朽ちぬ鉄龍
大木のように太い足で立ち上がった龍は、宣戦布告するかのように、大地を揺るがす咆哮をしてみせた。その声は、直撃すれば致命傷を負ってしまうと確信できる程力が込められていた。
「逃げろ、お嬢ちゃん!」
アタシを、龍の影が覆い尽くす。
「あら? もしかして、諦めたのかしら? かしら?」
アタシは呆然と立ち尽くして、芹架だけを見ていた。身に迫る脅威なんて、これっぽっちも目に入っていなかった。
その様は、アタシが絶望に耐え兼ねて、死を受け入れたように映っていてもおかしくはない。
「まずは手始めに、」
「アタシの何がいけなかったの?」
世界が溶けていく。瞬きをすると、頬が濡れていく。
「そんな話は後よ! 今は、httpから離れることだけを考えなさい!」
「そんな話じゃない! アタシにとっては、命と同じくらい大切な話なの!」
「その命が失われようとしているということに、どうしてあなたは気付かないのよ!」
アタシの身体は、迫る龍の足によってぺしゃんこにされようとしていた。
……時には神ですら苦戦する龍と言えど、所詮は機械の身体だ。ならば、弱点は同じ──とはいかない。この龍は、今まで相手取ってきた兵士達とは比べ物にならない巨体を有している。電撃によるゴリ押しはもう通用しないだろう。となると、有効な手段は水に限られる。
こんな戦闘になるとは予想だにしていなかったので、即興の新規描き下ろし作品になるが……問題ない。アタシならやれる。
「潰れちゃえ! ちゃえ!」
そんなhttpの願いが、神に届く日は永遠にこなかった。
「今、大事な話をしているのよ!」
アタシは、一枚の用紙をスケッチブックから切り離して、httpに見せ付けるようにそれを構えた。
描かれているのは泡沫の門 《ミラージュ・ウォール》。これには装飾などの要素が一つもないため、本気を出せば相手の攻撃を見てから描き始めても余裕で間に合わせることができる。
「ぐっ……!」
振り下ろした足を引き、体勢を立て直そうとする龍に、アタシは追い討ちを掛けていく。
「万物の門!」
ドラゴンの頭上に、目のような形をした穴が出現する。そこから現れたのは、滝のように流れ落ちる水。
「マテリアーテル!」
聖剣のストックも、これが最後だ。だが、大切に使っていこうなどといった消極的な考えは持たない。大胆かつ乱雑に、ただ目の前の敵を倒せればいいという一心で、アタシは金属製の足にマテリアーテルを突き刺した。
「くどいのよ。そろそろ黙りなさい」
直後、龍の全身は氷に包まれた。
まるで、巨人の剣が地中から顔を出したかのような光景は、こんな状況でなければ神秘的に映っていたことだろう。
その中に閉じ込められたドラゴンは、大きく口を開いたまま動かなくなっていた。
「さて──」
話の続きをするとしよう。
「アタシの何がいけなかったか、たっぷり教えてもらおうじゃない、光坂芹架?」
不満げな表情を見せる芹架は、直接答えるのではなく、ヒントという形で一つの名詞を呈示してきた。
「タイマーちゃん」
「タイマーちゃん?」
──と言えば、『人造人間異世界に行く』のヒロインであるあのタイマーちゃんのことだろうか?
「あの子とアタシに、何の関係があるっていうのよ?」
「……あなた、最近眠っている?」
「はあ? さっきから言っている意味が理解できないんだけれど?」
芹架はお手上げだとでも言いたいのか、大袈裟に肩を竦めた。
「まあ、あなたもいつか気付く日がくるでしょう。それより、そこの凍った玩具はどう処理するつもり? このままだと、氷が溶けてまた暴れ出すわよ?」
「あー……」
そこまでは考えていなかった。とりあえず、マテリアーテルで電気を流して砕くか。
龍の足に刺したままのマテリアーテルから柄を外し、緑色のそれをはめ込む。
「せーのっ──」
「させないわ! わぁっ!!」
「熱っ……!?」
刹那、凍結した水は、過程をすっ飛ばして蒸気となった。
冷たき棺からの脱出に成功した鋼の龍。その全身からもまた、白い気体が噴出していた。
「放熱機能を備えておいて本当によかったわ。わ……」
くそっ、僅かに行動するのが遅かったか……!
「さてさて、ここまではずっとあなた達のターンだったわけだけれど、今からはどうかしらね? ね?」
──空気の流れが変わった?
