第6話 大剣と火球と祈りと

 むかしむかしのお話、まだ魔物が獣と変わらなかった時代のお話。大いなる力と叡智を兼ね備えた一匹の竜がいました。彼は頭を抱え考えこんでいました。それは“人間”という種族についてでした。人間はその類まれなる適応力を持って、広大な大地を徐々に開拓して行き、国を作り、世界を自分たちの所有物のように考え始めていたのです。それを見た動物たちは怯え、精霊たちは震え上がり、竜の元へかけ込んできました。そして、この状況をどうにか出来ないものか、竜に懇願したのです。


「このままでは何れ我々の住む場所は田畑となり街となり人々の礎として死にゆくのではないか」

「他を省みぬ野蛮な人間を世界の王として支配させてなるものか」

「竜よ!」「鉄槌、裁きを!」「このまま滅亡を待つ訳には行かぬ!」


 口々に声を荒げる同胞を前に、竜はあることを思いつきました。竜は赤く輝きを放つ自らの鱗を一つ毟ってみせると群れの中の一匹の獣にそれを与えたのです。するとどうでしょうか。獣はみるみる内にその身体を膨らませ、人のような姿へと変化していったのです。肌は緑色に染まり、岩のようにゴツゴツした身体、銀色に輝く瞳に獣だったころの面影はありません。ただ、変化した獣には人間の憎しみだけが強く渦巻いていました。以後、オークと呼ばれる種族を筆頭に数々の“魔物”たちが竜の手により生み出され、人々はこれを“古龍の審判”と呼び、恐れたのでした。

 これを境として、人間と魔物の根深い闘争の歴史は幕を開けたのです。



 ***



 今日もダンジョンの石畳の上では多くの影がその形を揺らしていた。鉄製の武器が火花を散らすと共に鋭い音が響き渡る。ボーンもまた冒険者を見つけるためにダンジョンの内部を巡回していた。薄暗い石壁の通路を歩いているとき、前方の方から何人かの足音が聞こえてきた。ダンジョンの魔物たちは夜目が効くため松明を持つことは無く、そのため冒険者に接近しなければ居場所がばれることはあまり無い。上層は松明の無い箇所が多く、そのためボーンたちのような魔物が隠れるための場所が豊富であった。

 ボーンは自身の身体をバラバラと崩し、道端に転がる人骨と同化するとじっと襲撃の時を待った。乾いた足音が徐々に大きくなり、松明の灯りがどんどん大きくなっていった。


「巨大な剣を背負った男が1人、魔術師のようなローブの女が1人、それと、ん?」


 ボーンはぼうっと光る瞳でパーティーの一番後ろをついて歩く少女を見た。尖った耳に人間よりも薄い色の肌。ボーンはスケルトンとなってから初めて見るエルフに一種の、感動に近いものを抱いていた。

 エルフ、またの名を「森人」「森の民」と呼ばれる彼女たちは人間よりも長命で魔法への適正が高く、美男美女が多い事で有名である。エルフ固有の“願事ねがいごと”と呼ばれる祈りと共に魔法を行使する特徴があり、魔物たちの間では「」の烙印を密かに押されている元、魔物の種族である。彼女たちは住処とする森や集落から外界に出ることはほとんど無く、一部は街に移り生活しているものがいる程度である。と、ボーンは“できる!有名迷宮の戦略”に掲載されていた記事を思い出していた。

 考えているうちにボーンの頭上を冒険者たちが通ろうとしていた。エルフは魔法を用いた戦闘であれば強力であるが物理的な戦闘では非力とボーンは思い、音を立てないようにスッと立ち上がりエルフの少女の後頭部を強く殴りつけようと、振り被ったその時だった。

 

「伏せろシルヴィッッ!!!」と、大きな男の声と共に銀色の塊がボーンの頭蓋骨を吹き飛ばした。地面にうずくまるように回避したシルヴィだが突然の出来事に身体を震わせていた。「エルフちゃん大丈夫?」と、魔術師風の女はシルヴィに駆け寄る。


「アングレス、お客のお出ましだ。術式の展開をしろ、シルヴィは戦えるか!」


 アングレスと呼ばれた魔術師の女は不気味な輝きを放つ石を数個取り出し、指揮棒のようなステッキを手に握った。一方、うずくまっていたシルヴィも男の声にハッとして立ち上がり懐からいくつかの小瓶を取り出し構えた。


「シルヴィは大丈夫なのです、問題ないのです!」

「術式展開までの守り、後方の確認はよろしくね。エルフちゃん」


 ボーンは吹き飛ばされた頭蓋骨を元の位置にくっつけ、瞳の光が揺らいだかと思うと、道端や地面の中から1体、また1体と他のスケルトンたちが出現した。威嚇するようにカタカタと顎を鳴らし、男を睨みつける。


「戦闘開始だ!!」


 男はスケルトンの群れに突っ込むとそのまま身の丈ほどの大剣を振りかざすと3体のスケルトンを地面へと斬り伏せた。「ドンッ!」という音と共に衝撃が周囲に伝わる。アングレスが持つ石から放たれた火球が群れに穴を開けていく。

 巨大な剣圧と火球の雨によりボーンを含めたスケルトンの群れは次々と小さくなっていく。シルヴィはそんな二人の猛攻を確認しながらさらなる援軍がやってこないように背を向け、後ろの確認に専念していた。そんな時だ。


「キャアッ!!」


 地面から出現したスケルトンに足を取られ尻もちをついたアングレスに追い打ちをかけるように次々とスケルトンが周りの地面から現れた。シルヴィは小瓶の一つの蓋を開けると祈りと共に地面へと中の液体を撒いた。


「大地よ、その産声を上げ!胎動せよ!地盤震動アースクエイク!!」


 その瞬間、地面から出ようとしていたスケルトンが動きを止めたかと思うと、粉々に砕け散り、突然の揺れに地面から上がったスケルトンたちも困惑していた。その隙を狙ったかのように地面から鋭い岩の刃が幾つも飛び出し、地面のスケルトン同様に串刺しにされたスケルトンたちは全て、粉となり消えていった。

 その後も、大剣と火球、さらにはエルフの祈りによる攻撃、圧倒的な殲滅力を前にボーンは―――

 

「また、数日分の給料が削られるのか」と、考えていた。死の恐怖など無いスケルトンは給料のことだけが悩みであった。

 その日の彼が最期に見たのは視界に目一杯映る“鉄塊”だった。


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