EPISODE16『旅行当日』

自宅を出発して約1時間30分。現在、僕達は奥桜ヶ丘町おくさくらがおかまちにある桜ヶ丘湯本駅さくらがおかゆもとえきに居る。


奥桜ヶ丘町は僕達が住んでいる桜ヶ丘市の北の方の山の麓ふもとに位置する町で、自宅の最寄り駅である桜ヶ丘中央駅から特急電車で約30分程で行ける。またここは温泉が多いことから〝桜ヶ丘温泉郷さくらがおかおんせんきょう〟とも言われていて国内でも比較的有名な温泉地でもある。また、近くには標高約950メートルの〝紅葉山こうようざん〟という名前の山などがあり、秋には全体が紅葉で彩られて全国各地から観光客や登山客などが訪れたりなどして賑わっている。


実は、紅葉山にはもうひとつ名前があって観光客には〝精霊山せいれいやま〟という名前でも知られているようだ。後で光か優斗に聞いてみるしかない。


「到~着っ!」


「お~結構涼しいな」


「まぁ山奥だからねっ!」


「でも30分でこんな山奥に来れるっていいよな!」


「そうだよね~」


「え?たった30分!?10分くらいしか経っていないと思ってた…」


あまり外の景色を見ていなかったからだろうか。


「ほとんど喋っていたからじゃない?」


「まぁ…若干一名は寝ていたんだけど…」


優斗がそう言うと3人の目線が光に向けられた。


「お、俺!?」


「「「うん」」」


瀬麗那、優斗、心春の3人は口を揃えて答える。


「俺そんなに寝てたか?」


「乗っていた時間の大半は寝ていたな…というか、光?本当に昨日寝たのか?」


「どうせ、お兄ちゃんの事だから何か変なサイトでも見ていたんじゃない?」


心春がそう言うと再び僕達は光に視線を向ける。


「「「じ~」」」


「べっ別に何もしてないからな!」


「本当に~?」


「本当だ!」


光のことは信じたいけど、でも男はこういうことを隠したがる。


「「「う~ん…」」」


「ちょっとは俺の事を信じろっての!」


「ふ~ん?まぁ~いいやっ!」


するとだんだん退屈になってきたのか心春は早く行きたいらしい。


「それより、ずっと駅前に居てもあれだし…早く行こうよ~!」


「そうだな。で、心春?最初はどこに行くんだ?」


「最初はね…う~ん。ど~こ~に~し~よ~う~か~な!神様の言う通りっ♪」


「ってまだ決めてなかったんかいっ!!」


「え?」


「「え?」じゃないだろ…だいたい行くところは決めていたんじゃないのか?」


「いや~一応決めてはいたけど…やっぱりみんなで決めた方がいいかな~って♪」


納得していない光は優斗に同情を求めた。


「いやいや、そういう問題じゃないだろ…。な?優斗?」


しかし優斗は…。


「なんだ、そういうことなんだ」


心春のいったことに納得してしまったらしい。


「いや、優斗も納得するなって…」


「あはは…」


瀬麗那は、予想の斜め上を行く心春の行動に苦笑するしかなかった。


「う~ん。じゃあ、まだホテルのチェックインまでたっぷり時間があるしどこか遊びに行こう!まぁどこに行くかは皆で決めるけどね♪」


結局こうなるんだね。


「じゃあ優斗はどこがいい?」


