第二十二話【私、取引します】


「おや、これはどういう事でしょう? 人間だけでなく、猫獣人に犬獣人が呉越同舟とは……」


 野営地のたき火前に現れたのは、着古してはいるが麻と綿の服を着た商人風の男性と、武装した男女だったわ。

 二頭のロバの背には商品だろうか、荷物が積まれていた。


「こんにちは。あなたが定期的に村に来るという行商人さんかしら?」

「おや、これは随分と美しいお方が。それに……メイド?」

「挨拶が遅れました。私はミレーヌと申します」

「おお、こちらこそ挨拶が遅れました。私はアキンドー。時折こちらのジャングル地方を巡回させていただいているのですが……」


 商人のアキンドーさんは順に、私、ブルー、ダーク、同行してくれた住民たち、そして簡易コテージに目を向けた。


「もしかして都のお方ですか?」

「いえ……事情があって最近こちらでお世話になっております」

「そうなのですか。立ち振る舞いから都会の匂いがしましたもので」


 にこやかな表情を向けるアキンドーさん。


「そうですか? 今日はもう日が暮れますから、明日町に行きましょう」

「町?」

「ええ、少々規模が大きくなりましたので、今は町を名乗っております」

「それは興味深い」


 穏やかな表情の内に、鋭い視線を走らせるアキンドーさん。やっぱり商人という生き物はどの時代でも同じですね。

 背後にブルーがこっそりと寄ってきた。


(良いのですか? 町に入れても)

(交易は重要よ。何のために貨幣制度を導入したと思ってるのよ)

(確かに……)

(文明が有る限り必ず貨幣制度は広がるわ。都と格差がありすぎると、いざという時に全てを持って行かれてしまうもの)


 私が貨幣制度を急いで導入した理由はこれよ。

 外の世界と対等に生きるためには、それに慣れておかないといけないから。


「それでは私は休みますので、明日一緒に行きましょう」

「それはありがたい。私たちも近くで野営をしても?」

「もちろんです」


 それを聞いて、護衛の二人だろう男女がロバの背中から野営の道具を引っ張り降ろし、野営を始めた。


(ブルー、ダーク、ちゃんと監視しててね)

(了解しました)


 二人に任せておけば安心だわ。私はゆっくりと簡易ベッドで休んだ。


 ◆


 次の日、夕方に町まで戻って来た。

 私は輿に乗っていたので、アキンドーさんと会話することは出来なかった。


「おや、女神さまだけでなく、行商人様まで来たですじゃ」


 プルーム元村長が出てきたので、声を掛けた。


「申し訳ないのだけれど、私に交渉を任せてもらってもいいかしら?」

「そうしていただけるのなら願ったりかなったりですじゃ」

「ではプルームさんとプラッツ君は同行してください」

「わかりましたですじゃ」


 アキンドーさんたちは村に入ると目を丸くしていた。


「うはー。なんだこりゃ、前と全然変わってるじゃねーの」

「驚いたわね。ほらあそこ、鉄器まで使ってるわ」

「おやおや……もしかして他の行商人の方でも訪れましたか?」

「……見ろよ、あの包丁に鍋。一つ二つじゃないぞ?」

「凄いわね。一財産よこの鉄の量……」

「建物も凄いぞ?」

「ええ、石畳も隙間無く敷き詰められているわ。ちょっと信じられないわね」


 私が気になっていたのは護衛の二人の装備だ。

 男は分厚く、硬く固めた革の鎧。ハードレザーアーマーと言われるもので、実用性の高い物だ。そして腰には金属の長剣。幅広で切ることよりも叩きつけることを重視した物。

 女が身につけているのは薄手の革鎧で、弓と大型のナイフ。弓は木製だが、所々に金属の補強が入っている。ナイフはもちろん金属製。


 つまり……。

 外の世界は村に比べてかなり高い文明を持っている事になるわね。

 良いのか悪いのか……。


「やあ村長さん、お久しぶりです」

「遠くからご苦労じゃったのぅ。ワシはもう村長では無いから、プルームと呼んでされ」

「ほう?」

「こちらの女神様のおかげで、色々と生活が変わりましたですじゃ」

「女神様?」


 商人がこちらに顔を向ける。笑顔を絶やさないが、内心何を考えているのかしらね?


「その呼び方はちょっとした誤解が生んだのですが、皆様私の事を尊敬してくださっていますの」

「時間があればその誤解したお話を聞いてみたいところですが、まずは商談させていただけたら嬉しいですね。……しかし」

「ああ、行商人殿。今日はワシではなく、この女神様……ミレーヌ様が代わりになってくださいますじゃ」

「ほう」

「よろしくお願いしますね」

「しかし……」


 アキンドーは村を見回す。


「これは私の出番はありませんかね?」

「それはまだわかりませんわ。そうだ。毛皮を沢山用意してありますわ。見ていただけますか?」

「それはありがたい! ぜひ」


 私が頼むと、すぐに住人が用意してくれた。大量に積み上げられた毛皮を見て目を丸くする三人。


「これはまた……、拝見しますね。ほう……ほうほう! これは凄い! 最高品質の毛皮では無いですか! 下処理も加工も完璧! しかもどうやったのか傷一つ無いとは!」

(へえ……)


 私は素直に感心した。

 アキンドーは正直にこの毛皮が最高級であることを認めたのだ。それはつまり私たちと公正な取引をしたいという現れだ。

 これがこちらを騙すつもりなら、そんな驚き方は絶対にしない。


「お褒めいただきありがとうございます。鑑定いただいても?」

「はい。少しお待ちください」


 アキンドーが1枚1枚丁寧に品定めしている間に、護衛の二人がぼそぼそと内緒話を始めたわ。

 私はこっそり魔法でその声を盗み聞いた。


「おいおい、この毛皮って熊だよな? デカい上に傷が無いってどういうことだ?」

「こっちはイノシシだけど、凄い数ね」

「前来たときは酷い毛皮しか無かったよな? 一体何がどうなってんだ?」

「あのすかした女神気取りの横にいる青髪の女、隙が全然無いわ」

「ああ、ほんとにどうなってんだこれ」

「冒険者じゃないよね?」


 冒険者? 何だろう、初耳ね。


「お待たせしました。金額ですがこちらでどうでしょう?」


 アキンドーの差し出してきた硬貨を受け取る。

 金貨と銀貨がずっしりと重いわ。


「はい。こちらでたまわりますわ」

「商談成立ですね」


 二人で握手を交わした後、ブルーがすっと寄ってきたわ。


(よろしいのですか? 言いなりの金額で)

(良いのよ。どうせ相場もわからないしね)

(……わかりました)


 ブルーはちょっと不服そうね。


「ああそうだアキンドーさん」

「はい、何でしょう?」

「良ければアキンドーさんがお持ちの商品などあれば見せていただけません?」


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