富を求めて

 どこかの小説家が酷使してくれたおかげで、アタシは船の砲すらも描けるようになった。

 あの頃は、リテイクの嵐によって心が壊れてしまいそうになっていた。だが、その経験が、涙が、今はアタシに力を貸してくれている。

「自動装填に自動照準……アタシはただ、発砲を許可するだけでいい」

 やるべきことを自分自身に言い聞かせるように、アタシは小さな声で呟いた。

「自動で装填されると言っても、流石にノータイムってわけじゃないわ。失敗しないためにも、よーくタイミングを見計らうのよ……!」

 ヴィヒレアの薙ぎ払いを、龍はジャンプで躱した。無音で着地した巨体が、不定形の足でヴィヒレアに向かって蹴りを繰り出す。

「今だ、撃て!」

 片足を前に出した状態で攻撃を回避するということは、決して容易に行えるものではない。httpの敵であるアタシがそこを狙うのは、当然の行いであると言える。

 発砲音は大きく、鼓膜こそ破れなかったものの、思わず耳を塞がずにはいられなくなる程だった。

「モカ、あなたは攻撃をするたびにこんな音を聞いていたわけ……!?」

 だとしたら、素直に感服する。それくらい、この轟音は激しく恐ろしいものだった。

「くっ……何よこの砲撃は!? は!?」

 撃ち出された弾は、見事に全てhttpの龍に着弾した。龍は黒煙に包まれ、衝撃によって僅かによろめく。

「よしっ!」

 ガッツポーズをしたアタシは、何だか愛おしく思えてきた艦砲達の方を振り返ってあることに気が付いた。一部、何も反応を示していない砲の姿があったのだ。

 それらには、能登にしか搭載されていない──アタシがモカと戦うまで、見たことも描いたこともなかったものという共通点があった。具体例を挙げるならば、レーザー光線のようなものを発射していた砲がそうだ。

 やはり、知らないもの、新しいものを創造するという行為は簡単ではない。一つのミスで晒され、炎上する。または、思い通りに動かなかったり、時には自爆してしまうこともあるかもしれない。

 徹底されたあいつの指導は、アタシを攻撃するためではなく、守るために行われていたのかもしれない。

「上出来だ、お嬢ちゃん!」

 アタシの創作人物ジュリアンは、龍の胸の部分まで跳んで、両腕の関節にできた継ぎ目にナイフを投擲した。

「まずは二本!」

 着地したジュリアンは、すぐに龍の股の下を潜って背面に回り込んだ。

「ちょこまかと鬱陶しいのよ! のよ!」

 そんなジュリアンのすぐ横を、金属の塊が通り抜けていく。

「焼き払えぇ!!」

 顎が外れてしまったかのように大きな口を開けた龍は、上半身を前に倒して高温のブレスを吐き出した。

「装填完了! 撃て!」

 弾が溶かされてしまわないように、外側に配置した艦砲のみ発砲を許可する。

 ブレスの合間を抜けた砲撃が、龍の顔に、胴に炸裂する。

 すると龍は、炎を放出するのを止めて、赤い瞳でこちらをキッと睨み付けてきた。

「雑魚のくせに、邪魔をするなぁ!」

 まるで、カエルが地を這っているかのような奇怪な動きで、龍はアタシとの接近を謀ろうとしてきた。 

「いかせませんよ! グレイプニル!」

 ヴィヒレアが取り出したもの……それは、暴れ狂う狼すらも縛り付けた究極の紐だった。

 グレイプニルは龍の左腕に絡み付き、進撃を妨害している。

「──のプロトタイプです」

 ……はてさて、今度はどんな欠点を抱えているのだろうか。

 今のところは、その名に恥じぬ拘束力を見せてくれているが……

「くそっ、離せ! 放せ!」

 前に進んでも、すぐに引き戻されてしまうhttp。その怒りと焦りは、紐に噛み付き引き千切ろうとする動作にも現れていた。

「今のうちに、更に二つ刻ませてもらうぜ!」

 ジュリアンは、龍の足にできた渦の中に一本ずつナイフを投げ入れる。

 これで、四つのナイフがhttpの龍の内部に打たれた。

「ちっ……舐めるなよ! よ!」

 龍が、左腕に込める力を強くしていく。それに比例するように、ヴィヒレアが開いた亜空間への門からグレイプニルが引き摺り出されていく。

「何という力っ……!」

 尻尾を見せたグレイプニルを掴み、抵抗したヴィヒレアだったが、圧倒的な力量の前では焼け石に水だった。

 身体を持ち上げられたヴィヒレアは、咄嗟にグレイプニルから手を離したものの、落下の衝撃から逃れることはできなかった。

「がはっ……!」

「……すまねぇ、緑のお嬢ちゃん!」

 ジュリアンは唇をぐっと噛み、喉の奥から声を絞り出した。

「“神の光よ。我が祈りを聞き届け、祝福を授けたまえ──再生の陽光 《リリーフ・アフェクション》”!」

 一分近く世界改竄を続けていた芹架は、タブを閉じるようにそれを横にやって、また文字を打ち始めた。恐らく、発動させる魔術を途中で変更したのだろう。

 必死に執筆しても、状況が変われば無に帰してしまう。アタシは、初めて世界改竄の弱点を垣間見た気がした。

 芹架の発動した回復魔術を受けたヴィヒレアは、ゆっくりと上体を起こした。

「ありがとうございます……!」

「あくまで応急措置よ。無理はせず、再生能力にだけ意識を集中させておきなさい!」

 すぐにまた次の執筆を開始する芹架。アタシも負けてはいられない!

