第二十七話【私、初めてです】


「結婚してくれ!」


 レイムさんの治癒魔法で怪我が治ったティグレさんの開口一番がそれだったわ。


「お断ります」

「なぜだ!? 俺とお前の子であれば、さぞかし強い子となろう!? 何が不服だ!?」

「時期、気持ち、性格、容姿、交友関係、しがらみ、その他諸々です」

「ぐはっ!?」


 完全否定されて地面に突っ伏すティグレさん。

 魔法の矢を食らってもすぐに立ち上がってたのに、こっちの方がダメージが大きいようね。


「やはり……亜人は好かぬか?」

「そういう意味では無いですよ。ただまだ恋愛する気はないんです」


 何よりあなたの性格が合いません。と続けたら二度と起き上がれなさそうだ。さっきさらっと言ってしまったけれど。


「そうですね……お友だちになるのは大歓迎ですよ?」

「そっそうか!?」

「ええ。あくまでお友だちですよ!?」


 ずいっと迫ってこようとするティグレさんと私の間にすっとブルーが立ちはだかった。


「わ、わかってる。うん。まずは友になろうではないか!」


 差し出されるでっかい毛むくじゃらの手。

 握り返すと手のひらの内側は以外と柔らかかった。

 グローブのような大きさだったけどね。


「それでは我らは一度村に戻る」

「わかりました……でももう遅いわよ?」

「ふん。グオ種族にとって闇は脅威でもなんでもないわ。いくぞ! あとネムルはあとでお仕置きな」


 ティグレさんが視線を突き刺したのは、決闘を見学中に寝入ってしまった人。

 虎獣人の六人の中ではなんとなくとぼけた感じの獣人さんだった。そのネムルさんの耳を引っ張って代表団のみんなは帰っていった。

 するとプラッツ君が寄ってきた。


「……なんか凄かったな」

「ほんと、穏便に済んで良かったわ」

「……怒らせないよう気をつけよう」

「何か言った?」

「なにも!? そ、それより夕飯にしようぜ! ゴードンが宴会用の飯を作ってるって!」

「あら、もったい無かったわね」

「みんなで食べりゃいいじゃん!」

「そうね。それでは祝勝会といきましょうか」


 そんな感じでその日は過ぎていった。


 ◆


 そして三日が過ぎた朝のことだった。


「ミレーヌ! 来たぞ!」

「はい?」


 村の別宅で、芸術振興の企画案を練っていたところへ、ティグレさんがやって来た。

 なんか沢山の虎獣人さんを連れて。


 あ、この光景最近よく見るわ。


「えーっと、この騒ぎは一体なんですか?」

「おう! タイグー村の住人全員でやってきたぜ!」

「一応お伺いしても? どのような理由で?」

「は? 負けたんだから俺たちはお前のもんだ。焼くなり煮るなり、戦士にするなり、奴隷にするなり好きにしろ!」

「いやいやいや! そんな事しないから!」

「そうか? なら勝手にミレーヌの為になるようやらせてもらう。この町は広いからな……外れの森にでも住まわせてもらおう」

「あー、やっぱりそうなるんだ……」

「俺たちはアンタに忠誠を誓うぜ!」


 私は虎獣人の大群を前に、小さくため息を吐いた。

 なんか彼らは妙にやる気だった。なんで?


「……わかったわ。貴方たちを移住希望者として扱います。この町にはいくつか細かいルールがあるので、それを守る限り歓迎するわ」

「おお! 話がわかるな! じゃあさっそくその辺の森に……」

「待って待って、町周辺は既に拡張計画が決まっているの。移住用の住居はもう出来てるからブルーに案内してもらって。あとルールもブルーに聞いてね」

「ん? ああ、そこの青いねぇちゃんか。わかったぜ。敗者は勝者に従うもんだ。言って見ろ」

「ミレーヌ様。皆殺しにしても良いですか?」

「ダメよ」

「……了解しました」


 怒ってる。怒ってるわねブルー。


「いい? 他の移住希望者と同じように接するのよ?」

「ではルールを破った瞬間に滅殺してもよろしいですか?」

「全然同じに扱ってないじゃないの!」

「……」

「とにかく普通に、ね?」

「躾は最初が肝要かと」

「どーしても言う事を聞かないときに、お仕置きする程度なら……許可します」

「わかりました」


 ようやくブルーが折れてくれた。


「おいミレーヌ!」


 走り込んできたのは公民館で授業をしているはずのプラッツ君だ。


「あら、授業は?」

「それどころじゃねぇだろ! 虎野郎が攻め込んできたって!」

「違うわよ。ただの移住希望よ?」

「なんだって?」


 すると虎の一団からティグレさんが一人で歩いてきた。


「あら、どうしまして?」

「今、簡単に話を聞いたが、俺たちを町の住人として受け入れてくれるんだな」

「私そう言わなかったかしら?」

「いや、いじゅーとか言われても良くわからなかった。てっきり奴隷用のルールでも別にあるのかと思ってな!」

「未来永劫この村に奴隷が歩くことはありません」

「そうか。いい村……いや町だな。おっとうちの村だってもう奴隷なんて長年使ってないからな?」

「野蛮な風習だと理解しているのは良いことだと思います」

「それで改めて礼を言いにな」

「なるほど。大丈夫ですよ。ルールさえ守っていただければ皆、仲間です」

「良い町だ。よし結婚しよう」

「ええ……いえ! お断ります!」


 いい話が続いたから思わず頷きそうになっちゃったわよ!


「おい! 虎! ミレーヌはお前なんかと結婚しないぞ!」


 なんか妙に迫力ある顔でティグレさんに突っかかるプラッツ君。

 あら? ちょっと震えてるけど前回みたいに引かないわね?


「んだぁ? 同じ住人なら結婚しても不思議じゃ無いだろ……そうだ! 結婚が嫌なら俺の子を作るだけでも良いぞ!」

「お断りします!」

「てめぇ! ミレーヌと結婚するのは……!」


 ん?


「いやっ……ミレーヌは結婚しないんだよ!」


 ……。

 なんでしょう?

 よくわからないもやもやが胸を覆うわ。


 私の人生最初のプロポーズはがさつな虎獣人でした……くすん。


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