第3話 宣伝のため

 ダンジョンには昼夜が無い。何せ、光など入らないからだ。ただし、それ上層や中層の話である。下層では人工的に作り出された光源を使い昼夜を作った。それは配属されている異形に関係しているらしい。生憎、私は自分の住んでいる上層、その住人と数少ない友人や後輩くらいしか他の種族を知らない。いずれにせよ、中層や下層など私には関係の無い話である。

 上層に配属されている魔物のほとんどは人工的に作り出された者たちばかりである。それに関してはこれといった意味があるわけではない。ただ、ダンジョンの主の趣味である。私のようなスケルトンや、スライム、アンデッドが主であり、酒場の主人であるアネグチさんはリリスでありながら上層にいる希少な例である。どうやら、過去にトラブルを起こし今の場所に転属になったらしいが詳しいことは教えてくれなかった。

 7つある月の始めには、階層管理者であるミトラさんからその前の月の業績に応じた報酬が出る。この報酬はどこで監視されているのか、ダンジョン内での行動から算出され、冒険者の殺害にはボーナスがつく。さらに一定数の冒険者を狩ることで“昇格”することができ、魔力と共に新たな力を得、下の階層へと配属されることになっている。



 今日も今日とて迷宮内の各所では戦闘が起きていた。それなりの広さがあるため、冒険者たちが鉢合わせることはほとんど無い。それに、下層へ落ちる、針穴、鉄球などといったトラップが多いため大人数での侵攻を妨げるような仕組みになっている。


「やぁ!!はッ!!はぁ――――!!」


 1人の少女が迫りくる骨の塊へ剣撃を浴びせる。スケルトン1体1体は脆いため、いとも簡単に崩れ落ちていくが、それでもかなりの数に迫られると多少のダメージを負ってしまう。


「少し下がれルミカ!!俺が引きつけておくから、ベルダは回復を頼む!!」

「わ、わかった!こっちだよ、ルミカちゃん」


 3人の男女は壁を背にし、なんとかスケルトンたちの攻撃に耐えていた。ルミカと呼ばれた少女の身体にはところどころ擦り傷があり、顔には疲れの色が見えた。もう一方の少女ベルダは、ルミカの身体に手をかざし言葉のようなものを口にした。ベルダの手から光が広がり、やがてルミカの身体を包むとそれまでついていた擦り傷は消え、顔色も良くなっていった。


「サンキュー、ベルダ」

「ううん、私にできることって、これくらいだから」そう言い、少し照れていたベルダに攻撃を引き受けていた男は言った。


「どうだ、魔力の方は!一旦、街へ引き返すか!?」

「今日はこれで、撤退!!」


 ベルダは背中の鞄から丸い物体を取り出すと、スケルトンの群れに向かって放り投げた。すると、衝撃と共に爆発が起き、モクモクと煙が上がる中それまでいた大量のスケルトンは一掃されていた。それを確認した3人は走り出し、出口へと向かう。


