ごきんじょ

鹿奈 しかな

第1話

 あの大型セルリアン騒ぎから少しあとのこと。かばんはサーバルと一緒に港近くに『なわばり』を持つことにした。

 そうすると自然、近くに住んでいたフレンズたちとも出会うことになる。その日に見つけたのも、そんなフレンズの一人だった。

 

 かばんとサーバルは、港近くの森を抜けようとしていた。ジャパリ図書館に向かうためだ。

「ごめんね、サーバルちゃん。つき合わせちゃって。本を借りてきたのはぼくなのに」

「へーきへーき! 今日はおさんぽ日和だもん。一人で寝てるのはつまんないよ」

「……サーバルちゃん、夜行性じゃなかったっけ……」

 かばんは思わず苦笑する。しかし改めて考えてみると、サーバルはいつも自分に付き合って昼間から活動しているのだった。まあ、ロッジみたいに一人でこっそり夜中に抜け出していたこともあったのかもしれないけど。

「……ありがとうね。サーバルちゃん」

「え? うん、どういたしましてー!」

 まばゆい笑顔とともにお礼が帰ってくる。かばんも自然と顔をほころばせた。

 と。

「あれ?」

 不意にサーバルが足を止める。横を向いた彼女は、まじまじと森の奥を覗いているようだ。

「どうかした?」

「うん。ほら、あそこ」

 左右交互に体を傾けていたサーバルが指差す。その先を視線で追ったかばんは、思わず小さな声を上げた。

 そこにあったのはフレンズの姿。細長い耳に、ゆるやかに後ろへ流れるツノのような癖っ毛。こちらを見ることなく、どこか遠くを眺めている。

 しかしなによりも目を引くのはその毛色。

 見たことのないほど綺麗な青色だった。

「あんまり見ないフレンズだなーって思って」

「……もしかして、この前の噴火で生まれたフレンズさんかも」

 つぶやきながらも、かばんは数日前のことを思い出す。あの日は大きな噴火があって、思わずサーバルに飛びついてしまったっけ。よく見れば、森の木々にもまだサンドスターのかがやきがひっかかっている。

「それなら、あいさつして仲良くなりに行こう!」

 言うやいなや、サーバルは小走りでそのフレンズの元へ向かっていく。少し遅れて、かばんも慌ててその後を追った。



「こんにちはー!」

 サーバルの声でようやく気づいたのか、青いフレンズがこちらへ振り向く。数度まばたきをした彼女は、興味深げに二人を見つめてきた。

「わたし、サーバルキャットのサーバル! で、こっちがかばんちゃん!」

「は、はじめまして」

「はじめまして。私は」

 かばんにお辞儀を返した青いフレンズが、途中で止まる。やや考え込むように空を見上げた彼女は、視線を戻して肩をすくめた。

「……なんだったかな。考えたことなかった」

「ええーっ!?」

 思わぬ反応にサーバルが驚きの声を上げる。かばんも思わず目を丸くしてしまった。

 これは、つまり。

「きっと、ボクみたいに記憶を持たずに生まれたフレンズさんなんだね」

「そっかー……えっと、アオちゃんって呼んでいい?」

 サーバルの提案に、青いフレンズは小さく頷く。

「アオ。うん。それ、私の名前にするね」

「そうしたほうがいいよ。……ああ、いや。としょかんに行ったほうがいいかな? うん、わたしたちもちょうど行くところだったんだ! 一緒に行こう?」

 とんとんと話を進めていくサーバル。が、かばんはアオが困ったように眉根を寄せているのに気づく。

「あの。どうかしたんですか?」

「いや、その。私、ここから離れたくないかなーって」

「どうして?」

 サーバルの質問に、アオはもともと見上げていた方向へと向き直る。

 その視線の先にあったのは、サンドスターの結晶をいただく山があった。

「ここからだと、あれがよく見えるの。私、あんなもの見たことなくて。……ここ、私にとっての絶景スポットだし、離れると誰かにとられちゃうかも」

「だ、だいじょうぶだよー! それより、自分がなにかわからないと困らない!?」

「? 私はアオだよ。あなたが決めてくれた」

「そうじゃなくてー!」

 サーバルが頭を抱える。

 かばんも困惑するよりない。自分が同じ境遇にあったときは、もっと心細くて、助けてくれたサーバルちゃんがありがたかったものなのだけれど。

 どうやらアオは、自分のなわばりにこだわりがあるらしい。

 どうしたものか。

「……そうだ!」

 思い立ったかばんは、背負っていたリュックを前に抱え、中を探り出す。

 興味深げに見つめるアオの前に取り出して見せたのは一冊の本。料理をリクエストしてくる図書館の博士たちのために借りた料理の本だった。

「それ、なあに?」

「え、と。たぶん、アオさんが見たことないものだと思って」

 言いながら、かばんは適当なページを開いて見せた。そこに広がったのは、いつぞや作ったカレーの完成図である。

 案の定、アオは目を大きく見開いた。

「うわあ……なあに、これ? なにをするためのもの? 中に景色が入ってるの? こんなの、初めて見た!」

「これは、本。図書館にはこういうのがたくさんあります」

 少し微笑んでから、かばんは続ける。

「ここからの景色も素敵だけど、図書館にも素敵なものがたくさんあるんです。だから、一緒に行きませんか?」

 アオはやや迷ったようだった。山を見て、かばんを見て、そして本を見て。

 そして、結局その首を縦に振ったのだった。


「……そんなわけでなんとか連れてきたんだよ! やっぱりかばんちゃんはすごいよね!」

「サーバルがいばることではないのです」

 大きく胸を張ったサーバルをばっさりと切り捨てた博士は、かばんへと視線を戻す。

「それで、あのフレンズですが」

「は、はい。……わかりますか?」

「当然です。われわれは賢いので。あれはブルーバックなのです」

 と、博士は図書館の中を見やる。正確には、助手に付き添われて図書館の本を見ているアオを。

「ウシ科で、非常になわばりが狭いの。ですが、一番の特徴はあの青みがかった毛皮です。ああいった毛皮を持つ動物はブルーバックだけなのです」

「そうなんですね」

 かばんは改めてアオを見つめる。彼女は本に夢中になっているようだった。

「ともかく、あとで本人にもきちんと伝えておくのです。あの様子だと話しても無理そうなので」

「あはは……わかりました」

 無表情を貫く博士に、かばんは苦笑いする。

 すると。

「私。ここに住みたい」

「ダメです。ここは博士と私のなわばりなので」

 アオと助手のそんな会話が聞こえてきた。

 首を巡らせていた博士が、ゆっくりとかばんに向き直る。

「……あと、しっかり元の場所に連れ戻すのですよ」

「……わかりました」

 博士の言葉に。かばんは神妙な顔で頷くことしかできないのだった。

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