「舌を噛むなよ、お嬢ちゃん!」
「わっ!」
突如として浮遊するアタシの胴体。どうやら、ジュリアンがマナの糸で引っ張ってくれていたようだ。
「一体、何が起こるって言うの……?」
上手くアタシをキャッチしてくれたジュリアンに、現状について尋ねてみる。
「さあな。だが、ここからが本番だってことは何となく理解できるぜ……」
「準備完了……レッグをパージするわ! わ!」
つい先程までアタシを追い詰めていた龍の足。それが、テレビの映像が乱れた時のように、巻き付けられた糸で切り裂かれた時のように分裂した。
個々に分かれた足だったものは、突風を巻き起こしながら激しく回転を始める。
「httpの使っていた腕と酷似しているわね……」
芹架の推測通り、石が、金属が、ガラスが、次々に渦の中へと吸い込まれていった。
そしてそれらは渦巻きの一部となり、手を取り合って踊り出す。
やがて、パーティ会場は満席となり、集ったパーツ達は足という部位を形成した。
「お待たせ。それじゃ、死んでね! ね!」
大きな図体からは想像もできないような跳躍力……!
「“泡沫の門”!」
龍が目の前まで迫ってきていると脳が把握するよりも先に、アタシとジュリアンは壁を突き破ってもおかしくない程の勢いで吹き飛ばされていた。
つまり、芹架が発動した泡沫の門ですら、ドラゴンの蹴りを防ぎきることができなかったというわけだ。
「ぐあっ……!」
「っ……! クラウド・ウォール──!」
人間弾丸となったアタシ達の身を、雲のように優しい抱擁が受け止める。
流石に引き千切れるのではないかと心配になる速度だったが、何とか持ち堪えてくれたようだ。
「あいつ、急に速くなったわね……!」
弱まってはいたものの、相当の衝撃だった。痛み……はそんなにないが、恐怖というか、対応力というか、とにかく、内面的な作用によって手足が動こうとしなくなっていた。
「正直、結構まずいぜ、こりゃあ……」
ツキアカリ荘側の編成は、後衛が二人に前衛が二人。しかも、前後一人ずつが
これをまずいと言わないで、一体何をまずいと言うのか。
「数々のまずい経験をしてきたジュリアンさんから見て、この状況はどれくらいまずいの?」
「数々のまずい経験を乗り越えてきたジュリアンさんに言わせれば、現状は半ば生き残ることを諦めるくらいまずいな」
「そう。ならまだまだ余裕そうね──」
ジュリアンは、まだ半分も生に縋り付いている。だとしたら、アタシ達が気付いていないだけで、どこかに勝ち筋は転がっているのかもしれない。
「曲解は止めてほしいんですけれどね……ところでお嬢ちゃん、この身体は、死んでも死なねーのか?」
「ええ。たとえ死んだとしても、また召喚することはできるはずよ……そのジュリアンがあなたかどうかは分からないけれど」
「怖い話じゃねーか! 俺、そういう類の話は苦手なんだよ!」
「で、これからどうするつもりなのよ?」
話の流れから、大体の予測はできる。彼はきっと──
「死なない程度に無茶をするつもりだ」
「……そう言うと思った」
ジュリアンはアタシのことを知らないけれど、アタシは彼のことを熟知している。アタシからすれば、ジュリアンは一緒に強敵と戦ってきた仲間なのだから。
「多分アタシは、あいつとはまともに戦えない。でも、全力であなたのサポートをすることは可能よ」
「ありがたきお言葉。んじゃ、三〇秒だけだけ稼いでくれや」
「三〇秒……ね。ちょっとだけ待っていてくれる? すぐに描き終わるから」
「いつまでも緑のお嬢ちゃんと黒い姉ちゃんに任せておくわけにもいかねぇ。ちょっくら参戦してくるから、準備ができたら教えてくれや。そこから運命の三〇秒の始まりだ」
httpがアタシ達を追撃してこなかったのは、ヴィヒレアと芹架が頑張ってくれていたからみたいだ。
二人に対する感謝と謝罪の気持ちも込めて、アタシは秘密兵器染みた武器を描写していく。
これを描くのは初めてだが、遠距離で確実に使い物になるものと言えばやっぱりこれだろう。
記憶を辿って、あの時を、あの戦いを鮮明なものにしていく。
「できたわ! 今から三〇秒!」
「流石、仕事が早い! それじゃ、行くぜぇ!」
紙が切り離される音と共に、多種多様の兵器が現界する。
「力を貸して、モカ!」
アタシの周辺に出現したそれらは、紛れもなく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます