一意専心

 おとぎ話の世界のように浮遊を始めた機械達は、備え付けられた銃や刃を構え、いつでも戦闘できる態勢となった。

「ルタイネは下がっていて!」

 攻撃手段を持たない彼女を安全な場所に避難させ、アタシは男性のイラストが描かれた画用紙を切り離した。

「ジュリアン、出番よ!」

 登場したのは、茶髪で長身を持った男性。名を、ジュリアンと言う。

 彼は、魔術と特殊な短剣による遠近双方に対応できる万能魔術師だ。ただ、生まれ持った不幸体質が枷となり、物語の中盤で戦死してしまうという悲しき一面もある。

「やれやれ、また戦闘か。とことんついていないねぇ……」

「建物を破壊しないように気を遣いながら、奴らを殲滅して!」

「へいへい。無理難題を何とかしちゃうのが俺でさァ」

 雑な物言いをしているが、こう見えてジュリアンはとても几帳面だ。多少無謀な命令でも、彼ならきっちりとこなしてくれるだろう。

「スプリンクレール!」

 早速、ジュリアンは下級魔術で水をぶち撒けてくれた。本来は、対炎属性用の魔術なのだが、機械相手でも有利環境を作り出すことができるようだ。

「芹架……はもう執筆活動中ね。ヴィヒレア、アタシ達で前衛を担当するわよ!」

「お安い御用です」

 ヴィヒレアは、どこからともなくブリューナクを取り出した。

「機械には水と電撃……王道よね!」

 倣ってアタシも、緑の鞘を装着したマテリアーテルを手に取った。

「お手並み拝見よ! よ!」

 httpの声を合図に、金属の兵士達は一斉に前進を始めた。

 アタシは、その中の一人狙いを定めてマテリアーテルを振り下ろした。

 この聖剣は、相手に刃を当てる必要がない。振るうだけで、対応した属性が小さな魔術となって発動するのだ。その射程も威力も、本家の魔術とは比べ物にならない程度のものだが、それでも厄介なことに変わりはない。

 威力を求めるなら、ツリースライムにしたように本来の剣の使い方をすればいい。

 この辺りの汎用性は、流石聖剣といったところか。

「まずは一機!」

 例によって例の如く、ここの機巧も電撃には強くないらしい。これだったら、後衛組の出る幕はなさそうだ。

「まだ一機ですか? 私はもう二桁に突入しましたよ」

 アタシの側まで戻ってきたヴィヒレアは、くるりとブリューナクを回して己のスコアを自慢した。

「投げれば即死。突いても即死」

「か、神の武器は反則よ!」

 プロトタイプと言っても、神器は神器だ。戻ってこないブリューナクは、並走する脚力を保持したヴィヒレアの前ではデメリットがないに等しい。どちらかと言うと、武器よりも彼女の身体能力の方が反則なのかもしれないと、アタシは薄々気付き始めていた。

「準備完了だ、お二人さん!」

「こちらも執筆完了よ!」

「きた!」

 ヴィヒレアは、アタシの担いで大きく後退した。それと同時に、二つの魔術が同時に発動する。

「響け雷轟、敵を撃ち抜け! サンダー・ランス!」

「“流れゆく稲妻の龍よ、かの者を噛み砕け──雷麦畑で喰らわれて 《エレクトリック・サパー》”!」

 槍状の電撃の集まりが、空から落ちてくる。跳ねる雷撃が、地を這い兵士を包み込む。

 激しく強い力によって、全ての機巧兵の身体は修復不可能な傷でいっぱいになった。

「ナイス魔術!」

「お見事ですね」

 我が勢力は圧倒的だ。完膚なきまでに叩きのめされたhttpも、今頃土下座の準備を──

「どいつもこいつも、最高におバカさんね! ね!」

 狂気に染まった笑顔が、何を言っているのか理解できなかった。もう、httpに勝ち目はない。そんな状況で、何故彼女は笑うのか。その答えは、金属の山にあった。

 のそのそと、鉄屑を掻き分けて現れる人の上半身。腐敗したそれは、液体に浸されていたゾンビだった。

「何か、危険なもの装備していませんこと……!?」

 部屋の隅で縮こまっていたルタイネが、ゾンビの一人を指差してそう発言した。

 彼女の震える声を聞いて、httpは喉を鳴らして笑い始める。

「ククク……そう、これこそが最新の人間兵士! 我が軍のエリートファイターよ! よ!」

 ここにいる七体のゾンビは、他のもののように痩せ細ってはおらず、筋骨隆々だった。

 彼らの放つ圧力は、そこだけに留まらない。

「アリシアの作り出したゾンビに、私のブースターを装備させたの! どう? この作品って、すっごく昂る組み合わせよね!? よね!?」

 小型化されたロケットのブースターみたいなものを複数個付けている者、戦闘機の羽にそっくりなものを背中に付けている者……空を飛ぶゾンビという存在が既に未知数だというのに、よりによって、彼らは最新の文明を装着している。