「良かったー、これで今日も無事に帰れるね」

「良かったーじゃないわよ、全く。あんなところに宝箱ってどう見ても罠じゃない」

「まぁまぁ、いいじゃないか2人とも。後は階段まで行くだけなんだからさ」


 3人は薄暗い道を走り抜け、目の前の角を曲がろうとしたその時だった。


「止まれ!静かに・・・なんで、あんなのが上層に・・・」男は角の先を覗き込むように見た。

 角の先にいたもの、それは。


「ゴゥン、ゴゥン」と音を立てて。頑丈そうな装甲を身に纏い。足を下ろすたびに地面が揺れている。


ゴーレムだ。


 近づくものを壁ごと潰しかねない剛腕、不気味な青い瞳が揺らめき、関節の各所からは蒸気が噴き出している。


「ちょっと、アレン。あんなの相手にしてらんないわよ!」

「ベルダ、地図を見せてくれ」

「は、はい!」

「どうすんのよ」


 ルミカは少し焦っているが、アレンはベルダから受け取った地図を広げ何かを考えている。そして、何か閃いたのかハッとした表情を見せると、「これで行こう」と言った。


「今いる場所はここ。遠回りだけどここを迂回して、ここを進めば」

「「なんとかたどり着ける!」」


「・・・とりあえず、ベルダは手投げ弾を。俺、ルミカ、ベルダの順で確実に行こう」


 ベルダとルミカは頷き、3人はもう1つの道を歩き始めた。



 ***



「あーあー、もしもし。もしもし、こちらミトラー、聞こえてるー?えーっと、これ。どこだ?あーわかったわかった。えーと、B地区12番に配置したゴーレムが冒険者を探知。現場近くの人は至急向かわれたし。えー、繰り返す。B地区12番に配置したゴーレムが冒険者を探知。現場近くの人は至急向かわれたし」


 先日配布された魔導球から声が聞こえてきた。階層管理者であるミトラさんが新型ゴーレムの運用試験も兼ねて、この魔導球の先行試験をこの上層でやることとなったためである。話によると、これを双方で通信ができるようにすると一気に冒険者狩りが捗るとのことである。


「B地区12番って隣の区画じゃないっすか?」隣にいたスライム君が言う。

「そうだね、とりあえず行ってみますか」


 3体のスケルトンと5匹のスライムを引き連れ、現場へと向かう。ダンジョンの中でも珍しい、直線廊下に出た私たちだったがスケルトンの1人が何かに気付いた。


「うん?あれじゃね」「どこどこ?」「いや、あの奥っすよ」みんなが直線の奥へ目を向ける。

 あ、ほんとだ。人数は3人。盾持ち1人、剣士1人、なんか丸いもの持ってる子が1人。


「向こうはまだこっちに気付いてないみたいだし。通り過ぎる直前でバッと行こう。バッと」


 身振り手振りを交えながら他のスケルトンたちに伝える。スライム君たちには事前に廊下に散らばるようにお願いした。これで冒険者狩りの準備は万端。途中で曲がったりしなければ成功に終わるのだ。そう考えていたその時だった。丸い物体がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。横道に入りこれを躱そうとした、はずだった。目の前が一瞬真っ白になり、焦げてしまいそうなほどの熱と避けようのない衝撃に襲われた。

 

「ボーン先輩!?」


 スライム君の声が確かに聞こえた。聞こえた気がしただけなのかもしれない。少なくとも、私の意識は他のスケルトン同様、崩れゆく自分の身体を見ながら。視界は暗転した。


 夢を見た。それはいつかの、誰かのものなのかわからない。私は毎日誰かを恋焦がれる乙女のように屋敷の窓から外を眺めていた。眼下には段々に建て並んだレンガ屋根がどこまでも続いている。ところが、次に気がついたのは戦場の真ん中のようだった。鼓膜に響く大砲の音が、大地を踏み鳴らす人間の行進、血と泥が混じる中で死を確かに感じていた私がいた。そして次には、私は私に殺されていた。

 そうした思いも痛みも、臭いや聞いた音も、何もかもがごちゃ混ぜになったようにグルグルと回る。ただ、不思議と気持ち悪さは感じなかった。これが自分の過去であったのかなんなのか、確信を持てぬまま私の意識は徐々に覚醒していった。


「いやぁぁぁ!!足ッ、足が!!助けて!!助けてよ!!ルミカ、アイン!!」


 バラバラになった身体を引き寄せようと頑張っていた中、すぐ近くで女の声が響いた。見ると、先程の冒険者の1人が右足をスライムにとられていた。何を言っているのか相変わらずわからないが、すっかり血の気の引いた顔からは彼女が死に瀕していることがわかった。恐怖に怯えた顔からは涙が溢れており、動かない足に苛立ちを覚えているのだろうか体勢を崩し地面へと倒れた。

