第十八話【私、飼いません】


 密偵型メイド人形のシノブが、村民から情報を集めて、都に向かってから、数週間が経った。


 神殿の正面に噴水と彫刻が並び、村まで石畳の道も舗装された。

 村の建物は全て立派な木造建築と変わっている。


 建築に興味を覚えた村人が今日も練習込みで色んな仕事をしていた。

 現在は村の中央広場を整備中だ。


 村の大きさもその分広くなっている。

 村を囲う柵も、石の基礎に木の柵という立派な物になっていた。


 そんなある日の事だ。


「大変だ! 村外れに怪我人がいたぞ!」

「なんだって!?」


 わいわいと集まり出す村民。

 私は村に用意された別邸のベランダでのんびりお茶をしていたのだけれど、慌てて皆のところに駆け寄った。


「どうしたの?」

「女神様! 実はこの村の住人ではない怪我人を見つけたんですが……」

「大変じゃ無い。すぐに行きましょう案内して」


 私はブルーとプラッツ君とレイムさんを連れてその場所に移動した。

 怪我人を見て驚いた。


「獣人じゃないの」

「驚きましたね」


 それは猫耳を持った獣人であった。

 そばにいたのはダークで、応急処置だけが施されていた。

 ダークは軽・治癒マイナー・ヒールが使えるが、私の指示を待ったのだろう。

 一緒に狩りに出ていた狩人が村に知らせてくれたのだ。


「気絶してるわね。プラッツ君。獣人ってどんな扱いなの?」

「え? どんなってどういう事だ?」

「そうね……何て言うのかしら、獣人って人間と一緒に暮らしたりしてるの?」

「都じゃいっぱいいたぞ」

「はい。都には沢山住んでいました」

「なるほど」


 しまったわね。まさか獣人がいるなんて思わなかったから今まで聞きそびれていたわ。

 プラッツ君の反応を見る限り、別に差別をされている様子は無いわね。


 獣人。

 それは戦争の生み出した兵器・・だ。

 生体ゴーレムとホムンクルスの技術を使って生み出された新種の生物である。

 生命力の強い動物の遺伝子を人に組み込むことでより強い生き物を作ろうとしたの。


 しかしそのもくろみは半分成功し、半分失敗したわ。

 理由は簡単。彼らには人と同じ様な心があったのよ。


 一部の獣人は戦争に参加し、一部は別の目的に使われるようになったわ。

 研究自体は取りやめになったらしく、初期に生まれた何種類か獣人を繁殖させたらしいが詳細は知らないわ。

 私も何度か見たことがある程度よ。


 どうやら2000年の間に、人に溶け込んでいったらしいわね。


「じゃあ助けないとダメね。……ブルー容態は?」

「骨折と擦り傷です。内臓に若干の損傷がありそうです」

「うん。じゃあレイムさん、魔法で直してあげて」

「え!? 私ですか!?」

「ええ。失敗しても大丈夫よ。私がいるんですもの」

「わ、わかりましたやってみます!」


 レイムが強張った表情で獣人に軽・治癒マイナー・ヒールを掛けるが、一度目は失敗した。


「落ち着いて。大丈夫ゆっくり」

「は、はい!」


 額に汗を流しながらもう一度。わずかに魔力発光。成功した。

 ゆるゆると身体の傷が塞がっていく。

 うん。大丈夫そうね。


「うう……」


 猫獣人の意識も戻ってきた。

 猫獣人は女の子で、背中に弓を背負っていた。腰には黒曜石のナイフがぶら下がっている。


「う……にゃ?」

「気がついた?」

「ここは……どこにゃ?」

「ジャングルの中よ。大怪我をしていたんだけど、覚えてる?」

「うう……イノシシを罠にかけたにゃ……油断してたにゃ……近づいたら罠が外れちゃったんにゃ……」

「そう。もう安心して、傷も治したわ」

「にゃ? ……本当にゃ!?」


 自分の身体をまさぐって驚く猫耳さん。


「そうだ。名前は言える? 私はミレーヌよ」

「にゃ……。ミケ・ニャウ・フーリにゃ」

「あら、ミドルネームまであるのね。ミケさん、傷は治ったけれど、血はすぐには戻らないから、村で休みましょう。みんな運んでね」

「「「いえっさー! 女神様!!」」」


 ……誰に習ったのかしら?

 ブルーを見たら視線を逸らされた。


 ◆


「す……スゴイにゃ……」


 村に入ったミケさんが目を丸くした。

 料理や乾し肉を作っていた村人がわらわらと集まってきた。


「おー。猫獣人さんかー。初めて見るな」

「俺は一度見たことがあるぞ」

「どこから来たんだ?」

「何にしろ怪我が無くて良かったなぁ」

「馬鹿。女神様が治してくれたんだよ」

「さすが我らの女神様だな」


 治したのはレイムさんよ? 後で誤解を解いておきましょう。


「スゴイにゃ! スゴイにゃ! 屋根が葉っぱじゃない家にゃ!」


 猫耳さん大興奮にゃ。

 ……うつっちゃったわ。


「みんな、少し早いけどご飯にしましょう。こちらミケさんよ。彼女の分もお願いね」

「いえっさーです。ミレーヌ様」

「それ止めましょうね」


 出てきた料理は、麻の葉やお芋の煮物と、焼肉、それにふかし芋よ。


「にゃにゃにゃにゃにゃ!? すごいにゃ!? 今日はお祭りかにゃ!?」

「わはははは! ここじゃこれが普通の食事さ! 遠慮無く食べると良いぜ!」

「俺、作った」

「……戦士じゃ無いにゃ?」

「俺、料理人」

「凄い村にゃ……」


 その後、凄い勢いでご飯を食べるミケさん。


「美味いにゃ! 美味しいにゃ! スゴイにゃ! こんなご馳走初めてにゃ!」


 喜んでくれたみたいね。

 良かったわ。


 ◆


「助かったにゃ。ありがとうなのにゃ!」

「良いのよ。帰りはダークに送らせるわ」

「お世話になるにゃ!」


 一日泊まっていった猫獣人のミケさんは、すっかり顔色も良くなったので、次の日に自分の村に戻る事になった。

 村人全員でお見送り。


「それじゃにゃあミレーヌ女神様さよならにゃ!」

「はい。気をつけてね」


 お弁当ももらってご機嫌のミケさんはダークと一緒にジャングルに戻っていった。


「獣人も幸せに暮らせる世界か……本当に良かったわ」

「そうですね」


 ブルーも少し嬉しそうだった。


「じゃあプラッツ君。算学しましょうか」

「ぅえ……」


 こうして私たちは日常に戻った。


 ……と思っていた。


 ◆


「来ちゃったにゃ!」


 次の日、ミケさんが村にやって来た。

 それは良いんだけど……。

 彼女の背後には沢山の猫獣人がいた。


「お願いにゃ! 女神様! 私たちもこの村で暮らさせてくださいにゃ!」


 猫もびっくり発言である。


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