第四十四話【私、建国しません】
え? え?
ベルーア王国の使節団と交渉していたら、突如聖女認定されたんですけど!?
ルーシェ教の正式な神官となったレイムさんが続けるわ。
「ミレーヌ様。神聖王国の正教としてルーシェ教を受け入れてもらいたく申請申し上げます」
「え? 正教って……宗教は自由でいいんじゃないかしら?」
「それではこの国に、総本山の建設のご許可をいただけますか?」
「そ、それは自由よ」
「ありがとうございます」
いつも丁寧なレイムさんが、いつも以上に丁寧に頭を下げると、ティグレさんが不敵な笑みを浮かべたの。
「……という訳だ。ミレーヌ神聖王国はルーシェ教を受け入れて、総本山の許可も出した。これはすなわちルーシェ教が
「ぬ……」
「そんな……」
オーコーゼ将軍は小さく口ごもり、ペストン宰相は顔を青くさせていたわ。
「いや……まだその小娘が嘘を言っている可能性があるでは無いか」
「そ、そうだ! お前たちが事前に用意させた偽物神官という可能性が!」
「こちらをご覧ください」
レイムさんがまず最初に見せたのは、胸にぶら下がるルーシェ教の聖印だ。そしてそれは一般教徒には知らされていない、ごくわずかな造りの違いで、神官以上の役職が判別できるようになっているらしいの。
とうぜんペストン宰相ほどの人であれば、それは見てわかるみたいね。
「さらにこちらを」
次に取り出したのが、厳重なロウ封と、金銀を使った絵飾りの施された羊皮紙の巻物だったわ。
「こっこれは!?」
どうやらペストン宰相にはその飾りに思い当たる節があるらしく、悲鳴のような声を上げたわ。
「こちらは
「……っ!」
ペストンは震える手で、書簡を受け取ると、腰の短剣で厳重な封を切り取り、羊皮紙をそこに広げたの。
何かの形式にそった飾り文字と思われる筆記で、まるで一種の芸術のような精緻を極めた書状になっていたわ。
「ペストン。何と書いてある?」
「……ルーシェ教はミレーヌを聖女と認定する旨と、この地を聖女の統括する独立した土地と認めると……」
「本物なのか?」
「……間違い無い。知っていたからと言って真似できるようなシロモノでは無いのだ。これは」
さすがにオーコーゼ将軍には読めなかったようね。
教皇からの手紙ですもの。おそらく宰相のような地位の人間にしかわからない判別法があるに違いないわね。
「念の為本国の宰相様にも確認は取った方が良いですが、まず間違いありません。本物でしょう」
「そうか……」
小声で話していたけれど、さすがにここにいる人間は全員が耳を澄まして聞いていたから、そのやり取りは聞こえていたわ。
「さて、ご理解してもらったかい?」
不敵な笑みのティグレさん。
まさかと思うけど、この状況あなたが仕込んだの?
……まさかねえ?
神聖王国とか冗談じゃないんですけれど、否定しちゃうとベルーア王国の奴隷地域みたいになっちゃいそうですものね。それは嫌よね。
「……この件、一度ガラディーン辺境伯の元へ持ち帰り、速やかにベルーア本国の指示を仰ぎたいと思います」
「それしか無いか」
オーコーゼ将軍とペストン宰相は唐突に立ち上がると、別れの挨拶も無しにその場を立ち去ろうとしたわ。
「消しますか?」
「ブルー……私は正式な使者を傷つけるようなメイドを持った覚えはないわよ?」
「……失礼しました」
過保護にもほどがあるでしょう!
去り際に、オーコーゼ将軍がチラリとこちらに視線を戻してきたわ。
「この決断。後悔することになろうよ」
「ふん。おそらく後悔するのはそっちだろうぜ?」
なぜかティグレさんが応えたわ。
なんか私すっごい蚊帳の外なんですけれど……。
「それでは失礼した」
最後にそう残して、彼らの一団は城を出て行ったわ。
もう夜になっていたのに躊躇無く。
100人の軍勢が松明を持って移動を始めると、意外と明るいのねとどうでも良いことに関心してしまったわ。
「さて、ミレーヌ。これからが大変になるぞ」
「大変にしたのはティグレさんでしょう?」
「何言ってやがる。俺が手を回してなかったら、事実上の植民地扱いだぞ」
「……それは嫌ね。でもやることって今までとあまり変わらないわよね? 今までも領地経営してたようなものですから」
「寝ぼけてんのか?」
「え?」
「まず建国宣言」
「さっきティグレさんが勝手にやったじゃない」
「阿呆。ありゃ方便だ。明日にでもお前が正式に発表するんだよ」
「えー」
「えーじゃねぇよ! 植民地化されたいのか!?」
「……嫌ね」
「なら頑張れよ。次にやるのがこのジャングル地方の統一だな」
「え? それって戦争するって事?」
「違う。独立していた村落に至急繋ぎをとって、正式にミレーヌ神聖王国に編入する」
「待って。そんな上手く行くわけ無いじゃ無い」
「安心しろ。根回しはしてある。今までは対等な村同士の付き合いだったが、国として独立するなら従うと内々に話は進んでいる。あとは時期の問題だけだった」
「いつの間に……」
「ふん。お前があんまりおきらくだからな。そっちのメイドや長老会と相談して進めてた」
「知らなかったわ……」
「すみませんミレーヌ様。この方法がもっともミレーヌ様の立場を安全にすると確信しておりました。この件いかなる処罰でも受ける所存であります」
「良いわよ。ただあなたが私に秘密を持つなんて……成長してくれて嬉しいわ」
「ミレーヌ様!」
「あー。御涙頂戴はそこまでだ」
「まだ何かあるの?」
「何言ってんだ? その後が大変だろう?」
「え? どういう事?」
「始まるんだよ」
「だから何が?」
ティグレさんは勿体ぶって、一拍おいてから、ニヤリと凄みのある笑みで言ったわ。
「始まるんだよ。戦争が」
……嘘でしょ?
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