答え合わせ~目的と今後~

 アリシアが一頻り泣いた時、由良は最初に座っていた場所まで戻って二つ目の答え合わせにフェーズを移行した。

「アキハバラ中央病院側の目的とは?」

 複数の人間によって小出しにされてきた事柄だが、正直なところ、アタシは理解が追い付いていなかった。なので、ここで話を纏めてもらえるのは大変ありがたい。

「その問いには僕が答えよう」

 長らく沈黙を続けていたヤエが、とうとう重い門を開けた。

「どんなことがあろうとも、決して口を割るつもりはなかったんだけれど……アリシアを救ってくれたお前らに恩ができてしまったからしゃーなしだ」

 不貞腐れた顔に減らず口。生意気な少年ではあるが、聡明そうなので理解しやすい解説を期待したい。

「まずは、httpの目的から話すぞ。あいつは、電脳都市アキハバラを支配して、スマホをかき集めようとしていた。手っ取り早く作業を済ませるためにあいつが手を組んだ相手が御手洗だ」

 地下に爆弾を用意して、一斉に爆破するというあれか。

「地下からの爆発によって、都市のほとんどは壊滅した。だが、それにはムラがあったようだ。その尻拭いとして、地下に囚われていたアリシアが解放された。目的は、残された人間を処理すること。スマホの回収には邪魔な存在だったからな」

「そこがやたらと引っ掛かるのよね。アキハバラが崩壊するくらいの爆発に巻き込まれたら、スマホも壊れちゃうんじゃないの?」

「ピエロだよピエロ。あの胡散くせー道化の能力を使えば、はかいすらも無視して最新の存在にできるんだ」

 ……また乾いた笑いを浮かべるしかない次元の違う能力が登場してしまった。

 一体この世界はどうなっているのだ? こんなにも超人がいるのなら、魔王だろうと神だろうと倒してしまえそうな気がするのだが……

「壊れていようが何されていようが、とにかくスマホに分類されるものをかき集めて道化に渡せばすぐに大金持ちさ。httpは、各都市の王や貴族といった金持ちと取引をするつもりだったようだがな」

「対象を富豪に限定する必要はあったのかしら? 単純に、買えるだけのお金を持っているからという理由なら頷けるけれど……」

「さあな。あいつのことだから、その辺もしっかり考えて行動していたんだろうが」

 流石のhttpも、一から十までをぺちゃくちゃ語ってくれる程口が軽いわけではなかったようだ。

「普及してきたとは言え、スマホはまだまだ金持ちの玩具に過ぎぬ。馬車による訪問販売も、決して安価であるとは言えない。芹架の言う通り、金銭面による対象の選別はあったじゃろうな」

 芹架を肯定した由良。しかし、その口はまだ塞がる気はないようだ。

「スマホを有した貴族に最新機種のスマホを紹介すれば、当然奴らは食い付いてくるじゃろう。その時に、古いスマホを下取りすれば、財とスマホの両方を手にすることができる。そして、そのスマホを最新機種にしてまた他の貴族に売る……相手がスマホを持っている限り、ノーリスクでハイリターンを獲得できるという仕組みじゃ」

「なるほど……」

 人一倍財を求め続けていたhttpらしい、効率的な思考だ。

「ところで、httpの肉体はどうしてピエロの斬新とやらで変形したのかしら? ここまでの話を聞く限り、傷の治療はできても、身体の作りを変えることなんてできないように思うけれど……」

「ここまでの話を聞いていたら分かることだよ。あいつの身体は機械でできている」

「つ、つまり……httpは人造人間だったってわけ!?」

 何ということだ! 少し前まで人造人間を題材にした小説のイラストを担当していたというのに、httpの素性を暴けないでいたなんて……

 怒られる。絶対由良に怒られる──!

「いや、人間だぞ?」

「……は?」

「ああ待て。今の言い方には語弊があった。正確に言えば、人間だった──だな」

「つまり、仮面のバイク乗りみたいな感じの人造人間ってことね。納得したわ」

「バイクが何ですの!?」

 静かに傾聴していたルタイネが、身を乗り出しながらアタシの話に食い入ってきた。

「いや、アタシが前いたところに、バイクに乗って登場するヒーローの物語があったってだけよ……」

「見たい! 見たいです! ああ、きっとヴァーレお姉様のようにお美しい容姿をされているんでしょうね……!」

 ルタイネが、妄想の世界に囚われてしまった。

「……話を戻すぞ?」

「あっ、はい。どうぞ」

「とにかく、あいつはほぼロボットだからピエロの能力の対象内なんだよ。おまけに、アリシアの能力だって食らわない」

「部下のスペックに対応できる上司……私達は個人の能力を尊重するので、まるで鏡のようですね」

 そう言えば、ツキアカリ荘側のボスは誰になるのだろう。ヴィヒレアかヴァーレであることは間違いないと思うのだが……

「大家さん、仮にもあなたはリーダーなのですから、もう少し私達のお手伝いをしてください」

「お、おう。すまんな……」

 由良おまえかいっ!

