第4話
瀬古嘉吉の遺体は文字通り壁に半ばめり込み、立ち尽くしている状態で発見された。
第一発見者は瀬古正道の妻で雅美。
早朝、家族の朝食の支度をする為に地下の食料貯蔵庫へ向かう途中で遺体を発見した。
瀬古家の家族構成は当主である嘉吉、嘉吉の妻は七年前に他界。一人息子である清道とその妻、奈々枝。その息子夫婦の子供である正道、そして正道の妻の雅美という今時珍しい三世代が住んでいた。正道には三つ下の弟がいるのだが、現在はオーストラリアに支店を持つ会社へ転勤した為不在である。
「へぇ、よく調べてあるな。お前も独自に動いてたって事か?」
銀河の纏めた資料の束を眺めながら、芽多留は軽く息を吐いた。
「そういうわけではない。ただ依頼人の名前をテレビで見たと思って調べてみただけだ」
「ま、面と向かって事件の事なんて聞けるわけないしなぁ」
「あぁ。本人もその事に触れてほしくないようだったし、早く家を手放したいようだったな」
「やっぱりこんな怖い事件があったお家だからですよね。銀河さん」
氷乃が甘えたよな目で銀河を見上げてくる。その見え透いたか弱い乙女アピールに芽多留は目をすがめた。
「うーん。それはちょっと分からないな」
「えっ、どうしてですか?」
「何ていうか……、あの時の瀬古さんは何かから逃げ出したくてたまらないような切迫感があったんだよ。実際瀬古さんはその最初の挨拶以来一度も家には来ていない」
そう言って銀河は机の上に氷乃が置いた瀬古邸の鍵に視線を移す。
「あぁ、それで俺たちが言っても誰もいなかったんだな」
「うん。まぁ、これまでもそういうケースもある事はあるんだけど、瀬古さんの場合はちょっと徹底していたるというか……。多分彼はもうあの家にはもう戻らないつもりじゃないかな」
「……一体何があったってんだよ。その家にはよぅ」
芽多留がお手上げというように仰向けに転がった。
「ねぇ、銀河さん。その遺体って立った状態で発見されたんですか?」
ふと思いついたように氷乃が銀河の方を向く。
「ああ。それが妙でね。週刊誌の記事によると、まるで何かから逃げ出そうとしているような姿で固まったように壁にめり込んでいたらしい」
「げっ。何だよそれ。気持ち悪いな」
芽多留が盛大に顔を歪めた。
「まぁ確かに気持ちのよいものではないな。何もないはずの壁の向こうから逃れるようにして縫い止められた遺体…か」
「うわっ。それってホラーですよね」
「なぁ、銀河。ちょっと調べてみてもいいよな?」
芽多留が立ち上がる。
「調べるっていっても、お前、今回は依頼された仕事じゃないからギャランティーは発生しないぞ?」
銀河が耳を疑うように顔を顰めた。だが芽多留はきっぱりと首を振った。
「いいや。これは単に俺様の知的好奇心を満たす為の仕事だ」
「はぁ。だからいつまで経っても家賃が入れられないんだぞ?」
「はははっ。そこはまぁ、そのうち競馬ででっかく……」
「自力で稼げよ。バカ探偵」
こうして三人はこの不可解な怪異に個人的な事情で介入していく事になった。
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