激闘の終わり

 ついにお色直しが完了したマリアベル。

 その光は室内の壁を破壊し、天を貫く令嬢パワーであった。


「超えましたのね……花嫁令嬢の壁を……」


「あなたのおかげですわローズマリー。あなたがいたから強くなれた。いつまでも遅れを取るようでは、ライバルとして、お友達として、失格ですもの」


「今更……今更覚醒してなんだというの! ワタシはすべてを超えた!」


 リッチの巨大な手から繰り出される令嬢チョップを、片腕で受け止め弾き返す。


「なんですって!?」


「人の身を捨てたものには……この力は手に入らない。令嬢として、誰もが持っている魂にこそ、強さの秘密があるのですわ!」


「ぬかせ! ゴールデンフィンガーショット!!」


 放たれる金色のパワーを圧縮した弾丸。

 それを平然と弾き飛ばしていくマリアベル。


「信じられないわ……ワタシの攻撃が届かないなんて!」


 そのまま肉薄し、ローズマリーを救出してリッチを蹴り上げる。


「ぬうぅ!?」


「助かりましたわ」


「礼には及びませんわ。むしろここまで傷つけてしまって……」


「ファイトで傷つくは令嬢の証。覚悟の上ですわ。さっさと倒しますわよ」


「でもローズマリー、まだあなたのお色直しは……」


「あなたにできて……わたくしにできないことなどない。そう言ったはずですわ!!」


 ライバルの闘志に触発されてか、ローズマリーのお色直しも完了する。

 令嬢魂に限界なし。魂が震える限り奇跡を起こす。


「いきますわよ!」


「ええ、よくってよ!」


「認めない! 最強の令嬢はワタシだ!」


 リッチの両手がそれぞれ二人を狙い迫る。


「手は握り潰すためではなく、繋ぐためにありますのよ!」


 片手で止められるほど二人はやわではない。

 そのまま力任せにリッチを壁まで押し込み、勢い良く衝突させた。


「げはあぁ!?」


「ダブル令嬢キック!!」


 さらに追撃の手を緩めない。再生される可能性があった。

 壁に埋め込むつもりで必死に攻撃を続けていく。

 轟音が響き渡り、城が揺れる。


「どれだけ頑丈ですの!」


「こちらの攻撃が効いているのかいないのか……」


「ぐっ、まだよ! まだこの程度なら修復できる!」


 リッチの合図で部屋が輝き出す。

 立体映像の照射先を見逃さなかったローズマリーは、素早くバラを突き刺す。


「なにい!?」


「このようなものは無粋ですわ。壊れておしまいなさい!」


 バラが大爆発を起こし、照射されかけていた立体映像が止まる。

 完全に再生能力を封じた。


「調子に乗って手の内を晒しすぎましたわね!」


「おのれ! おのれええぇぇ!」


 崩れた壁から光がさす。外で戦っている令嬢達を見たリッチに、土壇場で奇策が浮かんだ。

 リッチに迷っている暇はなかった。すぐさま壁を破壊し、作戦を実行に移す。


「オオーッホッホッホ! やはり令嬢は滅ぶべし。人造令嬢よ集え! その力をワタシに!」


「なんですって!?」


 機能を停止した人造令嬢達から、コアとチップが飛び出した。


「ローズフィールドブレイク!」


 バラのツルがコアを絡め取り、稲妻によって破壊する。

 しかし全てを破壊するには至らず、リッチに吸収されていく。


「勝った! 勝ったああぁぁ!! これでもう令嬢に為す術などない! 消えろ!」


 更に巨大化し、十メートルを超えるリッチ。

 令嬢達はその大きさと禍々しさに恐れを抱く。


「力の吸収が、あなただけの特権だと思わないことですわ!」


 戦っていた令嬢達が、一斉にマリアベルへと令嬢パワーを送る。


「マリアベル様! どうか正義の名のもとに、リッチに鉄槌を!」


「私達の力……受け取ってくださいまし!」


「一人一人では勝てなくても、みんなの力を合わせれば……正義令嬢は負けはしない!!」


 そのパワーは、本来敵であるはずのローズマリーにも注がれていた。


「正義令嬢というのは……本当にお人好しですわね。まあ、お礼くらいは言っておきますわ!」