「俺?俺は…そうだな…山登りをするのはどう?なんか楽しそうだと思う!」


「登山かぁ~!うんうん!いいと思うよっ!じゃあ次は…お兄ちゃん!」


「俺こういうのよく分からないけど…優斗が言ってた登山は良いと思うな!」


「え~なんか普通の反応…」


「なんだよ普通って!!ていうか俺に何の期待をしてるんだよ!」


心春は「はいはい」と言いながら受け流しつつ最後は僕に回ってきた。


「あとは瀬麗那さんだね!瀬麗那さんはどこに行きたい?」


「え?僕は…」


「あれ~?瀬~麗~那~さん?」


小春が「何か忘れているよね~?」と言わんばかりのオーラを漂わせながらこちらを見てきた。


「え?…あっ!わ、私も…登山が良いと思うなぁ~あはは…」


「(そうだ、外での僕の一人称は〝私〟だったんだ…危ない危ない)」


しかし、瀬麗那はこの街に着いたときから何か変な感じがしていた。


「どうした瀬麗那、具合でも悪いのか?」


何かを察したのか優斗が聞いてきた。


「なになに?もしかして瀬麗那さんも楽しみで寝られなかったんじゃないの~?」


どうやら心春は変な方向に持っていく癖があるようだ。


「いや、それは無いだろ。光じゃあるまいし」


「あ、そうだね…お兄ちゃんならともかく瀬麗那さんは無いかもね…」


「なんか俺、酷い言われようだな!?」


瀬麗那は、さっきから感じているこの違和感を話すことにした。


「何かここに着いたときから変な感じがするんだけど…なんだろう?」


「変な感じって?どういう?」


「う~ん…私達とは少し違う感じの魔力?みたいなものを感じるんだ…」


「まさか、この町のどこかに〝時覇〟がいるっていうのか?」


〝時覇〟は〝時覇終ときはおわり〟と言って数日前に瀬麗那、光、小春の3人でショッピングモールに行ったときに遭遇したであろう精霊だ。


「うっそ~!?こんなところにまであんな人を操ることができる程の強い魔法使いが居るの~!?」


「どうだろうな…。一筋に〝無い〟とは言えない」


「分からない…でも、もしかしたら…」


「「「「う~ん…」」」」


だが瀬麗那は思った。何故、優斗は時覇の事を知っているのだろうかと。


「ねえ優斗?」


「なに?」


「優斗は、なんで光と時覇が出会った時の話を知っているの?」


「あ~それは、たまたまその現場に俺も居合わせたからだよ。買い物の帰り道に偶然とある公園を通りかかったときに光が時覇に遭遇したところを見たからなんだ」


「あ~だから優斗は時覇を知っていたんだ?」


「そういうこと」


瀬麗那達が少し考えていたところで段々この話が飽きてきた小春は早く行きたいよオーラを出してきた……というより、ずっと同じところに居るからイライラしている。


「あ~もう!こんなところで考えていたってつまらないよっ!楽しむために来たんだから早く登山に行こうよ!」


確かにずっとここで考え込んでも仕方がない。この話しは今は忘れて旅行を楽しむことに専念だ。


「もし遭遇したら、その時に考えれば良いをだもんな!」


「そうだな。じゃあ行きますか!」


「行こう行こう♪」


「うん、行こうっ!」


そういえば紅葉山の行き方を知ってる人って居たっけ?


