第二十六話【私、決闘しません】
虎特有の獰猛な表情で弾丸のように突っ込んでくるティグレさん。
怖いわ!
私は慌てて魔法を唱えた。
「
「なに!?」
私を中心にちょうどテーブルセットを包む大きさに、半透明の魔力の壁が出現した。
二大防御魔法の一つである。
今私が唱えたのは、動かせない代わりに360度全ての方向に対して防御能力のある魔力障壁だった。
最近特訓していただけあって、強度は折紙付きよ。
魔法士が使ったのなら大した強度は無いかも知れないけれど、腐っても私は魔術士よ。人力で破壊されるような柔な強度にはならないわ。
「貴様! 魔女だったのか! こしゃくな!」
「魔女は酷いわね。魔術士と呼んでくださいません?」
「うるさい! こんなものっ!」
ティグレさんは、いつ装備したのか、鉄の爪がついた手甲で思い切り魔力障壁を殴りつけた。
……。
さすがに目の前だとかなり怖いわね。
がぃん!
ものの見事に鉄の爪牙一本折れた。
「ぬがぁ!」
反動でひっくり返るティグレさん。
「ば、馬鹿な!? 俺の一撃が!? くそっ! 魔術などいつまでも維持出来る物ではなかろう! 付き合ってやろう!」
そう言って、連続で魔力障壁を殴り続けるティグレさん。
魔術ではなくて魔法なんだけどね。
私はため息を吐いて、椅子についた。
◆
私は三度目になる呪文を唱えた。
「
ポットの中に熱湯を満たしてから、茶葉を買え忘れたことに気がついた。
ブルーがいないとお茶も美味しくないわね。
製造メイド、オレンジの渾身の陶器セットでお茶を注ぐ。
ついでに用意してもらったお弁当を広げる。
「あら、これは美味しそう」
急いで作らせたので、大した物は入ってないだろうと思ったが、さすがブルーである。私の好物が詰まっていた。
「いただきます」
優雅にランチをしているあいだ、魔力の壁を殴り続ける音が続いていた。
◆
「暇ね……」
私は三時のおやつをつまみながら、持ち込んでいた報告書に目を通したわ。
基本的にはブルーにお任せなのだが、やはり私が最終決断しないといけない事も多かった。
量産の始まった紙に書かれた町の収支決算を見ながらお茶を啜った。
魔力障壁を殴る音は止んでいなかった。
◆
「念の為保存食も用意させておいて正解だったけど……そろそろ飽きません?」
夕暮れ時、私は全身汗びっしょりのティグレさんに話し掛けた。
むしろ何時間も延々と魔力障壁を殴り続けたその体力を褒め称えたいが、さすがに疲労困憊で、目がうつろだった。
「くそ……正々堂々……と……勝負……」
ほとんど惰性だけで壁を殴るが、すでに打撃音すら鳴らないレベルだ。
倒れていない事を誇って良いと思うの。
「……この辺で諦めてくれませんか?」
「まだ……勝負は……ついて……ない……ぞ……」
これは……ダメね。
「どーーーーしても続けます?」
「あた……りまえ……だ」
根性は凄いわ。認めるわ。
でも、それだけじゃどうしようも無い事って世の中に沢山あるのよ?
「わかりました。それでは覚悟してくださいね?」
「なん……だと?」
私は小さく魔法を唱えた。
「
私の回りに64本の光輝く魔力の矢が浮かび上がった。
徹底した魔力コストの削減と、術式の簡略化によって魔術ではなく魔法にカテゴライズされているが、その威力は戦争で活躍したと言えば理解出来るでしょう。
1本1本の威力は高くないが、それも当たり前で、そもそもこの呪文が”敵を殺さずに怪我をさせる事で、軍としての足手まといを増やす”という悪魔のような発想から生まれたからだ。
私は魔力障壁を消去すると同時に、3本の魔力矢をティグレさんに飛ばした。
「ごぼがらっ!」
もんどり打ってひっくり返るティグレさん。
「ぐっ! か、壁さえなければっ!!」
あら、立ち上がったわね。
私はさらに3本の矢を射出した。
「げべらっぱ!」
再びもんどり打ってひっくり返った。
衝撃で肌が裂け、血が滲み出していて、壮絶な感じになっていた。
うん。怖い!
「えっと、本当にこの辺で止めませんか?」
「ぐっ……お……俺は……タイグー……いちの……戦士……この程度では……」
「えいっ」
今度は10本いっぺんに飛ばしてみた。
「ぎゃらばらべらばっ!」
最終的に、ティグレさんは57本目で降参した。
……凄い精神力だわ。
微妙に私の方が負けた気分だったけど、血だるまでひっくり返ってるティグレさんと無傷の私が並んでいれば勝敗は明確よね。
四人の虎獣人さんがティグレさんのところに飛んでいったわ。
……一人は寝てたわ。
後で怒られないかしら?
こうして決闘は終わったの。
うん。
してないわね。決闘。
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