理論を基礎に、独自進化した形跡があるの。

 とにかく魔力効率が悪いのよ。

 これは私が眠る前の時代からしたら信じられないほど原始的な術式がベースになっているからね。


 とにかく、ようやくベルーア王国軍は引き上げていったわ。


「やっと終わったわね」

「おう。最高の勝利ってやつだ」

「死人は出てないわよね?」

「少なくとも味方にはいない。王国軍も大丈夫だろ。立ちあったのは全員正規軍だったからな」

「なら良かったわ」


 こうして、ようやく全てが終わったの。


「さて、これからが大変だぜ」

「え?」


 終わったのよね?


「なに寝言こぼしてんだ。俺の予想じゃこれから大変な事が起こるぜ?」

「え? え?」

「ミレーヌ神聖王国は、物品の取引税……消費税しか取ってないだろう?」

「ええ。それで充分に経済は回りますからね」

「まず移民がどっと増える」

「それは……今までもでしょう?」


 だから移民局を設立して任せているのだもの。


「恐らく戦争中の小国から大量に押し寄せるぞ」

「……今より?」

「ベルーア王国軍を撃退したんだぞ? 噂はあっと言う間に広がる。この地域では一番の武力を誇ったベルーア王国を撃退出来る防衛力と、低い税率。……いや、市民は実質無税なんだぞ? 間違い無く殺到する」

「……た、大変ね」

「それだけじゃねぇぞ」

「え!? まだ何かあるの!?」

「ああ。ベルの町を国に編入しただろ。これから近隣の村町がこぞって編入を宣言するぞ」

「ちょっ!? それってベルーア王国を切り取る事にならない!?」

「なる」

「たっ! 大変じゃない!」

「だからそう言ってるだろ」


 う……嘘でしょ?

 どこかが独立や編入を宣言する度にベルーア王国と会談?

 嘘よね?


「ま、俺たちもフォローする。女王として頑張ってくれ」

「……え……ええー」


 さらば私のスローライフ!


「ミレーヌ……あんたは充分スローライフだからな?」


 プラッツ君にとどめを刺されてしまったわ……。


 ◆


 それから3ヶ月が過ぎて、ベルの町が正式に編入されると、そんなことが可能なのかと、ティグレさんの予想通り周辺の村なんかが編入してくれと殺到してきたわ。

 もしかして、ティグレさんって武力を振るうより、知将としての才能があるんじゃない?


 こうして、ミレーヌ神聖王国は一気に拡大していくとになるとは、1年前からは想像出来なかったの……。


「そもそも私! 王国なんて作るつもり無かったのにー!!」


 ある晴れた青空に、私の叫びは遠くまで響き渡っていった。

 どこまでもどこまでも。


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