「ところでさ、紅葉山へはどうやって行くんだ?」


「パンフレットには〝紅葉山に行くには桜ヶ丘湯本駅前のバス停1番乗り場から10分の〝紅葉山〟で下車すぐ〟って書いてあるよ?」


「じゃあ一番乗り場に行けばいいんだね?」


「そういうことだな」


そして駅から歩いてすぐのバス停に到着してすぐにバスが来た。


「あ!来た来た!このバスだよっ!」


その後、瀬麗那達が車内で話ながら順調にバスは進んでいく。


途中、優斗がこれから行く紅葉山について説明する。


「瀬麗那は紅葉山に別名がある事は知ってる?」


「え?そうなの?」


「そう。紅葉山の別名は〝精霊山〟って呼ぶんだ」


「精霊山…どうして精霊山って言うの?」


「噂だと、20年前に突然、紅葉山の頂上に高校生くらいの少女の姿をして黒いオーラを纏った精霊が出現したかららしい」


なんか話を聞いているだけだと…胡散臭い。


だがその話が本当だとしたらその後はどうなったんだろうか。


「そのあと、その精霊はどうなったの?」


「確か…かなり強力な魔法使いによって紅葉山の頂上から少し下ったところにある〝聖洞窟〟っていうところに封印されたらしいよ」


「そうなんだ…」


「あ、それなら登山のついでにその洞窟に行ってみる?」


僕の左隣に座っている優斗がそう言うと、怖いものが嫌いな心春はすぐに反応する。


「え~私そういうところは行きたくないよ~」


瀬麗那もそういった場所は苦手なのだが、それでも何かあるかもしれないと思い行ってみたい気持ちもある。


「とりあえず行ってみて何もないって分かったらすぐに下りればいいんじゃない?」


「「「あ~確かに」」」


「それに…何かあったら優斗や光に助けてもらえばいいんだし」


「おい瀬麗那…お前だって…」


光るに続けて優斗も答える。


「瀬麗那も魔法を使えるんだから、ある程度は自分でも守れなくちゃダメだぞ?……まぁ危なくなったら助けるけど」


「まぁ~瀬麗那は俺達より魔法力が高いんだし、相当強いやつじゃない限り簡単に負けるなんてことは無いだろうけどさ」


「え~?瀬麗那さんだからこそ何があるか分からないんじゃないの?もしかしたら瀬麗那さんの事を狙って敵の魔法使いとか精霊が突然襲ってくるかもしれないんだよ?」


心春は時々恐ろしいことを呟くということを最近知った。


「ま~要するに〝いつ何が起こるかなんて誰にも分からないから自分で自分の事を守れるようにしなよ〟ってことだよ」


「うん。そうだね。自分で守れなくちゃだね」


「そうだな」


その後、色々と話している内に終点のバス停が近づいてきた。


「〝まもなく、終点 紅葉山 です。お忘れものをなさいませんようお気をつけください〟」


「あ、もう終点みたいだよ」


「相変わらず着くの早いな~」


「ずっと喋っていたからな。さっきの電車の時と同じく」


そして光は、いつの間にか寝てしまった心春をたたき起こした。


「お~い、心春~起きろ~」


「んん…」


「こりゃ完全に寝ちゃってるね…」


「こうなったら、あの手を使うか…」


「光?どうやって心春ちゃんを起こすの?」


「もちろんいつものやり方で」


「いつものやり方??」


すると光は心春の耳元で何かを呟いた。直後、心春は何かに驚いたらしく直ぐに飛び起きる。


「えっ!うそ!?それ本当!?」


「本当。だって偶然見ちゃったし」


「いいな~」


「ていうかこの話は内緒だぞ?」


「え?う、うん!分かった!」


光と心春がこそこそ話している事に少し気になった瀬麗那はバスを降りてから光に聞いてみた。聞いてはいけないような気がするが。


「そういえば光?さっき心春ちゃんを起こすとき心春ちゃんに何話したの?」


すると心春がすんなり答えてくれた。


「え?え~っとね、瀬麗那さんのバストが私より大きかったって言う話だよ~」


「なっ!?」


瀬麗那はビックリしたりする時はいつも可愛いらしい声を出してしまうようだ。よく光達にも言われているが。


「おいバカ!内緒なって言った直後に話すな!」


「ま、ドンマイ♪」


「うぅ…光のバカ…」


「(涙目になった瀬麗那も可愛い…)」


「もしかして~今、お兄ちゃん「涙目になった瀬麗那も可愛いな~」とか思ってたでしょ♪」


「ば、バカ…べっ別に思ってないしっ!」


「お兄ちゃんってば素直じゃないなぁ~♪」


「あのさ…そろそろ行こうよ…」


こんな状況でも怒らない優斗は優しい。


「そ、そうだね…」


そう優斗に答えた後、瀬麗那は半分冗談で「僕、今怒っていますよ」オーラを漂わせながら光に言ってみる。


「じゃあ…行こうか、ねぇ?光?」


「は、はい!!」


光はビクビクしながら答えた。


「あ~あ…光のやつ、とうとう瀬麗那を怒らせちゃったな…」


「ホントだね…」


「はぁ!?心春がバラさなければ瀬麗那を怒らせることもなかったんだぞ!?」


少々逆ギレ気味の光に対して優斗は冷静に答えた。


「いや、光が話さなければ良かったんだよ…」


「お兄ちゃんって頭固いから…」


「くっ!」


「さっ早く行こう!優斗、心春ちゃん?あと、ついでに光も」


「俺、ついでなのかっ!?」


「瀬麗那を怒らせたんだから仕方ない」


「そうだよ?」


「マジか…」


「うん、マジ」


「だから、瀬麗那さんに許してもらえるように頑張ってね~」


「……分かったよ」


「それじゃあ気を取り直して、レッツゴー」


「「おぉ~!」」


「お、おぉ~…」


そして、僕達の長い長い登山が始まる。

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