「恐怖が恐怖を纏っているって感じね……」

 それでも、こちらには神器使いがいる。芹架も、ジュリアンだって手を取ってくれているのだ。何も恐れることなどない。

「気を付けてください」

「えっ?」

「私に六つの武器を突き刺したゾンビは、彼らと瓜二つのシルエットをしていました」

 ヴィヒレアは、彼らが自分に並ぶ強さを手にしていると言っているのだろうか。もしそうだとしたら、とてもアタシが敵うような相手ではない。

「あの六体は、不易流行の兵士の中でも実力のない者達よ。いわばワーストシックスね。ね」

「……皆さん、下がっていてください」

「ちょ、ワーストシックスですらあなたを追い詰めた強さなんでしょ!? それより強い七体に、一人で挑んで勝てるわけないじゃない!」

 一秒も考える必要がない単純な計算式だ。

「勝てますよ、必ず」

 ヴィヒレアは、一歩前進して右手を前に突き出した。

「……できれば、まだ使いたくなかったのですが」

 途端に、辺りが神聖な空気に包まれた。

「これは一体……!? くっ、突撃よ! よ!」

 虫の知らせを聞いたhttpは、急いで兵士達を出撃させた。

 一八〇度を完全に覆うゾンビの布陣には、穴という穴が存在していない。ゆいいつの逃げ道である後ろも、壁まで追い込まれたら最後だ。

「……あなたは、神のように愚かですね」

 まるで神に出会い、交流をしてきたかのようなことを呟くヴィヒレア。驚異が差し迫るこの場面で、そんな比喩表現をしている余裕が彼女にはあるというのか……?

「第二楽章──【舞踏】!」

 後は武器を降り下ろすだけ。そんな距離まで近付いていたゾンビ達の胴体を、神の武器達が自由に穿った。

 丸くなるハリネズミのような神器のドームに、神の道具の雨が降り注ぐ。

 アタシはそこまで神の武器に詳しくはないのだが、ブリューナクやゲイボルグといった、投擲時に強力な効力を発動させるものが後者に多く含まれている気がする。

「凄い……」

 それこそ、神ですらこの数の神器を一度に目撃したことはないだろう。数百にも渡るそれに挟まれた五体のゾンビは、瞬時に息絶えた。

「残り二体……ですね」

 刃の繭は光の粒となって、その中からヴィヒレアが羽化する。彼女が目指すものは花の蜜ではなく、狩り損ねた獲物だ。

 ヴィヒレアは、じっとゾンビを睨み付け、隙を窺っている。

 両手に握られた刀は、紫色の禍々しいオーラを放っていた。

 いつまで経っても動こうとしないヴィヒレアに痺れを切らしたゾンビは、呻き声を上げながら突進を開始した。

「──遅い」

 ヴィヒレアの方へと向かって歩いていたゾンビは、いつの間にか彼女を追い越していた。いや、ヴィヒレアがゾンビの背後に回り込んでいたのだ。

 ゾンビは、状況を理解する時間すら与えてもらえずに切り裂かれた。

「後一人」

 残るはブースターを装備したゾンビだけだ。

 ──いける。今のヴィヒレアなら、ローリスクでハイリターンを獲得できる。

 確かな勝ちを実感し始めたアタシは、安堵の息を沢山吐き出した。

「いけるいける、ブースターゾンビなら勝てるわ! 十三人の中でも最強のあなたなら、きっと仲間の仇も討つことができるから! から!」

「うぁあ……!」

 心なしか、ゾンビの士気が向上した気がする。彼らとは意志疎通ができないものだと思っていたが、もしかしたらそれは誤解だったのかもしれない。

「しんけんしょうぶ……」

「喋った!?」

 ブースターゾンビは、刀の柄をしっかりと掴んで居合いの姿勢を取った。

「……面白いですね」

 ヴィヒレアは、明らかに思考能力を持っているゾンビにニッと微笑んで、そう感情を口にした。

「いきますよっ!」

 瞬間移動にも似た電光石火の跳躍で、ヴィヒレアはゾンビの背後を取った。居合いの格好では、もうヴィヒレアの優勢という位置関係を覆すことはできない。http以外は、きっとそう確信していたことだろう。

