〜画工を笑わせし麒麟の事〜

 昔、郷州のさる所に住みける大陸狼といひ、字を子紙、号を渡来といひし名画工の触人(ふれんず)あり。その名四方に聞えたり。狼も、今、郷州においてはわれに勝れる妙手はあらじと思ひしが、一人寂しき心地にて暮したる。ある日、狼が宅へ一人の容貌美しき黄衣の触人来たりて宿を乞ひけるを、宿を免せしが、狼は平常のごとく画を書きゐるに、かの触人は懐より黒き表の草紙を取り出して、「汝の画はわれの草紙に良く似たり。われは渡来堂先生の手になる目明しぎろぎろ譚を好む。汝もまた同好の士ぞ。仲良くすべし」といふにぞ狼驚きつつも歓び、大いに笑ひて、「おもしろき触人なり。汝が面はわれの画にまねぶべし」とて、永らく住み合ひて互いに親しく暮したる。

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