転職

翌朝。この日は土曜日。

特に変わり無く目を覚ました挙は、

妻に異動となったことを打ち明けることも出来ぬまま

日課としているジョギング。

正しくはトレーニングウエアを身に纏うことにより、

(……あぁジョギング中なのね。)

と不審者の扱いを受けないようにするためのアリバイ工作を施し、

特に何をするわけでも無く。

ベンチに腰を下ろすのでありました。

(……このままジャガイモを抱えて生きることになることだけは……。)

(……首尾よくジャガイモの処理に成功したとしても……。)

(……このあと私に待っている運命は……。)

(……よくて関連子会社の重役……。)

(……普通で…………。)

(……こうなったのも全ては……。)

(……会社のせい……。)


と挙は、普段。仕事のため通うことが出来ない人のために

ハローワークが土曜日も開いていることを知人から聞いたことを思い出し、

早速、足を運ぶのでありました。


入口で求人募集を検索することの出来る

コンピュータの端末番号が記された紙を受け取った挙は

「28」

と記されたコンピュータの前に陣取り、

年齢。希望する職種並びに待遇、月収

を打ち込むのでありました。

ありましたが……。

望むべくような検索結果を得ることは出来ず。

これでは埒が明かない

と担当職員の居る窓口に歩を進めるのでありました。


職員:「現在も仕事を続けられているとのことでありますが。」

挙:「続けるか。辞めるか。まだ迷っておりまして。」

「そのことを知人に打ち明けましたところ

こちらが土曜日も開いていることを知りまして。

足を運ばせて頂きまして……。」

職員:「宇立様の年齢で。正社員。希望される収入となりますと……。」

「正直、難しいところがありまして……。」

「残業があることを条件に。」

「期間採用から正社員を目指されるかたもいらっしゃいますが……。

正直な話。あまりお勧めすることは……。」

「工場での作業の仕事でも。……でありますので。」

「宇立様の御希望に沿うことの出来る求人が……。」

「もしあったとしましても。

採用されるまでには相当の倍率を勝ち抜かなければならなくなること。」

「そして採用即相応のノルマが待っていることは覚悟しなければなりません。」


……と大卒から17年。

今勤めている会社の籍が無くなった瞬間に

突き付けられることになる現実を目の当たりにした挙。


(……しかし遅かれ早かれ同じ状況になることには変わりが無い。)

(……今の立場に傷をつけることになる履歴。倉庫会社への出向が刻み込まれる前に

……次の仕事先を見つけなければ……。)


と挙が目を付けたのが転職サイト。

希望する項目を登録するだけで

足しげくハローワークに通うことも無く

興味を持った企業からオファーが入って来る。

しかも今の勤め先など見られたくない企業を設定することも出来る。

この転職サイトに興味を抱いた挙は、

身の振りかたについて相談した知人に

そのことを尋ねてみたところ。

返って来た答えは、


知人:「仕事を始めて数年の。まだ変な癖が付いていない。

加えてそれ程希望する金額も高く設定されていない20代の若者であれば、

少ないなりにも実務経験と、仕事についての現実を知っている人材。

と言うこともあり、

新卒以上に求めている会社は多い。それは確か。」

「だがお前(挙)に対し企業が求めているのは。」

「純粋にヘッドハンティングと言うことも勿論あるにはあるのだけれども。」

「たぶんお前の履歴を見て、オファーを出して来る企業が欲しがっているのは

お前では無く。

お前が持っている客先であると思ったほうが良いと思う。」

「最初のうちはホイホイ持ち上げて。

良い気分にさせておいて。

お前の持っている客先を全て奪って、クビにしてやろう。

と考えている。

と思って吟味しないと。」

「今以上に状況を悪化させることにもなり兼ねないぞ……。」

「で。先に言っとくけど。」

「自営はもっと大変だぞ。」

「お前これまで。仕事において自腹で取引先に『支払い』をやったことがあるか?」

「ないだろ。」

「たぶんお前の勤め先の中で、それをやって来た奴も居ないだろう。」

「経営者層とか言ってるけど。」

「あれはゴッコ。みんなゴッコ。」

「もし本当に自腹切って相手先と取引しているのであれば

『あんな無責任なこと出来ないだろ。』

と思う出来事に遭遇したこと。あるだろ。」

「で。お前が自営になって。

全て自分の責任。

でやったとしても

今のお前の給料を手元に残すことは。

……無理だと思ったほうが良いぞ。」

「今のお前の年齢でも採用してくれる企業が提示する金額にも

届かないと思ったほうが良いぞ。」

「その覚悟があれば。」

「……飛び出すことも。勧めはしないけどな。」


寄らば大樹の陰

で生きて来たこれまでの17年がどれだけ恵まれていたのか。

勿論、その17年を勝ち取るために

ベビーブームの余韻が残る中での受験戦争と、

超就職氷河期を乗り越えて来たのではありますし、

更にそこからの17年によって

今の地位と収入を得るまでに至ったのでありましたが。

(……ここで頭打ち……。)

それどころか

(……このまま消えることにもなり兼ねない。)

かと言って

(……この生活水準を下げることを。

果たして家族は許してくれるのだろうか。)

と年齢相応かつ人として扱ってくれる求人に身を委ねるにも

(……これから子供に掛かる金額も増えていく……。)

かと言って

(……このままジャガイモと心中することだけは……。)

と途方に暮れる挙は

今夜もカップ麺と酒の力を借り、

眠りに就くのでありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る