嵐の前の静けさ
しばしの休憩を挟んだ後、アタシ達三人は、敵の本拠地であると推測されるアキハバラ中央病院へと向かうことに決めた。
ヴァーレの命令に背く形になるが、そう上手く事が運ばないのが戦場という場所だ。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
身体を休めたし、イラストの補充もある程度は済ませた。
アタシは頷き、肯定を表明した。
「私も問題ないわ。ヴィヒレアがいれば、丸腰でも勝てそうだし……」
「油断は禁物ですよ……それでは、いざ出陣ー」
「棒読みで言う台詞ではないけれどね……」
アタシには、芹架とヴィヒレア双方の気持ちを理解できた。強いて言えば、ヴィヒレアの意見の方が賛同できるだろう。
アタシ達の敵が、どこからともなく飛び出してくる変態と、気付いた時には時既に遅しな退廃の少女、それと、正体不明の黒幕だったからだ。
こんなものを相手取るのだから、隙なんて見せてはいられない。
「ところで、あのヤエとかいうちびっ子はどうしたの?」
唯一の交通手段だった鉄の馬は不在だ。なので、アタシ達は徒歩で病院まで移動しなければならない。
その道すがらは大変退屈なもので、景色は同じような廃墟、人気は一切なしと悲惨だった。
その憂鬱な感情を払拭する最も簡単な手段は、やはり雑談だろう。
「愛染りりりにちびっ子扱いされるだなんて可哀想。私だったら自害するわね」
「悪かったわね、ちっちゃくて! これでも平均よりちょっと小さいだけなんだけれどなー! 芹架が大きすぎるだけなんだけれどなー!」
「私はもっと大きいですけれどね」
「くっそー、寝返ってやろうかしら!」
ヤエは小さいし、アリシアは同じくらいの身長だ。黒幕も、あの喋り方だとアリシア以下だろう。
対するこちらはというと、芹架もヴィヒレアもヴァーレも軒並み一六〇センチメートル越えだ。
男性陣は言わずもがなだし、ルタイネが唯一の良心と化している。
「寝返ったら、容赦なく殺しますよ?」
「容赦なく脱がすわ」
「もうやだこのチーム!」
「駄々を捏ねるのは止めなさい、まるで子供みたいじゃない」
子供扱いした後は、子供みたいか……毎度のことではあるが、芹架と討論をすると、すぐに頭がこんがらがってきてしまう。
都合の悪いことはぬらりくらりと回避して、過去など知らぬと自己の発言すら否定する暴論を吐く。芹架の強引さは、時折想像を越えた力を有する。
「質問の回答ですが、あの少年はツキアカリ荘にて拘束されています。あの様子だと、当分は脱走できないでしょう」
「詳しくは聞かないでおくけれど、それはよかったわ」
「──っと、他人の心配をしている場合ではなさそうですよ」
急にヴィヒレアが立ち止まったので、何事かと思って前方を注視してみる。迫りくるは、お掃除ロボットの大群だ。
これだけの数を作動させたら、どんなゴミも逃さず吸ってしまえそうだ。
「愛染りりり、対ザコ敵用のイラストは描いてある?」
「……ないわね」
「そう。なら、あなたは下がっていなさい」
「何でよ? アタシも参加した方が早く倒せるじゃない!」
芹架が、執筆を開始する。
「いいえ。参加しない方が、殲滅速度は速いわ」
一体どういうことなのだろう。
「“天地神明を翻し、豊穣の雷鳴を轟かせよ──天に実りを、地に祈りを 《ライトニング・ウィート・フィールド》”!」
天より落ちる一粒の種が、地に抱かれて芽吹いた。大地いっぱいに広がる麦畑のような電撃。それは、大地を踏む存在に容赦なく襲い掛かる。
お掃除ロボット達は、足元から流れくる強烈な雷電によってすぐに機能を停止した。
「“──そして世界は自然の香りに包まれる”」
「出たー、ニグルムの決め台詞!」
実際にはモノが焦げた臭いしかしないのだが、その対比がまた格好いいのだ。
「言ったでしょう? 愛染りりりは参加しない方が手っ取り早く終わるって」
「悔しいけれど、認めざるを得ないわね」
「実にいい魔術ですね。失礼でなければ、どこでそれを習得したのかお聞きしてもいいでしょうか? 神格ですら扱えないような、特別な魔術であるとお見受けしましたので」
ヴィヒレア、やけに踏み込んでくるな……
まあ、芹架の魔術が、興味の湧く一風変わったものであることは確かだが。
「ふふ、秘密よ。教えちゃいけないしきたりになっているの」
「よくそんなことが言えたわね……」
真実を知るアタシにしか見抜けない嘘。ヴィヒレアは、まんまとそれに騙されてしまっていた。
「そうですか。それなら、仕方ありませんね」
「ごめんなさいね?」
戦闘を済ませたアタシ達は、また前へと進み始めた。
アキハバラ中央病院に近付くにつれ、敵の数が多くなってきたように思える。
しかも、今度はゾンビとお掃除ロボットが入り混じった戦場だ。
「なかなか前に進めないわね……」
そろそろ、芹架の世界改竄も間に合わない量になってきた。なので、アタシやヴィヒレアも、前線で戦いを強いられている状況だ。
「“天に実りを、地に祈りを”!」