 そういえば、他の冒険者はどこへ行ったのだろうか。180度曲がった頭を捻って付け直すとスライム君がひょいと倒れている女の影から出てきた。


「あぁ、良かった~。無事だったんですね、ボーンさん」

「無事ではないけど、動けるには動ける。もう今日は休みたいよ。そういえば、他の冒険者はどこにいったんだい?姿が見えないけど」

「それなら、さっきボーンさんたちが爆発した後、2人は走り去っていったのですが、その女の子だけ僕たちを踏んづけたみたいなので御覧のとおり」

「スライム君たち、さっきの丸いのでダメージとか受けなかったの?」

「ダメージはそれほど。でも、しばらく動くことは出来ませんでしたよ。すごいびっくりしちゃいましたし」


 スライム君と話していると、それまでうるさかった冒険者の女の声が聞こえなくなった。何かあったのかと彼女の方を向くと、両手を塞いで目を大きく見開いていた。身体がガクガクと震えてもいた。


「う・・・うそ、だよね。スケルトンも、生きてた・・・なんて・・・!」


 このまま床に寝ていてもらう訳にもいかないし、とりあえず片付けないとなぁ。そう思い、おとなしくなるまで殴り続けることにした。私はスライム君たちに女の四肢を固定するように指示をし、じわじわと自らの身体に迫るスライムたちを恐怖のあまり凝視する女の表情をじっと見ていた。

 どうしてだろうか、人や魔物が死ぬのは当たり前で、自分のようなスケルトンは死ぬことが無くても意識がしばらく無くなる、死に似たことはある。それでもどこか人の死だけには何か感じるところがあった。それはきっと自分も過去、人間だったせいだと思う。けれど、他のスケルトンたちに聞くとそんなことは感じたことは無いという。この違いの訳を未だに私は知らない。きっとそれがわかった時、私は過去の私を取り戻す事になるのだろうか、そして、過去の私は今の私をどう思うのか、答えの出ない問題が私の頭の隅に巣くっていた。


「スケルトン先輩、準備できましたよ~」

「お、そう?じゃあさっさと黙らせて運ぶとしますか」


 私は近くにあった他のスケルトンの残骸を拾うと女の腹部めがけて振り下ろした。それは残酷であったろうか。これは仕方のないことで、至極当たり前のことだ。胃の中のものを吐き出し、それが地面や身体へ飛散していく。腕が折れるまで叩いて、皮と肉の感触しか残らないように砕いて、震える身体を丁寧に殴打する。最早、獣のような悲鳴を上げる女は皮膚の所々が紫色に変色しており、これ以上叫ばれてもたまったものでは無いので呼吸器を念入りに潰し、尿の匂いが立ち込めても一生懸命に殴り続けた。


「ふぅ・・・こんなもんか」一仕事を終えたのだ。久しぶりの達成感に包まれ、気分は高揚していた。スライム君は女の骸を見てたずねてきた。


「ここまで潰す必要って何かあるんですか?」と。

「そうだね、憎しみってあるじゃない。冒険者を残酷に殺して、それを仲間や他の人間に見せつけることで憎しみを作るんだよ。そうすると彼らは敵討ちといってダンジョンを躍起になって攻略しようとする。モンスターを倒したりね。ダンジョンは私たちの生活の場だし、できれば人の侵攻は無いに越したことはない、けどそれだけじゃやっていけない。冒険者あってのダンジョン。冒険者の持ち物なんかが主な財源だったりするわけよ。それに最近はここに来る冒険者の数も少し少なくなってるから宣伝するに越したことは無い。さらに、特別ボーナスが付く」

「えぇ!?そんな話聞いてないですよ!!ずるくないですか先輩」

「いやースライム君ってほら。あんまり月刊ダンジョン経営とか読まないじゃん。先月号に書いてあったよ、マグ・ボーナ先生の“できる!有名迷宮の戦略”で大きく取り上げてたよ。うちの主もその記事読んで、先月から導入したんだよ特別広告ボーナス」

「もしかして、ボーン先輩毎月買ってるんですか。あれ結構な値段しますよね・・・」


「うん、毎月200ゼルの出費」

「そりゃ、魔香しか吸えないわけっすよ・・・」

 

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