再生と終焉

 一方その頃、二人のクリエイターは、緑の少女を探すために、ツキアカリ荘の周辺を散策していた。


 部屋にも集会所にも、アタシ達が訪ねたどの場所にも、あの奇妙で異質なオーラを放つヴィヒレアという名の少女はいなかった。

 こうなるともうお手上げだ。当てがない。

「ったく、命令だけはちゃんと守る子だって思っていたのに……」

 決して反抗しない従順さを、歯向かう必要がない程の余裕を、ヴィヒレアは持っている。

 まだ出会って間もないアタシ達だが、この考えが及ぶ程度には、ヴィヒレアのことを理解してきていた。

「ここまで探して見付からないとなると、何か理由があると推測するべきかもしれないわね」

 理由──最も容易に想像できるのは、敵の襲来だろう。しかし、その場合は戦闘の痕跡がどこかに残されているはずだ。

 これと言って目に付いた異変はなかったように思えるし、この線は薄いだろう。

「──呑気なものね」

 次なる考えを提唱しようとした矢先、ツキアカリ荘に最悪な来訪者がやってきた。

「退廃の少女アリシア……!?」

 ──と、謎の少年。

 アリシアは、まるで友達の家に遊びにきたかのような笑みを浮かべて、お喋りを始める。

「随分探したわ、一昨日まではね。でも、発信器ルタイネが場所を知らせてくれたおかげで、今はほら! 迷わずにあなた達のお家を訪ねることができたわ! 凄いでしょう? 褒めてくれてもいいのよ?」

「ルタイネが──アタシ達を裏切ったって言うの!?」

「半分正解で半分ハズレ。ルタイネは、黒幕に利用されていただけなのよ」

 全てを知るもの特有の優越感。事件の推理を披露する探偵の如く動き続ける口元。油断大敵とは、このような人に向けて言うべき熟語なのだろう。

 謎の少年もアタシと同じ思考をしていたようで、口にいれたロリポップキャンディーを噛み砕いた後にアリシアを咎めた。

「アリシア、少し黙れ」

 苦虫を噛み潰したような表情を見せるアリシアだったが、心の中では反省したらしく、今の話を止めて別の話題へと進路を変えてきた。

「私は、ツキアカリ荘と話をしにきたの。大事で重大な、いい話をね?」

「……一応、話だけは聞いておいてあげようじゃない」

 聞いたところで、新人であるアタシと芹架がどうこうできるわけでもない。どんな提案をされたとしても、それが可決することはないのだ。

 そんな事情を露程も知らないアリシアは、滑稽にもセールスを開始した。

「口を滑らせてしまったから隠さずに言うけれど、黒幕にとって、あなた達は邪魔者でしかないの。だから──この都市から出ていってもらえないかしら?」

「言われなくても、近々出ていくつもりよね、私達?」

「それ、今言わないといけない台詞だった!? こ、こほん……それはできないわね!」

 了承できないなら否定するしかない。

「どうして?」

「えっ?」

 そもそも、ツキアカリ荘の住民が、本当にここを離れてはいけないのかすら知らなかったアタシに、理由を問われても困る。

 作業的に否定してしまったツケが、このような形で牙を剥いてくるとは思わなんだ。

 とりあえず、それっぽいことを言って誤魔化すとしよう。

「ツキアカリ荘は、アタシ達の思い出の場所なのよ! 辛い時も苦しい時も、ツキアカリ荘に守られて住民に励まされてきたんだから! だから、死までここを離れはしないわっ!」

 アリシアは、目と口を丸くして、拍手をした。

 よかった、納得してくれたようだ──

「なら、ここで死になさい」

 肌を刺す殺意──もう、話し合いは通用しそうもない。

「愛染りりり、次からは勝手な行動を取らないようにしなさいね?」

「返す言葉もありません……」

 芹架は指を動かし、アタシはスケッチブックを取り出す。

 アリシアに接近戦は自殺行為。だが、ここには遠距離攻撃用のイラストは描かれていない。

 そもそも遠距離武器は、振り回せばとりあえず脅威になる近距離の武器と違って相応の技術を要するものばかりだ。出現させたところで、扱うことができなければ宝の持ち腐れ以外の何ものでもない。

