第4話 冒険者
朝日が昇ると共に一日の始まりを告げる鳥のさえずりが木々の隙間を走るように響く。徐々に人混みが大きくなる市場、路地裏では楽しそうに走り回る子供たち、忙しく働き回る職人たち、今日も人の住むその街は平和であった。
無論、ダンジョンにも朝は訪れる。一日中闇に包まれているわけではない。早朝独特のヒンヤリとした白い空気の中、ダンジョンの出入り口である階段をイソイソと上る影、ずいぶんと小さな人の姿をした異形がそこにはいた。尖った鼻と伸びた耳、変わった刺繍の入った長帽子を被り、朝の光に青く濁った瞳を細めていた。
「運べ、ハコベ。哀れな人間、憐れな人間。腕の骨は折っちまった。足の骨は砕いちまった。バラバラ人間、バラバラ人間。死んでしまったもう動かないウゴかない」
最初に姿を見せた一匹の後ろから、一匹、また一匹と上がってくると共に足から、腹、胸、腕というように女が運ばれてきた。ぶつぶつと唱えるように小人たちは女を担ぎ、ダンジョンの前に建てられた看板に女を貼り付けようと動き始める。
「かわいそう、カワイソウだよ死んじゃったんだ。もうゴハン食べレない」
「もう遊べなイ」
「もう眠レない」
小人たちはどこか悲しそうな声を上げながらも器用に看板に女の身体を括りつけていく。そんな様子を後ろから見ていた1人の少女がいた。紅い瞳に掛かった眼鏡、黒い肌は日に焼けたようなものではなく彼女の種族特有の色であり、黒い髪がより一層彼女の怪しさを醸し出していた。地の底から出てきたような彼女のその紅い瞳もまた、小人同様にどこか淀んでいた。
「愛らしいゴブリンの子たち、何も悲しむことはないよ。これは仕方のない事、私たちが生まれる前から決まっていたこと。当たり前の事。人も私たちも、ある日いきなり死んでしまうの」
「じゃあゴーレムの姉ちゃんは寂しくないの?」
「悲しくないの?」
「辛くないの?」
ゴブリンの子供たちは少女を見る。太陽が雲に隠れ辺りが少し暗くなり、少女はそんな空を見上げ呟いた。
「そうね、私の子たちに死は無いから、忘れてしまう時はある。でも、やっぱりダンジョンの誰かが死ぬのは悲しいかな」
「僕たち、守るマモル!!」
「人間倒す!」
「冒険者殺す!」
力強くうなづく子供たちを見て少女は微笑んだ。やがて、雲は通り過ぎ陽の光が再び差し始め少女と子供たちは自分たちの“家”へと帰っていった。貼り付けられた女の遺体に暖かな陽が当たり、不気味な十字の影が道端へと落ちた。
***
重苦しい空気が満ちる部屋に街の喧騒が扉の隙間から入る。部屋の中には大きなテーブルを囲む数人の男女がいた。どの人物も皆、並の人間ではないのだろう。豪華な装飾の鎧に身を包む者、蒼銀の大剣を担ぐ者、魔力の込められた糸で織られたローブを纏う者、竜革で出来たマントをたなびかせる者、質素な作りの鎧を身に着けた者、彼らはこの街を拠点にするギルド、その団長たちである。
「それで、今朝の冒険者の件だが」1人の男が口を開いた。
「これですでに8人の同胞が魔物たちの手により葬られた。我らギルドも協力して本格的な攻略を始めるべきではないか?」
男は使い込まれた金色の鎧を鳴らすと両腕を組み、同席者の顔色をうかがった。1人の女性が金色の鎧の男に対し、鋭い視線と共に言い切った。
「お言葉ですがグランツ殿。我らブルーパイソンはその申し出をお断りいたします。栄誉あるゴールデンハウンドとの共闘ならまだしも、数だけの弱小ギルドと組むなど私たちの名に傷がつきます」
その傲慢とも言える罵倒に怒りを覚えたのか豪華な装飾の鎧に身を包む男は立ち上がった。
「フリーデ殿、その弱小ギルドに我らグレーフォックスも入っていると言いたいのか!!冒険者にとって必要なものは力と素質、そして金だ!!その点、ハイヴェンデルグ家の当主であるこのドメニク・ハイヴェンデルグは力と素質に恵まれ、その上財力までも有している。この奇跡的とも言える私のギルドが弱小であるはずがなかろうて!!」
「貴族の御当主には口を挟まないで頂きたい!!そもそもあなたには冒険者の資格など無いに等しいのです。全てをお金で解決しようなどと、あなたは冒険者ではなくデスクに向かって金勘定をしていた方がお似合いと言うもの」
「ええい!!その無礼な口を慎め!!たかが冒険者風情が!!」
「あなたも冒険者でしょうに!!」
フリーデも頭にきたのか「バンッ!」とイスを蹴りつけるなり部屋の外へと出て行ってしまった。その様子を見ていたグランツは頭を抱え込んでいた。ドメニクも居心地が悪かったのかしばらくして部屋を出て行ってしまった。残された各ギルドの団長たちにグランツは重々しい声で言った。
「今夜、もう一度ここで会議を開く。我が考えに賛同するものは参じてくれると助かる。皆、ご苦労であった」
次々と団長たちが部屋から出て行く中、グランツと竜革のマントをたなびかせた青年だけが部屋に残っていた。
「グランツのじいさんよぉ、フリーデがブルーパイソンの団長になってからしばらく経つがありゃもうどうにもならんのかねぇ・・・」
「あれは不治の病に罹ったようなものだ。あの傷を治すには死者を呼び起こすしか方法はあるまいて。・・・いや、最早手遅れかもしれんな」
「そこまでわかっているならなぜ止めない!今じゃあんなんだが、昔は!昔はッ!」竜革マントの青年は壁を叩き、悔しさのあまり壁にもたれかかった。
「わかっている、わかっているのだ。それでも、な。あの子は冒険者でしかいられないのだ。冒険者を辞めてしまえば、それは彼女が彼女であることを辞めてしまうことになる」
顔を上げたグランツ。子を想う父のような表情でどこか遠くを見ていた。そして、壁にもたれかかる青年へ身体を向けると、俯きながら言った。
「ジードよ。彼女を、フリーデを守ってやってくれんか。今となっては彼女のことを知るのはワシとお前さんだけなのだ。これ以上、彼女を1人にしては」
「分かっている。そのために戻ってきたんだ、この街に」
ジードが部屋から出るとグランツは立ち上がり、近くにあった肖像画を愛おしそうに眺めていた。
「お前が死んだあの日から、あの子は変わってしまった。まるで何かにとり憑かれたようだ。どうか、お前さんも守ってやってくれ」
人が居なくなった部屋で、肖像画に描かれていた青色の鎧に身を包んだ男性は微笑んでいた。
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