〜玉を拾ひし触人の事〜

 昔、箆鹿侯の家士に亀獅子といふ忍びありける。隠密を得意としつつも、つねにその小胆なることを憂ひける。ある日、庭の松の樹の下にて美しき玉を拾いたり。その質、美にして触人(ふれんず)の手にあらずと思はれければ、筥の内に秘め置かれける。

 ある夜の夢に、四神来たりて曰く、「われ一つの玉を失ひたるを御身拾ひ給へり。われに返し賜はらば、その礼には御身に力を添へ申さむ」といふに、亀獅子答えて、「われはその玉を拾ひて持てり。君、失ひ給はば返し申すべし」と諾ひたり、と見て夢さめたり。

 夜明けて、かの玉を納れたる筥を開き見るに、玉は無し。さてかの四神玉を持ちゆかれしかと思ひしが、不思議と何となく身に力の付きたるごとく思はれ、その日の合戦にては常になく獅子奮迅の働きをなしたる。箆鹿侯、大ひに感じさせ給ひ、その触人に饅頭を加増して給はりける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る