 まごまごしながらあれこれ考えている間に、芹架の方は準備が整ったようだ。

「“冷たき破壊 《セルシウス・ヒート》”!」

「前より発動が早くなっていないかしら!?」

 以前に芹架が説明してくれたことを参照すると、彼女が魔術を使用するためには、まず見た目や威力といった設定の部分を執筆する必要がある。それを終えたら、今度は詠唱だ。

 小説を執筆するような二段にわたる書き込みを終えて、ようやく魔術が発動するというわけだ。

 世界改竄の肝は、まさしく『小説を執筆する』という部分にある。

「同じ魔術の描写を、二度も三度もする小説家なんていないでしょう?」

 一度使った魔術を再度発動させる時には、用いる描写を大幅に削減できる。たとえそれが、物語の終盤で登場するような大魔術であっても。

「……やっぱり、今すぐにでも世界を救えるでしょ、その能力」

 焔の渦が、退廃の少女と謎の少年を包み込む。

「ヤエ、任せたわ」

「チッ、言われなくても守ってやるよ」

 炎の渦の隙間から、ヤエという名の少年が見える。彼は手を伸ばして、冷たき破壊に触れた。直後、芹架の魔術は大きく引き伸ばされた。

「火葬なんてされてたまるか。悪いがな、こちとら棺に収まって土に埋めてもらうっていう夢があるんだ」

 ヤエが腕を横に振るうと、冷たき破壊は持てる質量の全てを爆発させた。

「カミラの盾ぇ!」

 すぐさま芹架の真ん前まで移動したアタシは、そう叫びながら一枚の紙を破いた。

 カミラの盾が出現すると同時に、身体が吹き飛ばされそうな程大きな衝撃が、腕から胴体へと襲ってきた。

 五秒。そんな僅かな時間で、残っていた体力のほとんどが失われてしまった。

 『イラストレーターだから運動はしなくていいんですー』なんて言っていないで、ランニングくらいはやっておくべきだったと、多くの体力が必要になった今そう思った。

「大丈夫、愛染りりり……?」

 息を切らしながら、地面に突き刺した盾に体重を掛けているアタシに、芹架は不安そうに尋ねた。

「あんた、能力をインフレさせ過ぎなのよ……! 自分が受けることを考えて設定を練りなさいっ……!」

「……まだ、冗談を言えるくらいには大丈夫そうね、よかった」

 よくはない……が、死ななかっただけ儲けものか。

「見た、ヤエ? 今のがエイ……黒幕が言っていたマジカルウェポンね!」

「勝手にマジカルウェポンなんてピンクピンクした名前を付けるの止めてくださる!? アタシの能力は世界創造って言うのよ、覚えておきなさいっ!」

「いいツッコミね、芸人を目指しているだけあるわ」

 ……体力の無駄だ、指摘はしないでおこう。

「でも、人の能力名をパクるのは芸人失格よ。恥を知りなさい」

 ……ツッコむのは脳内で留めておけ、アタシ。

「でも、センスのある名称だわ。そこだけは褒めてあげる」

「ありがとう! でも、芹架に褒められると背筋がぞわっとするわね!」

 ツッコませてくれないのかーい……って、アタシは何を考えているのだ!?

