第四十五話【私、出番無いです】


 ベルーア王国は大河を挟んだ帝国への予備兵として三万の兵力を揃えていた。

 それはいつ帝国が動き出すかわからないという理由からであった。

 またガラディーン辺境伯も、対帝国の防壁として1万8千の兵力を常駐させていた。

 これらの負担は大きく、ベルーア王国の国庫を常に圧迫し続けていた。


 帝国が西進開始!


 ベルーア王国中に衝撃が走った。

 まず国王はガラディーン辺境伯に防備を固めるように命令。さらに本国でも傭兵をかき集めた。

 だが、信じられない事態がおこった。

 帝国の先遣隊が全滅したというのだ。それも辺境のいち宿場町によってだ。


 ガラディーン辺境伯は兵力の消耗を嫌って、街道に点在する宿場町を切り捨てることに決めた。

 ベル町に関しては、最近やたら景気が良い町だったので、辺境伯として切り捨ては苦渋の選択だったという。


 しかして、帝国は敗北。

 さらに追加の兵力がやって来る様子は無かった。


 ここにいたり、ガラディーン辺境伯はミレーヌ町の情報をようやく正しく入手し、本国へとその情報を渡したのだ。

 奇蹟の町ミレーヌ。

 サンプルとして添付された数々の流通品に、独自通貨。

 そのどれもが圧倒的な経済力を見せつけるものだった。


 王国はすぐにミレーヌ町を吸収するべく動いたのだが……結果は藪を突いて大蛇に噛まれるような事態へと移行してしまった。


 ミレーヌ神聖王国。

 それもルーシェ教肝いりで建国を宣言してしまったのだ。

 こうなると、地方の管轄地を権力で貶めるような訳にはいかない。

 交渉が破綻したのであれば、その地を手に入れる方法は一つしか無い。

 それが戦争というものだ。


「全軍揃ったな? 進軍開始!」


 オーコーゼ将軍の怒声が三万六千の兵士達にとどろき渡る。いったいどれだけの声量というのか。

 内訳は、1万が本国正規兵。1万がガラディーン辺境伯正規兵。残りが傭兵と、工兵。それと人足である。軍隊というのは、進むだけで大量の飯を消費するのだ。それらを運び兵隊の面倒を見る人間も大量に必要になる。


 小国が乱立する群雄割拠の時代において、これだけの兵力を揃えられる国は少ないだろう。

 帝国ならば揃えられるだろうが、あの国は現在東にあるという王国との戦争に兵力を引き裂かれているはずだ。

 すぐに大軍を動かせるとは思えない。

 それでも脅威ではあったが。


 傭兵が混じっている割には規律正しく進む隊列。

 まだ整備の行き届いていない街道をひたすらに進む。


 本国兵力が都からガラディーン辺境伯に辿り着き、辺境伯軍と合流し、三万6千の兵力はようやく宿場町ベルの近くに巨大な野営地を設置した。

 今回総大将を任されたオーコーゼ将軍は、必勝の作戦を引っさげてこの地に舞い戻ったのだ。


 帝国を追い返したというミレーヌ軍の話は聞いていた。

 たった一人で五千の兵力を追い返したという。

 さすがにそれは誤報だろう。


 おそらく魔導士と精鋭による少数精鋭部隊が予想される。

 だから今回オーコーゼ将軍は、国中から魔導士をかき集めたのだ。

 その数13名。

 魔導士のほとんどが貴族・・なので、これだけの数を集めるのには苦労した。

 ちなみに魔導士の一人が、ガラディーン辺境伯その人である。彼には魔導士隊の指揮を任せた。


 さらに対帝国の為に開発を進めていたいくつかの新兵器も実戦投入することに決めた。

 まさに万全を期した、ベルーア王国最強の布陣であった。


 オーコーゼ将軍の予想する戦場は、例の山道。

 これは間違い無いだろう。

 待ち伏せには絶好のポイントであり、守るに最適の地形だからだ。


 一つ幸いなのは、あまりにも急な岩山であり、上からの攻撃をほとんど心配しなくて良い事だ。

 それほど険しい地形なのだ。

 逆に言えば岩山からの迂回という選択肢は取れないのだが、そこは数で圧殺すればいい。


 あの巨大な跳ね橋対策も万全である。

 大量の工兵と資材。

 これで一夜にして橋を渡すつもりである。

 橋を上げて安心しきっている奴らの度肝を抜いてやるのだ。

 あの小賢しいやつらのあわてふためく姿を想像するだけで、オーコーゼ将軍の口元が歪むというものだ。


 コケにしてくれた借りは必ず返す!