「撃て!」

「そう何度も同じ手が通じるか!」

 龍が身体を一回転させると、遠心力によって浮かび上がった尻尾が、艦砲の弾を明後日の方向に吹き飛ばした。

「この時を待っていたわ! 放熱!」

 龍は、全身にできた関節から蒸気を噴出させた。

「まさか、無理矢理ナイフを外そうって魂胆!?」

 そんなことはさせない! と心の中で思うことはできても、行動に移すことはできなかった。

 どれだけ命じても、どれだけ願っても、リロードの済んでいない砲が火を吹くことはない。アタシには、httpを止めることができない。

「お前が止まるこの瞬間を待っていたんだよ!」

 ジュリアンは、龍の頭に生えた角にマナの糸を結んで、その長さを縮めていった。引き寄せられていくジュリアンは、あっという間に龍の顔の上まで移動を終え、そこにある赤黒い瞳を見てにやける。

「ここにいたのか、かしらのお嬢ちゃん」

「はわわわわ……!」

 そしてジュリアンは、袖の内からナイフを取り出し、大きく振り上げてから龍の目に突き刺した。

「惜しかったな」

 後方に跳躍したジュリアンは、着地する少し前に雲のマットを生み出す。

「きっちり三〇秒だ!」

 無事に着地をしたジュリアンは、はっきりとした声で、気迫ある声色で、魔術の名前を口にした。

「スピカ──!」

 今度のスピカは、止めの一撃だけでなく、そこに至るまでの過程も命中している。流れるマナと収縮──前回のスピカの二倍の威力とまではいかないものの、龍の一匹を撃破するには十分過ぎる破壊力だった。

 全身で六芒星を刻んだ金属製の龍は、電池が切れたかのようにその場に倒れ込んだ。

「俺を敵に回した時点で、お前の敗北は確定していたんだよ」

 アタシは、この流れを知っている。次にジュリアンが何と言うのかを知っている。

「「俺は、世界で一番幸運だからな!」」

 ハモられるとは思っていなかったのだろう。ジュリアンは、目を丸くしてアタシの方を見、諦めたように静かに笑った。

「敵わねぇな、これは……」

「当たり前でしょ? 誰があんたを描いたと思っているのよ」

「描いた、か。俺は、神様にでも出逢っちまったのかねぇ……」

「あながち、間違いではないかもね」

 神と子による雑談も程々に、ジュリアンは姿を消した。

 これにて、電脳都市アキハバラ編は終幕──!

「ふざ……けるな……!」

 龍の死骸から、小さな影が這い出してくる。

「私の野望は終わらない。終わっていない!」

 httpはフラフラの足で立ち上がり、闘志を宿した眼差しでアタシ達を睨み付けた。

「どうしてそこまで──?」

「お金が必要だからだ!」

 恨めしく、怨めしく、憎悪を剥き出しにして、httpは己の経験してきたことを語り始める。

「あいつらは、私とその家族をバカにした! 見下した! 殺した! お金を持っていなかったから、お金を持っていたから──たったそれだけの違いで、どうして私達があんな仕打ちを受けなければならない!?」

「だからって、大勢を殺す必要はなかったでしょ!?」

「確かに、少々浅はかだったかもしれない。私は、あいつらと同じことをしてしまったのかもしれない……でも、もう耐えられない。あいつらが生きている限り、私のように傷付く者が現れる。両親のように、友達のように、罪なき罰を与えられる者が現れ続ける!」

 httpの動力源は、復讐という名の感情だった。過去の体験が、彼女の背中を押していたのだ。

 アタシは、そんな経験をしたことがない。それどころか、対極の存在であると言っても過言ではないかもしれない。

 きっとアタシは、httpが最も嫌う人間に分類される。お金も、愛情も、幸福も……藍染雪木葉という人間は、一切合切余すところなく手中に収めていたからだ。

「理解したなら退きなさい。今の私は、あなた達を殺そうとは思っていないわ」

「……それはできないわね」

「……そう。なら、力尽くで突破するしかないわね」

 httpは、肺に溜まった空気を全て吐き出してから姿を消した。

 そう認識した時には既に、アタシの後方にあった扉には抉られたかのような大穴が開けられていた。

「どういうこと……?」

前と後ろで巻き起こった超常現象に、アタシは付いていくことができなくなってしまっていた。

「──httpが逃走しました! 皆さん、早く外へ!」

「何ですって!?」

 ここでhttpを逃したら、きっとまた別の場所で復讐の準備を始めてしまうだろう。そしてそれは、決して犠牲なしに行われることではない。

「http……!」

 これ以上、彼女に罪を背負わせるわけにはいかない。一刻も早く、彼女に罰を与えなくてはいけない。この騒動は、今日終わらせなければならない。

 アタシ達は、httpを追って外の世界を目指した。

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