「一意専心! こうなったら、もう負ける気がしないわね! わね!」

  ヴィヒレアの一閃が、ゾンビを両断した。しかし、斬られたのはその残像だった。

 ブースターによって横にスライドしていたゾンビは、滑らかな円を描くように移動し、ヴィヒレアの背中側に回り込んだ。

 一瞬にして行われた形勢逆転。希望が絶望へと変わる瞬間を、アタシはしっかりと目の当たりにした。

「──フィナーレよ。よ」

 httpの言葉は反響し、より根強く耳に残った。

 血液を噴出しながら倒れていくヴィヒレアの姿から、視線を外すことができなかった。

 幾重にも混ざった鉄の臭いを、感じずにはいられなかった。

「ヴィヒレア!!」

 叫ばずにはいられなかった。

 駆け寄らずにはいられなかった。

「りり……りさん……」

 近くに寄って初めて気付いた。ヴィヒレアの瞳に、光が宿っていたことに。

「私には……再生能力があります……だから、安心してください……」

「その二つに関連性なんてないわ! たとえ再生できたとしても、心配なものは心配なんだから!」

 ヴィヒレアはハッとした。アタシの発言にではなく、アタシに迫る死神の鎌に目を見開いたのだ。

「これで二人目……!」

 迫る殺気を悟ったアタシは、ヴィヒレアの視線の先に目をやった。そこには、アタシ程度を殺めるには十分すぎる刃が牙を剥いていた。

「マジック・ブラスト!」

「“炎熱の悪戯 《イフリート・ヨーン》”!」

 座標を指定して発動できる小魔術の二連撃……ジュリアンと芹架か!

「そうくると思ったわ! わ!」

 範囲の狭い小魔術の大きな弱点──それは、対処が容易なところにある。

 アタシとヴィヒレアを巻き込まないようにと気を遣ったことが仇となって、結果的にかすり傷すら与えられない状況に陥ってしまったのだ。

 一切体勢を崩さずに、異なる二つの魔術を回避したゾンビは、作業的に刀を振り下ろした。

「金髪のお嬢ちゃん、しっかりと緑のお嬢ちゃんを掴んでいろよ!」

「え──?」

 アタシの身体は、何かに引っ張られて宙を舞った。

「クラウド・ウォール!」

 このままいけば接地してしまう──受け身を取ろうと胴体を捩った直後、アタシと床の間に雲状の壁が出現した。

 自重で沈んでいくアタシを、繊細な糸のようなもので作られた雲が抱擁する。高速で移動したことによる勢いは既になく、我々は何とか一命を取り留めた。

「一体どういうことよ!?」

 こんな芸当ができる人物など、ジュリアンしかいなかった。アタシは、一部始終を詳しく話すように、彼を激しく問い詰めた。

「まあまあ、そう興奮なさんなって。お嬢ちゃんが走っていく時、ナイフの付いたマナの糸を胴体に巻き付けていただけでさァ」

 腰回りに細いものが這いずり回ったと感じたのも束の間、ジュリアンの手に、戻ってきたナイフが収まった。

「マナの糸って便利なのね」

「順応力が高いわね、芹架……」

 当のアタシは、まだ現状が把握できていないのに……

「事前に打ち合わせをしていただけよ。順応も何もないわ」

 何故か、ジュリアンが不敵な笑みを浮かべる。

「やっちまえ、魔術師のお嬢ちゃん!」

「“目覚めよ、冷酷なる焔。己が欲望のまま、世界を焼き尽くせ── 冷たき破壊 《セルシウス・ヒート》”!」

 炎の渦は、我欲を剥き出しにして辺り一体を焼き尽くした。

「な、なかなかやるわね! わね!」

 流石に、ゾンビの中から次の生物が飛び出してくることはないだろう。httpのマトリョーシカは、きっとこれで最後のはずだ。そう、今度こそ雌雄は決したのだ。

「終わりよ、http」

 httpの額から、一滴の汗が流れ落ちた。

「分かった、分かったわ。あなた達は強い。私一人では到底勝てそうもない程にね。ね」

 おもむろに立ち上がったhttpは、両手を広げて天を仰いだ。

「だから──ピエロ、私を両断しろ! しろ!」

「かしこまりました」

 httpの影が、ゆらりと動いたように見えた。

 白い何かが、境界線を描いたように見えた。

 次の瞬間、彼女の背中に真横一文字の裂傷が生じた。

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