第7話 噂と酒

夜もすっかり更け、いつもぼんやりと明るいダンジョンの中にもひと時の静寂が訪れた。そんな中、ダンジョンのとある一角だけは、活気に満ちていた。


「今日も魔香はオイシィーナー」


賑わう酒場の一角で、スケルトンのボーンは顎の骨を外しながらどんよりとした空気を醸しながら魔香を吸っていた。そんな様子を見ていた酒場の主であるアネグチはボーンの前に置かれていた魔香を取り上げるようにクズ入れへと投げ込んだ。


「んぁあ!?!?何するんですか、アネグチさん!!!」


驚いたボーンの顎の骨が机に転がった。アネグチは足元から木箱を持ち上げ、ボーンの前に置いた。


「いつまでも腑抜けた面ぁ見せるもんじゃないよ!アタシのコレクションから、1つ。選んで飲みな!」


「い、いいんですか?アネグチさんのコレクションじゃないですか、これって」


「いーぃんだって、これであんたの気持ちがスッキリするんだったら、安いもんだよ。・・・それにね、野良連中に聞いた話じゃ、ギルドがダンジョン攻略に本腰を入れたって話さ」


ボーンはアネグチに言われるがまま、翡翠色のボトルを選ぶと机の上に置き、彼女の話に聞き入った。


「そりゃまた、荒れる話だ。10年振り、ですか」


アネグチはうなづくと、後ろにある木製の棚から透明なグラスを二つ持つと、蠱惑的な双眸でボーンのぽっかりと空いた目を見つめた。


「ここいら一帯を仕切るギルドの連中は、これまで近隣の村々や都へと繋がる道の途中にある森なんかの野良退治に明け暮れてたみたいだけど、先日のが効いたみたいね」


「・・・ですか」


ボーンはグラスに注がれる琥珀色の液体を眺めながら、思い出すように言った。


「そう、しばらく人が入らなかったダンジョンは自然と人間たちの記憶から忘れさられる。そんで、何も知らない初心な冒険者がちょっとした好奇心で迷い込む。それを狩って宣伝とする」


「いつ聞いても不思議な話だ。そんな呪いが人間とダンジョンにかけられているなんて」


「【始まりの王たち】とやらが考えることを、私たち一般の魔物が理解しようだなんて無理な話かもね」


「ギルドが擁する精鋭が来るとなれば、下層の連中はさぞ喜ぶでしょう。こんな辺鄙な地で、稼ぎ時というのは限られている」


「アンタも、まーた給料減らされないように、気合入れて生き延びなね。そしたら、また酒を振る舞ってやんよ。あの粘液君と三体でね」


話し終えたと同時に、アネグチとボーンは互いに琥珀色の液体で満たされたグラスを一気に飲み干した。一杯、また一杯と、グラスから消えた酒が身体の中を通っていく感覚に、どこか懐かしさを覚えながらも、ボーンは翡翠色のボトルを見つめていた。その―――



―――からっぽの瞳で。


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衝撃! 驚異のダンジョン社会!! 蒼北 裕 @souhokuyuu

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