第二十九話【私、盗られます】


 フクロウが首を上げる。

 暗闇のジャングルを2人の男がゆっくりと進んでいた。


「おい、本当にこんな地の果てに鉄なんてあるんだろうな?」

「マジだって。見たんだよジャングルが突然ひらけたと思ったら、都並みの建築物が並んでるのをよ」

「嘘くせえなぁ……まぁ暇だったから良いけどよ」

「疑うならゴブリンでも狩ってりゃいいだろ?」

「馬鹿、それがマジだったら大金持ちじゃねーか」

「声を掛けてやるんじゃなかったぜ……」


 男の一人は、先日ミレーヌ町を訪れたアキンドーの護衛をやっていた冒険者だった。


「しかし、そんなに鉄器があるって事は警備も厳しいんじゃ無いのか?」

「何人か強そうなのはいたが、そんなに数はいねぇよ。町は急に拡大したのがよくわかるザル警備だったぜ」

「じゃあ……」

「ああ。夜中にちょいと忍び込んで鍋や包丁をいただくだけの簡単なお仕事さ」

「……お前が俺に声を掛けてきた時点でそんな事じゃ無いかとは思ってたぜ」


 もう一人の男は、黒いローブを深く被った見るかに小悪党な風貌で、武器らしき物は腰に吊した短剣だけだった。

 

「ところでレミーナは誘わなかったのか?」

「馬鹿。あれであいつは真面目だからな。知られたら事だぜ」

「レドーンの悪行なんてすぐバレるんじゃねーか?」

「お前が黙ってれば良いんだよ。なぁジャッカル」

「……ふん」


 アキンドーの護衛だった男がレドーン、小悪党風の男がジャッカルと言うらしい。


「なに、お前の腕なら、ちょいと民家に忍び込むなんてお手の物だろ?」

「コソドロは卒業したんだがな」

「じゃあ今から降りるか?」

「何日掛けてここまで来たと思ってるんだよ」

「文句ばっかり言うからだ」

「へいへい」


 夜のとばりに紛れて、2つの影がジャングルを進む。


「……この辺から警戒が厳しくなるはずだ」

「わかった。任せろ。素人の警備網くらい簡単に抜けてみせる」


 森の一部ががさりと揺れて、咄嗟にジャッカルが視線をやると、ばさりとフクロウが羽根を広げた。


「ちっ。脅かしやがる」

「おいおいしっかりしてくれよジャッカル」

「ふん。任せとけ」


 一時期は空き巣専門のコソドロをしていたジャッカルだ。人の気配には人一倍敏感である。

 身体中のセンサーを全開にして、ゆっくりと物音を立てないように、気配を殺して進む。

 その後ろを可能な限り静かにレドーンが付いていく。


「……なんだこりゃ、マジかよ」


 思わず声を漏らしてしまうほどの衝撃だった。

 突然森が消失したかと思うと、目の前に巨大な町が姿を表したのだ。驚かない方がどうかしている。

 しかも、ジャングル地方独特のバナナの葉で作られた簡易的な建物では無く、木材と切り出した石を組み合わせた、大きな町か都にでも行かなければお目にかかれないような立派な建築物なのである。

 ジャッカルたちが拠点にしている町と遜色ない……いや、綺麗に区画整理されているぶん、目の前の町の方がよほど進んでいるように見えた。


「な? 驚いただろ?」

「なんかしらの集落はあるんだろうとは思ってたが……想像以上……いや、尋常じゃ無いぞ?」

「ああ、これで鉄器の話は信じてくれたか?」

「おう。見ろよ、そこら中にお宝が溢れてるじゃねぇか。扉の補強にまで鉄を使ってやがる。マジで都並みかそれ以上だぞ」

「ごたくは良いぜ、どこを狙う? 俺が見張って……」


 突然、ミレーヌ町が明かりで包まれた。


「なっ!? なんだ!?」

「ぐわっ! まぶしっ!?」


 空にいくつも光輝く魔力の球が浮いていた。


「あら、プラッツ君も光球ライトボールが上手くなったわね。2つも安定して出せているじゃ無い」

「へへへ。俺は天才だからな!」


 建物の影からゾロゾロと人が現れた。

 その中に、当然もいるわ。


 驚愕の表情で武器を抜きはなつ、二人の賊。


 ばさばさと、使い魔・・・のフクロウが戻って来た。


「お疲れ様」


 私はフクロウに餌を与えると、精神接続を切って自由にしてあげた。

 するとフクロウは近くの家の屋根に止まり、どこか興味深げに賊二人に首を向けた。


「な……!?」

「ど! どうして!?」


 警戒心全開で姿勢を低くする二人。そりゃそうだろう、囲んでいる大半が虎獣人と猫獣人なのだ。普通に考えたらこの数の獣人に囲まれて生きて帰れるわけが無い。


「はー! ミレーヌが夜中に敵が来るなんて言うからよ! 待ち受けてみたらマジで来るとはな! さて愛しのミレーヌよ! こいつらはどうすりゃいい!?」

「そうねぇ……」

「惨殺しましょう」

「却下よブルー」


 短気はいけないと思うの。

 それより虎獣人さんたちより野蛮な発言してない? ブルー。


 さてさて、深夜のお客さん二人、どうしましょうね?

 私は腕を組んでため息を吐いた。


 幸せが逃げちゃうわ!


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