第3話

「ただいま~、銀河さん」

「お帰り。氷乃ちゃん。ご苦労様です。迷惑探偵のお守り」

古民家を後にした二人は、店所有のミニバンを芽多留の運転で走らせ、三十分程で「幻想懐古店」に着いた。

店先では幼児ならすっぽり入れてしまうくらい大きな壺を念入りに磨く、店主の銀河が笑顔で出迎えてくれた。

濃い藍染の和装に首の後ろで括った長い黒髪。涼し気な目元。どことなく若武者を思わせる顔立ちの青年だ。

年齢は芽多留と同じ二十四歳。二人は小学生の時からの幼馴染である。

そんな銀河は氷乃に向けていた笑顔をしまうと、険しい顔で芽多留をちらりと見た。

「おいおいおい、お守りってなんだよ。逆だろ」

「いやいや。精神年齢からいくと氷乃ちゃんの方がずっとお前より大人だよ」

「ふふふ~。銀河さん、分かってる~」

氷乃は嬉しそうに銀河の隣をキープする。

芽多留は銀河に見えない角度から拳を握ってみせた。

「それより今日の民家だけどよぉ、何か面白い事になってるようだな。何で行く時に言わねぇんだよ」

それを聞いて銀河が顔を顰める。

「不謹慎だぞ。だからお前には話したくなかったんだ……」

「あぅ。ごめんなさい。銀河さん。しゃべったの私です」

氷乃が申し訳なさそうに俯いた。

「あぁ、いいんだよ。どうせこいつを行かせた時点でこんな展開になるとは思ってたんだ。わかったよ。中に入ろう」

そう言って銀河は壺を壁際の棚へ仕舞うと、奥にある居間へ誘った。

元々この店は氷乃の祖母、千代の持ち物なのだ。

だが千代が三年前に倒れてからは、当時見習いとして働いていた銀河が全てを受け継ぎ、店を畳まずに存続している。

その千代は現在はすっかり回復し、最近は氷乃の母親と一緒に旅行へ行ったりと、楽しい隠居生活を満喫している。

奥の間は昭和の茶の間そのもので、十畳程の広さの和室に大きな茶箪笥が二つ。中央には飴色のちゃぶ台がある。

二人が腰かけると、銀河は台所の方から急須と湯呑を持って戻って来た。

「これ、頂きものなんだけど良かったら」

「わぁ。フルーツゼリーだ」

氷乃の前に置かれたのは透き通った紅色のゼリーに小ぶりの苺が沈んだ可愛らしいゼリーだった。

氷乃の瞳が輝く。

「ちっ。俺にはないのかよ~」

「お前はスルメでも齧ってろ」

「女尊男卑の権化め」

「何か言ったか?バカ探偵」

「………いいえ。何も」


「それで、何があったんだよ。あの家」

芽多留は茶を一口含むと、銀河をちらりと見た。

「あぁ。僕の知っている範囲で話すと、今回の依頼人は瀬古正道さんといって、あの家の現在の持ち主。ご当主という事さ」

「でも引っ越すんですよね?」

氷乃の問いかけに銀河は頷く。

「ああ。問題は彼の祖父、前当主、嘉助の変死に起因する」


「!」

「!」


二人が同時に息を呑む気配がした。

「そ……それっていつの話だよ」

「ちょうど一か月前くらいだ。新聞で見なかったか?「不可解な死体」という見出しで出ていたと思うが?」

「あー、そんな記事も見たような……ないような……」

「どうせあんたの事だから、新聞なんて見ないんでしょ」

芽多留は図星をさされたのか、しきりに唇に通した銀のフープピアスを弄びだす。

「うるせー。新聞は見なくてもテレビがあるだろうが」

「あぁ。そういえばテレビもしばらくはうるさく報道していたな」

「そうそう。それそれ」

氷乃の冷ややかな視線が芽多留に突き刺さる。

「白々しい……」

「話を戻すぞ。その「不可解な死体」だが、不可解なのは死体の状態だ」

芽多留は動きを止めた。

「その死体は半分壁にめり込んだ状態で発見されたんだ」

「なっ………」

どうも事態は芽多留が想像していたものよりも深刻なようだった。

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