「僕が答えられることは全て答えた。そのまま雑談を続けるなり、新しい質問をしてくるなり、お前らの好きにしてくれ……」

 話を脱線させ過ぎたせいで、ヤエがお手上げ状態になっている。

 さっさと次の議題に移らねば。

「次は……トウカについて、ね」

「ああ、それはもう飛ばしてよい。な、ヴィヒレア?」

「……驚きました。気付いていたのですね」

「ワシを誰だと思っておる?」

 よく分からないが、解決の糸口はもう掴めているらしい。

「じゃあ次。今後について!」

 様々な要因で崩壊したアキハバラの今後。アキハバラ中央病院側の処罰。そして、アタシ達のこと。語るべきことは少なくない。

「アキハバラは、私達ツキアカリ荘が、少しずつでも復興していくつもりです。こんな姿になってしまっていても、ここは私達の故郷ですので」

「……そっか」

 きっとそれは、一筋縄ではいかない辛くて長い戦いになるだろう。でも、彼女達ならきっとやってくれると思う。できると思う。だってアタシ達は、命を賭した正面衝突を生き延びることができたのだから。

「勿論、加害者の一味であるお二人も手伝ってくださいますよね? ね?」

「うっ……」

「くそがっ……!」

 苦虫を噛み潰して、しかもそれを飲み込んでしまった時のような歪みに歪んだ表情……

理性に逆らわなければならない現実が、そんなに嫌なのだろうか。

「手伝ってくださいますよね? ね?」

 否定も肯定もできないでいる二人に、陰のある笑顔を浮かべるヴィヒレア。そのあまりの迫力に、アリシアもヤエも頭を縦に振るしかなかった。

「わーったよ! あーあ、僕は何も壊していないんだけれどなー!」

「私だって、直接何かを壊したりはしていないわよ!」

「上司の尻拭いは部下の務めですから。諦めてください」

 ヴィヒレア、それは語尾に星が付いていそうな明るい言い方をする内容ではない……

「ということなので、電脳都市の今後は私達にお任せください」

「ここには、ワシの仕事場もある。お主らの活躍、期待しているぞ」

「あんたは手伝わないんだ……クズの中のクズね」

「ワシには、執筆活動という立派な仕事があるからの」

 こちらの世界で執筆をしても、これといってメリットはなさそうだが……もしかして、小説を書き続けないと死んでしまう病気でも患ってしまったのだろうか。

 由良ならあり得るという結論に至ったアタシは、それ以上無駄なことは考えないようにして、自分と芹架のことに頭を回転させることにした。

「アタシ達はどうする? 当初の目的は、アキハバラでスマホを買ってモカのところに帰る……だったわよね?」

「色々ありすぎて、すっかり忘れてしまっていたわ。ねえ、ヴィヒレア。ここには、まだ壊れていないスマホってあるのかしら?」

 ヴィヒレアは、顎に手を当てて記憶を遡っているようだ。

「確か、大家さんが数台持っていたような……」

「え、ワシ?」

 予想外の方向に転んだ展開に、由良はすっとんきょうな声を上げた。

「二〇台は買っていましたよね? まだ、在庫はあるのではないですか?」

「ぐぬぬ……」

 渋い顔を見せながらも、何も言い返すことができない由良。やがて彼女は大きく息を吐き、投げやりに合意した。

「分かった分かった分かりましたよー。後で、未開封のやつを何個か見せてやるから、好きなやつを持っていくがいい。アキハバラを救ってくれたお礼じゃ!」

「やった!」

 遂にアタシもスマホデビューだ。もっとも、前の世界では身体の一部と言っても差し支えないくらい使用していたので、そこまでの感動はなかったのだが……それでも、嬉しいことに変わりはなかった。

「よかったですわね、りりりさん、芹架さん!」

「ええ! ありがとう、ルタイネ!」

「ついでに、あなたも一台もらっておいたらどう?」

「何でじゃ!?」

 こんなのでも、由良は一応小説家の大先輩だ。なのに、それすらも煽ってしまうとは……光坂芹架恐るべし。敵にはしたくないが、味方にも置きたくない性格だ。

「そうじゃ、こういうことにしようぞ」

 今思い付いたように、初めからそうするつもりだったように、由良が人差し指を立てて案を述べ始めた。

「雪木葉と芹架──ワシと戦え」

「……はぁ!?」

 話が突飛過ぎて、リアクションを取るのが遅れてしまった。

 何をどう考えれば、アタシ達と由良が戦うなどという提案をすることができるのだろう。その思考も意味も目的も、一介の女子高生には理解しかねる。

「ワシの杞憂ならそれでいいのじゃが……もしかしたら、お主らには足りていない部分があるのかもしれぬと、ずっと思っていたのじゃ」

「足りていない部分……」

 自分で言うのは烏滸がましいが、アタシはアタシのイラストが世界一素晴らしいものであると思っている。そこに至るための努力と覚悟だって、誰にも負けるつもりはない。

 挫折を乗り越え、更に成長した愛染りりりに、欠点があると由良は言うのか? 自分が認めた唯一のイラストレーターに、弱いところがあると指摘するのか?

 アタシを否定するということは、己の選択を──自分自身を否定することに等しい。

 それを分かった上で、由良はそう発言したのだろうか。

「──いいわ、受けてあげる」

「ちょ、愛染りりり……!」

「戦いたくないなら、芹架は見ているだけでいいわ。あの有栖川由良をぶっ飛ばせるチャンスを、みすみす捨てられるのならね!」

 分からせてやる。由良は間違っていないということを。アタシに、欠点なんてないっていうことを!

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