 こうして必勝の軍隊は山道に差し掛かった。


「いいか! 斥候を絶やすな! とにかく随時いくつもの斥候を放て! 敵の待ち伏せを見落とすな! よし! 例のものを投入するぞ!」


 彼らが用意した新兵器の一つ、それが偵察だった。

 巨大な凧に人間を括り付け、空高く揚げるのだ。

 もっともここは狭い谷底のような場所である。三本のヒモで岩肌にぶつからないよう、細心の操作が必要になる。

 だがその為の訓練は道すがらも繰り返しおこなってきた。


「いいですね。あれなら高い位置の伏兵もすぐに見つかるでしょう」

「うむ。操作には常に気をつけるように」


 懸念していた絶壁に挟まれたこの場所での運用もまずまず。

 情報だと、敵は1000も集められていないらしい。


「ベルの町の冒険者たちはどうなった?」

「それなのですが、帝国との抗争の時のように、ミレーヌ町に移動したという情報はありません」

「確かか?」

「はい。何人にも確認させました」

「よろしい」


 唯一の懸念材料は傭兵もどきの冒険者が、帝国との抗争時のように向こうに着くこと。個人戦闘能力の高い冒険者は戦力が未知数の所がある。もっとも組織立った動きは苦手な奴らなので、数で圧殺すれば問題はあまりないのだが。


「そうなれば敵の取る戦法は3つだ」

「将軍。差し支えなければ教えていただけたら」

「……そうだな。もうよかろう。1つはこの山道での待ち伏せ。兵力が揃えば一番可能性が高かったが、冒険者共がいないのならまずなかろう」

「そうですね。元々常備兵はいないようですからね」

「次に取るのが、跳ね橋を揚げての籠城。これが一番可能性が高いだろう」

「たしかに。視察時に見た渓谷の幅はかなりのものでしたからね。普通に考えれば橋を揚げていれば安泰と考えるでしょう」

「向こうには広大な農地を確認している。食料の心配も無かろう。持久戦はこちらが不利になる」

「そうですね……現状では1ヶ月。節約して2ヶ月が限度です」

「向こうはそれを見越して籠城するだろうが、こちらには一夜で橋を架ける用意がある」

「組み立て式の橋とは恐れ入りました」

「元々は大河にどうにか橋を渡すために考えられた手法の一つで、ボツになった案だ」

「それは初耳です」

「だろうな。橋を垂直・・に組み立てて、倒して使うなど、強度の面からも実用的では無い」

「なるほど」

「今回に関しては別だ。渓谷の幅はギリギリ強度を保てると技術班は豪語している」

「大丈夫なんですか?」

「橋は同時に4つ架ける。それを一気に精鋭部隊が渡り対岸を確保。元の跳ね橋を降ろさせる」

「なるほど! 最後の1つはどんな作戦をとってきますか?」

「この山道に引き込んでからの、背後からの奇襲」

「……それで背面の勢力も厚くしているのですね」

「そうだ。前方だけでなく、背後にも斥候は数を出している。出し抜けはせんよ」

「良い訓練になりそうです」

「ああそうだ。こんなのは戦争では無い、良いところ実戦訓練だな」

「ははは。精々お眼鏡にかなうよう精進いたします」

「うむ。だが油断はするな? 敵に魔導士隊がいる可能性が高いからな」

「わかっております!」


 万全。

 まさに万全の体制でベルーア王国の軍隊は慎重に進軍した。


 そして斥候が情報をもたらした。

 それはオーコーゼ将軍の予想を覆すものだった。


「伝令! 山道の先に敵軍集結! 予想勢力は1000!」

「……ほう?」


 なるほど。地の利を生かした、一か八かの賭けに出たか。

 オーコーゼ将軍はニヤリと口を歪めた。


「前面に三段槍を敷け! 2陣には新型の小型投石機を並べろ! 急げ! 3陣には魔導士隊集結! ガラディーンよ呼べ!」

「「「はっ!」」」


 彼の優秀な部下が切れの良い返事と共に走り出した。


「……勝ったな」


 オーコーゼ将軍は満足そうに腕を組んで、山道の奥を睨み付けた。


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