幕間

幕間【俺、行きます】


 冒険者を初めて七年。

 そろそろ限界が見え始めていた。


 剣の腕は中の下、斥候の能力は皆無。魔法など使えるわけも無い。

 それでもショートソードとショートボウの腕を磨き、なんとか冒険者として食らいついてきた。

 前衛としても後衛としても中途半端な俺とパーティーを組んでくれる奴はほとんどいなくなっていた。


 そんな時、耳にした噂が、地方の宿場町が今、大変な好景気で冒険者をかき集めているという話だ。

 最初は根も葉もない噂だと思っていたら、どうやらギルドもその情報を掴んでいたらしい。既知のギルド職員に酒を飲ませて聞き出した話だから間違えが無い。

 どうも、優秀な冒険者が宿場町に流れるのを嫌って、情報を堰き止めていたようだ。


 だが、人の口に戸は立てられぬと言うものだ。

 俺は早速その宿場町に足を向けた。ベルという町には何度か行ったことがある。いずれも商隊の護衛でだ。

 運良く同じように護衛の仕事を見つけたので、片道という条件で仕事を受けた。随分値切られたがまぁしょうがないだろう。


 宿場町ベルに辿り着いたとき、俺は驚きで絶句してしまった。

 絶賛進行形で拡張されている町壁。それはもう市壁や砦レベルの立派な物だった。

 これだけの壁を作るには想像外の金が掛かるらしい。まず石。近くに石切場が無ければ、遠くから買い付けなくてはならない。それには大量の馬や二足トカゲとその御者や荷車が必要になり、さらに飼料、水、軸受けなどの消耗品が必須となる。

 石を運ぶだけでこれだ。しかも見た感じではかなり急ピッチに作業を進めている。その数は膨大な物になっているだろう。


 次に必要なのが職人だ。市壁のような直立した壁は、石を積み上げたところで完成しない。高い石組みの技術を持つ職人が必要になる。同時並行で行われている工事を見て、一体何人の職人がいるのか想像もつかない。


 そして当然職人の指示を受け、石を運ぶ大量の人足が必要になる。そりゃもうそこら中でたくさんの人間や獣人が石を運んでいた。給金だけでどれだけ掛かっていることやら。


 奥では巨大な鉄鍋で、何かのスープを作っていた。当然馬だけでなく、人間にも食べ物が必要だ。

 普通に考えれば、これだけの人足をかき集めたのだ、食料も大量に輸入しなくてはならないだろう。普通に考えたら値が跳ね上がり、経費も跳ね上がるのが普通だ。


 だが……。

 遠目に見た感じ、人足に出すにしては妙に豪華な具材が使われているように見えた。野菜が数種類に芋……さらになんと肉まで見えた。

 たまたま豪華な飯の日だったのだろうか?

 人足を引き留めるためたまにやると聞いた事がある。

 もし毎日この飯だったら、冒険者の仕事で無く、人足の仕事をしても良いと思わせる料理だった。


 ベルの町に入るとこれがまた、凄まじい人手と熱気に溢れていた。

 一度だけ行ったことのあるみやこよりも賑わっているのでは無いだろうか?

 いや、都は広いから比べることに意味は無いか。


 俺は目を丸くしたまま冒険者ギルドに移動した。


 中は戦争のようだった。


 掲示板には依頼が書かれた羊皮紙が……いやまて、これは紙じゃないのか?

 なんと紙に書かれた依頼が、所狭しと、重ねられるように貼られていたのだ。

 その数は……ええと……尋常じゃ無い数だった。


 受付も混雑していたが、半ば割り込むように受付してもらった。


「すまない! 所属ギルドの移動願いなんだが!」

「このギルドへのですか!?」

「そうだ!」

「今すぐ!」


 書類を渡すとものの数十秒で手続きが終わった。

 驚きである。


「仕事は掲示板を! とにかく何でもいいから受けてください! お願いします!」

「お、おう!」


 なんでもいいから受けろなんて初めて聞いたぞ……。

 もう一度掲示板に行くと、引っ切りなしにお仲間が用紙を引っぺがしていく。


「よお! あんた新入りか?」

「ん? ああそうだ」

「ちょうど良かった! うちのパーティーに入らないか!? 人数が心許ないんだ!」

「それは有り難いが、実力を見なくていいのか?」

「戦いがダメなら荷物持ちでもなんでもいい! とにかく人手が足りないんだ! 頼む! それにあんた腰のショートソードくらいは使えるんだろ?」

「あ、ああ、あとショートボウを少々」

「そりゃいい! 後衛が少ないんだ! よし! いくぞ!」

「お、おい……」

「報酬はちゃんと山分けだ! 仕事はダンジョンで魔核集め。いいか? 魔核以外目もくれるな」

「え? な……?」

「よしお前ら行くぞ!」

「「「うっしゃー!」」」


 こうして俺はダンジョンに潜ることになった。


「マジか……」


 俺は手にした銀貨10枚をマジマジと見つめていた。

 町についたのは昼過ぎ。

 ダンジョンを出てきたのは夜中だった。

 信じられない事に、ダンジョンは冒険者で溢れていた。

 そのダンジョンは最近まで拡張に拡張をされた、危険指定のダンジョンだったらしいのだが、現在ではジャイアントアントが山のように狩れると言う事で大人気ダンジョンらしい。

 お目当ては蟻の出す魔核だ。

 ジャイアントアントが出す魔核は小さく買い叩かれるのが普通だった。なんといっても魔導士以外に用のないシロモノだ。

 そしてその魔導士の数なんてものはたかがしれている。

 値段が上がるはずも無い。


 ……ところがだ。

 この親指ほどの魔核が、ギルドに売っても銀貨一枚。何かしらの依頼を受ければ二枚はかたいという。

 一体全体この町の相場はどうなってるんだ?


 本来ジャイアントアントは群れをなして攻撃してくる危険な魔物だ。だが、この町のダンジョンには蟻と同じくらいの冒険者がいるのだ。まさに狩り放題。

 大量の魔核を拾い集め、依頼書に記載された数を集めると、さっさと戻り、ギルドから報酬をいただく。

 パーティーメンバーは誤魔化すことも無く、報酬を山分けしてくれた。

 それが銀貨10枚。

 下手したら10日分くらいの稼ぎだった。


 俺はそのままこの町に永住すると決めた。

 だが、その決意も二ヶ月ほどで薄れていく。

 様々の人間からその噂を聞くことになったからだ。


 山脈を抜けた陸の孤島に楽園がある。


 なんだその眉唾な話は。楽園はこのベルの町の事だろう?

 そう思っていた時期もあった。だが方々から聞く噂は、どうやら本当に楽園のような町があることを示していた。


 その町の名はミレーヌ。

 奇蹟の町ミレーヌ。


 俺は意を決してその町に向かうことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る