「そろそろいいかしら?」

 痺れを切らしたアリシアの言葉によって、弛んでいた空気が一気に引き締まった。

 今は戦闘中なのだ、漫才を披露している場合ではない。

「ようやくこちらを向いてくれたわね……では、次は私のターンよ!」

「ターン制なの、この戦い!?」

 この世界はボケ担当が多過ぎる。とても一人では捌ききれない。

「特別に、最大放出をお見舞いしてあげるわ。その減らず口を塞いであげる!」

 やり取りのせいで緊張感が皆無だが、アリシアは終焉の能力を最大放出するつもりらしい。

 こればかりはカミラの盾もないに等しく、離れたところで時既に遅しだ。つまり、アタシ達は回避不能だった。

「どうすんのよ芹架!?」

「ちょっと黙っていなさい?」

 冷静に、芹架は指を動かしていた。世界改竄の準備をしているようだ。

「──終わりの始まりよ!」

「“アリシアが決め台詞を言った瞬間、彼女の持つスマホが、待ったを掛けるように通話がきたことをお知らせした”」

 世界改竄のもう一つの能力──いや、名前から考えると、こちらが第一の能力なのだろう。

 文字通り、世界を思い通りに改竄する──制約も多いようだが、世界創造には真似できない、強力で反則ギリギリの能力だ。

 アリシアは、能力の発動を止めてスマホを耳に当てた。

「何かしら?」

『その子達は殺しちゃダメって伝えてあったわよね? よね? 何約束を破ろうとしているわけ? わけ?』

「アホシア、スピーカーになっているじゃねーか!」

「アホ? アホですって? 私は、アキハバラ中央病院の患者で一番成績がよかったのよ? テストの平均点は九五。断じてアホではないわ」

「じゃあ天然だ、めんどくせーな!」

 アタシは、戦闘中に漫才を見せられる腹立たしさを身を以て経験することになった。

『もしもーし?』

「大丈夫、聞こえているわ」

 こちらにも。

『ちょっと、院外に羽虫が湧いたみたいなの。なの。ブンブンブンブンうるさいから、ちょっと始末してくれないかしら? かしら? 一応、お掃除ロボットを出動させてはいるけれど、この様子だと焼け石に水ね。ね』

「後一歩ってところだったけれど、あなたがそう言うなら仕方がないわね」

『素直なことはいいことよ! よ! ところで、スピーカーがどうとかって聞こえた気がするけれど、これ、筒抜けになっていないわよね? ね?』

 アリシアは、真顔でこちらに視線を向けてきた。

「無反応ね……大丈夫よ、ツキアカリ荘の連中には聞こえていないわ」

『うん、ならいいわ。わ。じゃ、基地で待っているから! から!』

 通話が終わったことを知らせる音が、虚しく辺りに響いた。

「……アリシア、こいつら殺しておけ」

「? 殺すなって言われたばかりだけれど……」

「全部聞こえていたんだよアホが! 口封じをしろ!」

 アリシアが、澄んだ眼差しをしながら質問してくる。

「何も聞こえていなかったわよね?」

 退廃の少女のものとは思えない、優しい声だった。

 この子は、普通にしていればこんなにも素直で可愛らしいのか。

 途端に、嘘を吐くのが心苦しく思えてきたが、涙を呑んで首を横に振らせてもらおう。

「何も聞こえていなかったわ。ね、芹架?」

 対照的に、芹架は首を縦に揺らした。

「ええ、何も」

 人間社会は、多数派こそが正義だ。正しいことを言っていたとしても、それが少数派であったならば間違った発言として扱われてしまう。今のヤエが、その立場にある。

「チッ……追跡されると困るから、能力は発動させておけよ!」

 般若を更に不機嫌にしたようなしわしわの顔を見せながらも、ヤエは踵を返した。

 どうやら、アタシと芹架は見逃してもらえたらしい。

「当然よ。これを発動させている限り、私は無敵なのだから──」

 瞬間、アリシア周辺の空気が変わった。それが、思っていたよりもずっと狭い範囲なのは、恐らく調整しているからなのだろう。小回りが利くというのは厄介だが、この能力だと、あってもなくても大差はなさそうか。

