第三十八話【私、出ません】


 話は帝国との戦争よりも大分前に戻る。

 場所はルーシェ教総本山である。

 いつもの様に沢山の信者が行き交う巨大な神殿に、やはりいつものように何日も前から順番待ちをしていた訪問者がの前に現れた。

 彼の名はロドリゲス・エボナ。ここルーシェ教総本山の神官プリーストと言えばその地位の高さがわかるという物だ。

 ロドリゲスは日課である、女神への祈りを終えると、訪問者を招き入れた。

 訪問者はミレーヌ町と言う新興の町からやって来たらしい。そこの町長から、教会を作る許可を欲しいという陳情であった。


 まずロドリゲスが気になったのが、町長からという手紙だった。

 都で普及がようやく始まった紙を使った手紙を使っているという所に、その村長のなみなみならぬ熱意を感じられる。

 次に気になったのが、お供え物として持ち込まれた、リュック一杯のであった。


 丁寧に個別に包装された薬草は、解熱剤、鎮痛剤、止血剤、さらに驚いたのは脚気かっけの薬であった。


 脚気。

 これは特に戦場に長期で派遣されるとおきやすい原因不明の伝染病・・・であり、治療法が見つかっていない病で有る。

 症状としては食欲不振、だるみ、倦怠感、足のしびれ、むくみ、動悸、息切れ、感覚の麻痺などが現れる。


 ロドリゲスは目を疑った。

 不治の病と言われている脚気が、伝染病ではなく、食生活からくる病気と、薬の解説書に明記してあるのだ!

 それだけでは無い、脚気の判別法までもが明記してあった。


「膝のお皿の骨の下部分を硬すぎない物で叩いて、足が上がらなかったら脚気の可能性大? そんな馬鹿な……」

「本当ですよ。健康な人であれば、逆に足がぴょこりと跳ね上がります。叩く場所を間違えないでくださいね」


 ルーシェ町からの使者は事も無げにそう言った。

 ロドリゲスは手近の丸い木の棒を、自らの膝の皿の骨の下部分を軽く叩いてみた。すると確かに一瞬、足がピクリと勝手に動いた気がした。

 今度はもう少し強く叩いてみると、ひょこりと足が跳ね上がったのだ。自らの意志とは無関係に!


「お……おお……馬鹿な……」

「信じられない気持ちはわかります。私も女神様……失礼ミレーヌ様とお会いするまで信じられませんでしたから」

「本当に脚気が治療出来ると?」

「私は細かくはわかりませんが、多くの脚気患者が治ったのは事実ですよ」

「そんな……馬鹿な……」


 ロドリゲスの知っている限り、脚気は治癒魔術でその進行を抑えることしか出来ない不治の病。

 それを薬で治すなどとは考えも付かなかったのだ。


「あ、あなたはいつまでこの町に滞在の予定ですか?」

「もし、お返事をいただけるのであれば、費用が尽きるまで宿を取らせてもらおうと思っています。すぐに返事をいただけないようであれば、戻ってくるように言いつかっております」

「おお! ならば心配めさるな。しばらくこの教会に滞在してもらってよいだろうか?」

「それは有り難い申し出です。ただ、私はそこまで熱心なルーシェ教と言うわけでは……」

「問題ありませんよ。ああただ、女神様を貶めるような発言や行動はお控え下さい」

「もちろんです」


 こうしてミレーヌ町からの使者にはしばらく逗留してもらうことにして、ロドリゲスは、四つの薬が実際に効くかを試すことにした。

 最初は総本山に勤めている人間で、高熱を出した信者に、許可をもらって試してみた。


 効果は覿面であった。

 薬を処方通りに与えると、なんとものの三十分で熱が引いたのだ!

 これには総本山中が騒ぎになった。

 さらに、高熱で命の危ない、入院患者に投与することにした。


 今更だが、ルーシェ教は病院の様な役割を持っている。


 するとどうだ。

 今まで治癒の魔術も、数々の薬も効かなかったというのに、患者はすやすやと穏やかな寝息を立て始めたでは無いか!

 それまで高熱で苦しみの声を漏らし続けていたというのに!


 さらに大怪我で運ばれてきた患者に、治療代をタダにする代わりに、鎮静剤の使用許可をもらって投与した結果、これまた効果絶大であった。

 止血剤もしかりで有る。


 薬の効果を確信したロドリゲスは、ある病室を訪れていた。


「お久しぶりです、枢機卿カーディナル

「おお、ロドリゲスではないか。ご無沙汰だったな」

「いえ、お身体の具合はいかがかと」

「ふむ……あまり良くは無いな。最近は後継の推薦を求める人間ばかりで辟易しておったわ」

「教会の人間として恥ずべきばかりです」

「なに、後任は必要だろう」

「それなのですが、枢機卿に一つお願いがありまして」

「なんだ? まさか後任の……」

「違います。ある筋から脚気の特効薬を献上されました。それをお試しいただきたい」

「なんだと? ……まさか教会でも1、2を争う薬学知識を持つお主が脚気を……」

「献上されたのは、脚気以外に、解熱剤、鎮痛剤、止血剤。そのどれもが驚くほどの効果をみせております」

「……なに?」

「まだ試していないのはこの脚気の薬のみ。しかし献上された量から、それほど沢山の人間に投与出来る量はありませぬ。枢機卿。お願いでございます。実験台になってもらいたい」


 枢機卿は目を丸くしてロドリゲスを見た。

 彼の目はいたく真剣だった。


「く……くはははは……ごほっ! ごほっ!」

「枢機卿!?」

「す、すまん。少しむせただけだ。良かろう。この老体で役に立つことがあるのなら、喜んで実験体にでも被検体にでもなってやろう!」

「ご英断感謝いたします」

「良い。これも女神の導きであろう」

「はい。それでは脚気の検査から行います」

「検査だと?」

「はい、おみ足を…………」


 それから二週間。

 薬の投与だけでなく、手紙に気されていた食餌療法というものも併用した結果……。


「枢機卿!!」

「おおお! 女神の奇蹟だ!」

「見ろ! ご病気で伏せていた枢機卿が自らの足で歩いているぞ!」


 それはミサの時間だった。

 久々に壇上に立ったのは、病気療養中と発表されていた枢機卿の姿であった。


「ロドリゲス」

「はっ!」


 ロドリゲスは半ば涙ながらに枢機卿へと近づいた。


「お主を現刻より主席神官アークプリーストに任命する。良いか。最低でも秘薬の購入ルートを。可能で有れば製造方法を必ず手に入れてくるのだ」

「はっ! 身命に賭して! 女神に誓います!」

「うむ! ゆけ! 謎の町ミレーヌへ!」

「はっ!」


 そうしてロドリゲスは馬を走らせた。

 そして……。

 ミレーヌ町で絶句する事となった。


(あの方こそ女神の生まれ変わりに違いない!)


 こうしてミレーヌ町は、当人に知らないところで、ルーシェ教と繋がりを密にしていったのだ。



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