第2話 宴席
最上座で端然と酒を嘗めている信長も、近来
だが、その信長の眉が跳ね上がった。下座の方から聞こえてきた声の語る内容が、彼の癇性を刺激したのである。
「
問われたのは、光秀である。主君、信長よりも五歳年長であり還暦も見えてきた昨今、その頭は
「はて? 『我らの年来の骨折りの甲斐もあって、めでたくこの日を迎えることができた』と……」
己の言葉のどこが信長の気に障ったのか分からぬながらも、即答する光秀。ここでダラダラと返答を引き延ばすことは、かえって信長の怒りを増すとよく分かっているからである。
「その方が、いつ、武田相手に骨を折った!? 長篠で鉄砲を放った以外は何もしておらぬではないか!!」
光秀は信長が何に怒ったのかを知った。信長が最も嫌うのは、骨惜しみと手柄を誇張するような
逆に、忠臣であろうと骨惜しみしたり手柄を誇張して慢心する者には容赦しなかった。代表例が
(これは、即座に謝ることだ)
光秀の決断は早かった。
「これは失礼いたしました。確かに
「そうであろうが!!」
怒声を上げた信長に恐懼するように頭を伏せる光秀だったが、その怒声によって信長の気が一瞬晴れたのを見切って次の言葉を発する。
「これより西国筋でより一層の骨折りをいたしまするゆえ、なにとぞご容赦を賜りたく……」
それを聞いた信長は、一転して上機嫌に戻り光秀に声をかける。
「左様であろう。そちが骨を折ってきたのは西国筋であろうが。たかが武田ずれを滅ぼした程度で、そちに満足されては困るぞ。そちには山陰、いやその先まで働いて貰わねばならぬからな」
「ははっ、上様の
信長は、古い手柄を誇大に言い立てる者は憎むが、これからの働きを盛大に吹聴する者はむしろ好む。秀吉など、その最たる者だが、光秀とて裸一貫も同然の境遇から信長に気に入られて取り立てられてきた者なのだ。信長の気質はよく分かっており、この程度のことは平然と言い立てる。また、言っただけのことは今まで実現してきてもいる。だからこそ、近畿方面の大小名の取りまとめ役という、信長の親衛隊長的な役割も任せられているのだ。
「聞いたか、皆の者。日向こそ武者の誉れよ!」
そう上機嫌に言う信長に、光秀は内心安堵のため息を漏らす。光秀ほどの者をしても、なお信長という主君は決して仕えやすい人物ではないのだ。それでも、今までは上手くやってきたし、これからもそれを続けることは難しいことではない。そのはずであった、が……
(やれやれ、まだ働かねばならぬのか……)
ふと、そんな思いが意識の端をかすめたことに気付いた光秀は、内心激しく
表面上は信長の賞賛に照れたように笑いながらも、光秀の心は激しく波立っていた。
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