第四十六話【私、暇です】


 オーコーゼ将軍の睨む先。山道の奥に敵勢が見えた。

 大型の馬車が四台すれ違える道幅をもつこの道は、山道としては常識外れに広い道であるが、戦場と考えた場合非常に狭い。


 ベルーア王国の最前列は山道一杯に敷き詰められた三段槍隊。

 なお、三段槍隊と言っているが、前面三列で槍隊が終わっているわけでは無い。すぐ後ろにズラリと槍を立てた槍隊が並ぶ。

 怪我人が出たら速やかに交代出来るような隊列なのだ。


 道幅約17.5ドウヤ(約16m)に21名の槍兵がみっしりと隊列を組む。

 あまり多くても身動きが取れなくなるので210名の槍兵がしっかりと敵を押さえるべく鉄壁の布陣を敷いた。


 数で押し切るも良し、足止めするも良し、負ける要素が無い。

 ガラディーンは身長の四倍ほどの高さをもつ、櫓車の上から敵を観察した。

 貴重な遠めがねで敵前衛の姿を捉える。


「ぬ」


 敵前衛はほとんどが虎獣人であった。

 ベルーア王国には沢山の獣人が住んでいるが、人間に比べるとその地位は低い事が多い。

 それは文化が違いすぎて国の運営を任せられないという理由があった。

 もっとも差別意識は根強く残っていたが。


 強靱な肉体を持つ虎獣人たちは、全員が揃いの金属鎧で身を固めていた。

 兜も立派な物だ。

 あれでは弓矢はほとんど通らないかも知れない。

 

 だがオーコーゼ将軍が目を疑ったのは彼らがもつ武器の方であった。

 王国の近衛でも無ければあれだけの金属鎧を揃えることなど不可能な立派な鎧に反比例するような野蛮な武器。

 丸太だった。


 長大な丸太を10人ほどで持ち上げているのだ。

 丸太にいくつもロープを結び付け、そのロープを獣人たちが肩に巻くように担いでいた。

 それをみて、その利点をすぐに悟る。

 単純に両手で持つのと比べ、少なくとも片手が空く事だ。

 現に獣人どもはその手に武器を携えていた。


 巨大な棍棒であった。


 なんと野蛮な武器であろうことか!

 こちらは揃えられる最高の武具を用意してきたというのに裏切られた気分だった。


 恐らくあれだけの鎧を揃えたのだ。工房の生産が追いつかなかったのだろう。

 それにしてもずさんな生産計画を立てたものだ。


 オーコーゼ将軍は僅かばかりの怒りと共に、前進の合図を前衛に送った。


 ◆


 戦闘は想定外の動きを見せた。


 密度の高い槍ぶすま隊列ファランクスが敵を圧殺すると思いきや、こちらの槍よりも長い丸太が槍隊を突き崩していくのだ。

 原始的な武器だが、その重さと勢いに任せた突撃は、想像以上に味方に損害を与えた。


 幸い死者はいないように見えるが、怪我人が続出。工兵が急いで怪我人を後方に引きずって運び、その隙間を新しい槍兵が埋めていく。

 もちろんこちらの槍兵とてかかし・・・では無いのだ、丸太の隙間から敵に槍を突き入れていく。

 だが、分厚い金属鎧になかなか効果的なダメージを与えられないようだ。

 しかも敵は怪我を味方をすぐに後方へ下げて、新しい獣人を補充していく。

 なので一見互角に見えるが、ベルーア軍の方がやや押されている。


 だが。

 オーコーゼ将軍はニヤリと笑った。

 重装騎兵のような分厚い鎧で身を守った獣人の数はそれほど多くは無い。

 対してこちらはまだまだ換えの兵士は大量にいる。

 怪我人を中央に下げさせて、随時邪魔にならない程度の槍兵を投入していく。


 兵力の随時投入は愚の骨頂だが、現在は完全にコントロールされた戦場なのだ。このまま数で敵を摩耗してやればいい。

 味方誤射の可能性のある新型小型投石機を導入する必要は無さそうだ。


 オーコーゼ将軍はとにかく敵の数を減らし、粘るよう前線指揮官に指示を飛ばした。

 いくら屈強な虎種族とはいえ、数は少ない。

 その精鋭で勝ちきれると思った戦争素人の立案など、まさに下手の考え休むに似たりという奴だ。

 結局戦争とは数なのだよ、数。


 30分ほど、前線同士の衝突が続く。

 すでに入れ替えた兵力は300に及んだ。

 しかし、敵隊列に乱れが見えない。


(おかしい……)


 オーコーゼ将軍がその異常な事態に気付き始めた頃、伝令が転がるようにやってきた。


「偵察凧より伝令! 至急!」

「言え!」

「はっ! 敵前衛後方に、救護所を発見! ルーシェ教の神官と思わしき治癒術士多数!」

「何だと?」

「しかも……その……」

「どうした!」

「ご、誤報の可能性もあるのですが……神官以外の一般人らしき人間まで治癒魔術を行使している可能性ありと……!」

「なん……だと!?」


 そう。

 敵は減っていなかったのだ。

 屈強にして最高級の装備を纏った精鋭部隊が減らずに襲ってきていたのだ!

 その事実に気付いてオーコーゼ将軍の背筋はゾッと凍った。


 まんまと術中に嵌まっていたのはオーコーゼ将軍の方だったのだ!


「くっ! 槍隊に伝令! 今より前進では無く、防衛体制に移行! 無駄な槍兵を下がらせろ! その空いたスペースに新型投石機を前進!」

「はっ!」


 初手は完敗である。

 だが。

 2ラウンド目はこちらがいただく!


 オーコーゼ将軍は敵部隊を……前線後方で指揮を執っている、一際立派な鎧の虎獣人を睨み付けた。

 ティグレ・グオ・タイグーであった。


 ※1ドウヤ=0.9144m


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