「じゃあね、不思議な能力者さん。次はもっとシリアスにいきましょう?」

 その意見に関しては賛同できる。

 最善は拳を交えずに和解することなのだが、流石にこの考えは甘いと言われても仕方がないと自分でも思う。

 嵐の前が静かなように、後もまた独特な空気感を持っている。むしろ、前よりも静かに感じるくらいだ。

 災厄が去っていく。ヤエと、楽しそうに談笑しながら。同年代の女の子らしい明るい表情を浮かべながら。

「──逃がすわけないじゃないですか」

 緑の風が吹いた。

 ツキアカリ荘の屋根の上から滑空してきたヴィヒレアは、刀をアリシアに振るった。

 虚を突かれた退廃の少女が、鎌鼬から逃れることは絶対にできない。それ程までに、アリシアは遅くてヴィヒレアは速かった。

 血液が宙を舞った。

 苦痛の叫びが空気を振動させた。

「逃げろ、アリシア……!」

 身を呈してアリシアの盾となったのは、ヤエだった。

 肩からお腹まで伸びる赤い亀裂からは、同色の体液が温泉のように湧き出ている。

 大地に広がる血の海は、ヴィヒレアの靴の下にまで拡大していた。

「お前ぇ!」

 殺意と能力の濃度を高めたアリシアに、ヤエは再度通告をする。

「逃げろ、アリシア!!」

 先程よりももっと大きな声で、ずっとはっきりした口調で、アリシアはヤエに怒鳴られた。逃げるよう促進された。

「あなたに斬り掛かるつもりはありませんでした。ごめんなさい。一応、制御はしたのですが……何分、この刀は斬れすぎます」

 そんなことを呟きながら、ヴィヒレアはヤエの身体に刺さった刀を引き抜いて立ち上がった。

「……あれ?」

 ──その直後、ヴィヒレアの全身は、自分の血液によって真っ赤に染まった。

「……悠長にし過ぎましたかね」

「ヴィヒレア、下がりなさい!」

 ヴィヒレアは、退廃の少女に近付きすぎた。

 今は、何とか持ち堪えられているみたいだが、後どれくらい立っていられるかは検討も付かない。

 動けるうちに、安全なところまで下がるべきだ。

「ですが、ここで退廃の少女を仕留めておかないと、もっと酷いことになるかもしれませんよ?」

「……今ヴィヒレアが死ぬことよりも、酷いことなんてないでしょ?」

 ヴィヒレアは、小さな溜め息を吐いて、

「次はあなたの番ですよ、アリシア」

 と、堂々と殺害予告を出した。

 それに対抗して、アリシアもまた宣戦布告をしてくる。

「私は、あなたを絶対に許さないわ……!」

 狼のような眼でヴィヒレアを睨み、アリシアは駆け足で逃走した。

 アリシアの範囲外に出たことにより、老化というダメージよりも、ヴィヒレアの再生の方が優勢となった。

 破裂した血管は再び手を繋ぎ、裂けた皮膚は口を閉じる。

「終焉と再生が交わると、裂傷になるみたいですね」

「何を呑気な……!」

「強がりです。正直、ちょっとだけ死ぬかもって思いましたし」

 額に付着した血を手の甲で拭いながら、ヴィヒレアはそんな言葉を口にした。

「さて、とりあえずは事件解決です。戦利品を戴くとしましょう──」

 何故かヴィヒレアは、柄を上にして、手にした刀を頭上に振り上げた。

「何を──」

 そしてそれを、真下に転がる少年目掛けて勢いよく振り下ろした。

「うっ──」

 硬いものと硬いものが接触する、香ばしいパンのような音を耳が捉えた。

「──しているのよ!?」

 慌てて駆け寄ると、アタシはヴィヒレアのしたいことをようやく理解することができた。

 ヤエのすぐ横に突き刺さった刃。意識を失っている少年の姿。

 刀は、相手を狩るためではなく、意識を奪うために振り下ろされていたのだ。

「ヴィヒレアの場合、冗談じゃ済まされないのよね……」

 杞憂の混じった小言を言うと、ヴィヒレアは首を傾げた。

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