第五十一話【私、実験です】
私は小さく深呼吸をしたあと、ゆっくりと魔法を発動させたわ。
普段では考えられないほどの魔力を魔石から吸い上げて。
「
それは基本的な水を生み出すためだけの魔法。
過去の時代であれば、それこそ使えない人間などいないほどの基本魔法。
だけれど今私が産みだした水の量は、小さな沼ほどの水量だったの。
「
続いて唱えたのは、水を操る魔法。
これも尋常では無い魔力を使用しているわ。
それほどまでに大量の水だったわ。
巨大な船で、何杯も掬わなければならないような水量。
私はその大量の水を山道の幅一杯、地面に載せるように操ったわ。
水の高さは私の膝上くらい。
幅は山道一杯、そして奥行きが30mほどよ。
もう少し水の高さがあれば、プールと変わらないわね……。
「本当にティグレさんはえげつない事を考えるわね」
「褒め言葉ととっておくぜ」
「それじゃあやるわね」
私は
でもね……。
私はティグレさんがこの戦法を思いついたきっかけになったときの事を思い出したわ。
◆
「ようミレーヌ。ちょいと聞きたい事があるんだが」
「あら、何かしらティグレさん」
それはある昼下がり、プラッツ君とレイムさんと町のレストランで食事をしているときの事だったわ。
「こないだ本で見た災害集に津波ってのがあったんだが、ありゃ洪水の事だよな?」
「え? 津波? 全然違うわよ」
「そうなのか? いまいち文章じゃわからなくてよ」
「この地域では縁の無い災害だけれど」
「こういうのって一度気になると止まらねぇだろ? 知ってたら教えてくれよ」
「良いわよ。折角だから二人も知っておくと良いわ」
「うげ……、休み時間まで授業かよ……」
「プラッツ君。ミレーヌさんはお忙しいのに私たちのために時間を取ってくれているのよ?」
「わ、わかってるよ!」
二人のいつもの掛け合いにクスリとしながら、私はレストラン前の噴水に移動したわ。
「洪水は簡単に言えば、こうやって溜まっていた水があふれ出す事よ。
私は噴水の排水口を魔法で流れ出ないように止めたわ。
するとしばらくして、水受けから水があふれ出てきたわ。
「……なるほど。川の増水はこんな感じか」
「この地域であり得る災害としてはそうね」
「津波ってのは波のことなんだよな……こういう事か?」
ティグレさんは、噴水の水受けから、手を使って水を何度も叩きだしたわ。……全部プラッツ君にかかってるのはわざとかしら。
「てめぇ! ティグレ! このやろう!」
「わはは! 今日は暑いからな! 丁度良いだろう!」
「この野郎……!
「うをっ!」
ティグレさんがプラッツ君の魔法で、噴水の水を大量にぶっかけられていたわ。
「てめぇ!」
「あ。今のが津波って事だろ?」
ティグレさんを無視してプラッツ君が得意気な顔をしたわ。
でもね。
「残念。それは高波と言われる災害ね。暴風圏なんかでおこるけれど、津波とは別物よ」
「え?」
「プラッツ良い度胸だ。今日は焼きを入れて……」
「そうね、ティグレさん、プラッツ君。二人並んでそこに立ってくれる?」
「「え?」」
「言葉ではわかりにくいから、実際にやってあげるわ。さあ並んで」
「お、おう」
「うん……」
一触即発だった二人に、お仕置きがてら津波の実戦をしてあげることにしたわ。
「津波の恐ろしいところはね、同じ高さの水が、ひたすらに流れてくる事よ」
「水が流れてくるだけ? それで恐ろしい災害? 意味がわからねぇな」
「きっとすんげぇ速度で流れてくるんだよ!」
「速度はあまり関係無いわね。正確には水位がただ上がるだけなのだけれど……それは今度気象学の授業の時にでもやりませよう」
「うへぇ」
「今は単純に津波の恐ろしさを教えてあげるわ」
幸いというか、不幸にと言うか、噴水広場には人だかりが出来ていたわ。
せっくだから、彼らにも知ってもらいましょう。
「ティグレさん。今から高さ30cmの水をあなたの足下に流します。もし最後まで立っていられたら、何度もお誘いの二人きりのお食事にお付き合いしますわ」
「本当か!? 二言は無いな!?」
「ええ」
「み、ミレーヌ!?」
なぜかプラッツ君が焦っていた気取れど、私は無視して、水を操作したわ。
高さ30cm。幅3m。奥行き15m。
そんな水の塊を地面の上に作り出したわ。
透明な水が地面の上で揺らめいているのはちょっとおかしい光景よね。
あ。
なんだか無性に葛きりが食べたく立ってきたわ……。
葛は沢山取れるから後でブルーに作ってもらいましょう。
「えっと、二人とも、その中に立ってね」
「ん? 中で良いのか?」
ティグレさんが躊躇無く長方形の水の塊に踏み入ったわ。流石戦士ね。
「おい、詰めろよ!」
「ふん」
おっかなびっくりで続いたのはプラッツ君よ。
妙にティグレさんに突っかかるわよねぇ。仲良くすれば良いのに。
「それじゃあ動かすわよ」
「いつでも良いぜ」
最初はゆっくり、本当にゆっくりと水の塊を押し出して行くわ。
「ぬ?」
「お?」
まだほとんど止まっているような物だけれど、二人はすぐに異変に気付いたわ。
私はそのまま水を推し進めたの。
「え!?」
「何!?」
一瞬で、膝上まで使った水の圧力に負けて、二人はひっくり返ったわ。
私が少しだけ速度を上げると、二人はもう立ち上がることも出来ないわ。
立とうとして何とか地面に足が触れるも、水の圧力でその場に留まることが出来ない。つまり水の中で転がるしか無いの。
「げばらっ!」
「ごべらっ!」
二人は高さ30cmの水塊に押し流されて、溺れかかったわ。
すぐに水の拘束を解くと、噴水広場に水の塊がばしゃりと散ったわ。
しばらく咳き込む二人をレイムさんが様子を見てくれた。
「なんだありゃ……全然踏ん張りが効かねぇ」
「たった30cmなのに……」
「わかった? それが津波の恐ろしさよ。実際には家や瓦礫なんかが一緒に巻き込まれて流れてくるらしいから、それでもほんの一端ね」
「津波怖え……」
「身に染みてわかったが……もうちょっと別の方法はなかったのかよ」
「二人が喧嘩してるからよ」
「「……」」
それを見学していた広場の人間が笑い出したわ。
明るく楽しく。
それが一番よね。
二人はバツが悪そうに後頭部を掻いていたわ。
◆
つまり。
ティグレさんが考えた戦法は、小さな津波を作り出すことだったわ。
圧倒的な水量が敵の足下を進むと、最初は馬鹿にしていた彼らのそれが、あっと言う間に悲鳴に変わったわ。
飛び越えようと画策したトカゲ騎士もいたけれど、流石にそれを許す奥行きでは無いわよ。
突撃してきていたトカゲ騎士団は、あっと言う間に押し流されていったわ。
敵先頭集団が全て巻き込まれて、押し流されたのを確認したところで、水を開放したわ。
流石にずっとやってると、全員死んじゃうからね。
もっとも……。
自らの装備や二足トカゲでしこたま身体を打ち付け、たっぷりと水を飲まされた兵隊さんたちは、半死半生の様子だったけれどね。
「津波……恐ろしいな」
聞こえたわよティグレさん。
考えたのはあなたですからね?
※わかりにくいのでドウヤ=0.9144m表示では無く、メートルで載せました。
※計算が面倒なので、これ以降メートル表示にします。
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