一歩下がったところにいた新旧敵対勢力が、ばったばったと倒れ込んでいく。
「ブリューナクで牽制です」
神の槍を投げては拾い、拾っては投げを繰り返すヴィヒレア。あまり意味のない行動に見えるが、これが結構効果的なのだ。
「マテリアーテルを振るうのも、そろそろ疲れてきたわ……!」
──少なくとも、アタシよりは活躍している。
「無駄に体力を消耗するだけで、全然前に進めないわね」
「あんたはこんなところでも冷静なのね、芹架……」
後少しで病院の影が見えそうというところまで迫ってきているというのに、まさかここで足止めを食らうことになるとは……何か、問題を解決するような手立てはないものか。
「うわああぁぁ!?」
突如、少女の声がする強風が吹き荒れた。突風に巻き込まれた金属と死体は瞬く間に切り裂かれ、オブジェクトへと変化を遂げる。
前方から迫ってきたそれの中心部分には、黄色い少女が運転するバイクの姿があった。
「ルタイネ!?」
「皆さん!?」
不釣り合いなコンビは、息を合わせてアタシ達の少し前に静止した。
「よかった、止まりましたわ……」
枯れたもやしのようになったルタイネが、魂を吐き出すが如く弱々しい声を漏らした。
「一体何があったのよ!?」
近寄って聞くと、ルタイネはじっとアタシの目を見て言った。
「なるほど、退廃の少女と交戦したのですか」
「どうしてそれを!?」
ルタイネは、アキハバラ中央病院で起きたことと、自分の能力について話してくれた。
「どうやら、わたくしの能力が完全に覚醒したみたいなんですの」
相手の過去を知る……直接雌雄を決する力を有しているわけではないが、勝利を手にするのに大いに役立つ可能性を秘めた恐ろしい能力だ。
今では、少ないマナ消費でいつでもどこでも誰の記憶でも読み取れる汎用性を手にしたとルタイネは告げる。
「ところで、ルタイネは退廃の少女と遭遇はしていないのですか?」
「はっきりとは見ていません──というか、そんな余裕はありませんでしたけれど、退廃の少女らしき人は見掛けていませんわね……」
ヴィヒレアは、何を気にかけているのだろうか。
「では、私達より先にアキハバラ中央病院へと戻ったはずの退廃の少女は、どこにいってしまったのでしょう?」
言われてみれば、確かに不審だ。
前からはルタイネが、後ろからはアタシ達が迫ってきていたのだから、どちらかがエンカウントしていなければ辻褄が合わない。
「愛染りりりじゃあるまいし、迷ったという線はないでしょうね」
「勝手にアタシを方向音痴キャラにするな」
「となると、どこかに隠し通路でもあるのでしょうかね」
ヴィヒレアの発言を足掛かりに、ルタイネが何かに気付いたように息を吸った。
「電脳都市アキハバラの地中には、アキハバラ中央病院から伸びる地下通路がありますわ!」
何だその衝撃的な設定は!?
「地盤とか緩そうね」
そして何だその知的な感想は!?
「つまり、アキハバラの至るところに地下へと通じる穴があってもおかしくはない……ということですね」
「更に言えば、どこから敵が攻めてくるか分からないというわけね……」
電脳都市は、既にクモの巣──ネットワークとなっている。蝶であるアタシ達は、常に捕食される恐怖を感じながら作戦を進める必要があるということか。
「まあ、気にしていても仕方がありませんよ。なるようになります」
「楽観的ね……」
「人生なんて、適当に生きるくらいがちょうどいいのです」
然り。危惧なんて、九割以上杞憂なのだから。
「さあ、ルタイネさんが道を作ってくれたことですし、さっさと戦争を終わらせて、パーティでもしましょう」
「アルコールも忘れないでね」
「芹架は自重しなさい」
先を歩くヴィヒレアと芹架の後を追おうとしたアタシだったが、その場から動こうとしないルタイネの様子が気になったため、足を止めて彼女に話し掛けることにした。何かを考えているようだが……
「ルタイネ、何か気になることでも?」
ルタイネは、渋らずに悩みのタネを打ち明けてくれた。
「わたくし、お姉……ヴァーレさんの記憶を覗いてしまったんですけれど、その時に見たものが、今はなくなっていたんですの。アキハバラ中央病院前にあった、罠が──」
「それは不可思議ね。けれど、わざわざ気にする程のことなの?」
「そう聞かれれば、そこまでではないと答えるしかありませんが……何分、とても長いものでしたから、簡単には隠せないと思いましたの」
「なるほどねぇ……一応、探してはみるわ。地下への入り口とかも見付かるかもしれないし?」
勿論、半分は冗談だ。
「わたくしもそうしますわ。ありがとうございます、りりりさん」
「いいっていいって。ほら、ルタイネもいくわよ」
消えたアリシアと罠。アキハバラ中央病院には、まだまだ知られていない謎が潜んでいそうだ。
そう思うと、どこよりも安全なはずの巨大な建物が、魔王の城のように見えてきた。
そしてアタシは──アタシ達は、制圧するべく、そこを潜入していくのだった。
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