第四十一話【私、絵画です】


 力無くだらりと青年が組み立て式の椅子に座っていて、その前に、いくつかのキャンバスが並んでいたわ。

 道行く人たちは、チラリとその絵画らしき物に目をやると、しばらく見つめた後立ち去っていったの。


 一見すると落書きのように見えるタッチだけれど、私には逆に繊細でリズミカルに感じられるわ。


「これ、あなたが描いたの?」

「え? ああ、はい、そうです」

「これは顔よね? 凄い簡略化してるけど」

「はい。それは自己の内面に潜む相反する感情……二律背反アンビバレンスを色とタッチで表した自画像です」

「二律背反?」

「えーと、矛盾した二つの気持ちが同時に存在する事があるじゃないですか、好きだけど殺したいみたいな……理性と感情とでも言うのか、矛盾する感情といいますか……」

「なるほどね。そういう想いを込めて描いたのね」

「はい。手法としては異なる角度からの描写を一枚の絵の中に放り込んでそれを表現しました。勝手にキュービズムとか言ってます」

「凄いわね。一見すると落書きにしか見えないのに、目が離せない何かがあるわ」

「ありがとうございます。ははは……誰にも認められなかったんですけど、この町には色んな芸術を好む方がいるとききまして。救われた気分です」

「じゃあ来たばかりなのね」

「はい」


 彼はわかってないわね。

 先ほどの通行人たちで、一瞬とは言え足を止めていたのはここだけなのよ?

 それだけ響く物を持っているということに。


「この絵画、全ていただけるかしら?」

「え? それは嬉しいですが……その、本当に良いんですか?」

「ええ。……あら? あなたの後ろにも絵があるじゃない。ちょっとそちらも見せてくれる」

「これは……いえ、どうぞ」


 それは緻密は風景画だったわ。

 並べられている物とは大違いの、そう、貴族たちが喜んで買いあさりそうな素晴らしい風景画。でも……。


「上手く描けているわね」

「ええ……でも、それは綺麗に描けているだけです」

「そうね。でも安心したわ」

「何がです?」

「基本も出来ていない人が、適当に描いた絵じゃ無いって証明じゃない。ちゃんとした技術をもった芸術家が行き着いた一つの頂点でしょう?」

「え? そう……だと自分では思っています」

「うん。この絵画も素敵だけれど、私が欲しいのはこっちの絵画ね」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「あなた、お名前は?」

「名前ですか? 私はブパロ・エウーゴ・ホセ・フライシスン・デ・ポーラ・ホマン・ムポムセーノ・アーリア・デ・ラス・ラメディオ——」

「待って待って! それ名前なの!?」

「ええ……両親が偉人などの名前を繋げてつけてくれたんですが……自分でもたまに間違えます」

「そりゃそうでしょう……あなたのフルネームを言っている間にコブ・・も引っ込みそうね」

「すみません。良ければペカソと呼んでください。親友たちにはそれで通しています」

「そうさせてもらうわ」


 呪文なら、ちゃんと一句一句に意味があるから覚えられるけど、流石にこれは無理よ。


「ブルー。お願い」

「承知しました。代金を」

「ありがとうございます」


 代金を聞いて、私は安すぎると、彼の提示した金額の10倍を支払って、絵画を受け取ったわ。


「そうだ。またあなたが満足する絵が描けたら、私の所へ持ってきてくだる?」

「もちろんです」

「あ、ごめんなさい。私はミレーヌ・ソルシエと申します」

「え!?」

「あら、ご存じ?」

「そりゃあもう。町に入る為に山脈の向う側に滞在したのですが、この町の領主様だと聞きました」

「領主……というわけではないんですけれど、代表をやらせてもらってますわ」

「その……色々失礼してしまって」

「良いのよ。むしろお礼を言いたいくらいですもの」

「必ず傑作を持ってお伺いさせていただきます」

「ええ。期待しているわね」


 こうしてペカソさんと別れて、ほくほく顔で馬車に戻ったんだけれど、私がその場を去った途端、どこからともなく商人風の男たちがわっと現れて、ペカソさんの露店に集まっていたわ。


「あれは何かしら?」

「ミレーヌ様が目を付けた芸術家ですからね。今のうちからツバを付けておこうという魂胆でしょう」

「あら、風景画が取り合いになっているわね」

「商人たちが勝手にオークションを始めていますね」

「喧嘩になっていないなら良いわ」

「あのペカソという青年は少し迷惑そうですが……」

「彼はこれから有名になるわ。良い経験でしょう」

「なるほど」


 こうして私はにやけつつも町の中心部に戻る事にした。


「ねえブルー。美術館を作りましょうよ! 素晴らしいアイディアでしょ!」

「確かに、演劇場の建築に集まった人足がまだかなり町に残っていますからね」

「雇用は大事よね!」

「ええ。ミレーヌ様のお仕事も大事です。それが終わったら計画を立てましょう」

「……はい」


 少しは休ませてよ。ぐすん。


「適度なお仕事はミレーヌ様の為にもなりますから」

「……はい」


 なんか昔よりちょっぴり厳しくなってない?

 ブルー……。


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