 リッチを超える令嬢パワーを手にした二人。

 その力は、巨大化したリッチすらも天高く投げ飛ばす。


「バカな!? 雑魚令嬢のパワーをいくら吸収したとて、ワタシに追いつくはずがない!!」


「リッチ……あなたはどこまでも一人。ですが……私達には、一緒にレッスンを通じて繋げた絆がある!」


「強敵との死闘が! 命をかけて挑んだ戦いの歴史がある!」


 二人の極限パワーが混ざり合い、リッチの全身を包む。

 その光は脱出不可能な究極奥義を作り出す。


「認めない……令嬢など……こんな結末認めるかああぁぁ!!」


 正義と悪、相反する力が合わさる時、人造令嬢の栄える未来などありはしない。


「愛と友情のツープラトン!」


「ファイナルごきげんようバスタアアアァァァ!!」


「ウオオオオアアアアアァァァァァ!!」


 リッチの城へと落下し、その衝撃はリッチの研究全てを城ごと跡形もなく消し、天へと昇った。

 光の柱が消えた時、そこに立つのは二人の令嬢。

 正義令嬢マリアベルと悪役令嬢ローズマリー。


「終わり……ましたわ」


 長く苦しい令嬢ファイトが、終わりを告げたのであった。


「後始末も……傷ついた令嬢の救助も残っておりますが……ねえローズマリー」


「なんですのマリアベル」


「実は私……もう一歩も動けませんの」


「そう……わたくしもですわ」


 そして力なく倒れる二人の令嬢。

 花嫁令嬢化も解け、ただ泥のように眠る。

 そのやすらかな寝顔は、救助に来た令嬢の心を魅了するものであった。




 そして二日後。完全に回復したローズマリーは、リッチ討伐の祝勝会場のテラスにて、一人黄昏れていた。


「主役がこんな所にいてはいけませんわよ」


「マリアベル……」


「どうしたの? 居心地が悪くって?」


 祝勝会は正義か悪か問わずに行われている。

 しかし、それでもローズマリーは浮かない顔のままだ。


「考えていたのですわ。自分の無力さについて」


「無力さ?」


「お色直しを身に着けて、ようやく追い越したはずでしたのに……あっというまに追いつかれてしまいましたわ」


「それは……」


「リッチにも一人では勝てていたかどうか……とても楽しむ気分にはなりませんわ」


 人造令嬢という、いってしまえば人工物に負けそうになった。

 令嬢としての魂が極限まで燃えた瞬間。その一瞬でなければ上回れなかった。

 そんな存在がいるということが、少なからず心にダメージを蓄積させる。


「だからこそ、レッスンに励み、令嬢として気高くある必要があるのですわ」


「そうすれば誰にも負けない……それは理想論なのかもしれませんわよ?」


「追い続けるにはちょうどいい難易度ですわ。理想も叶えられずに朽ちていく気はございませんもの」


「そう……その強さに負けたのかもしれませんわね」


 今回は正義令嬢の力を集めて勝利した。手を繋ぎ、ともに切磋琢磨する。

 それが、そのまっすぐな魂にこそ強さがあるのではないか。

 ローズマリーはそう思った。


「私はまだまだ未熟。セレブとブルジョワにすら苦戦しましたわ。ありがとうローズマリー。助けに来てくれたのは二度目ですわね」


「ふん、あなたが不甲斐ないからですわ。わたくし以外に負けるなと、何度言ってもピンチになる。それではライバルなんて名乗れませんわよ」


「ええ、あなたのライバルとして、正義令嬢として、恥じることのない令嬢になりますわ。そうしたら……」


「そうしたら?」


「もう一度、私と戦って欲しい。お色直しはまだ完全じゃない。自分の意志でコントロールできないから、まだあなたと戦えるステージには上がれない」


「あまり待たせるようでしたら、違うライバルを探しますわよ」


「ふふっ、そうね。急がなくっちゃ」


 二人は笑っていた。気高さや気品のある笑いではない。

 友達と談笑するかのような、気を許した相手への笑顔。


「いいでしょう。待っててあげますわ。ですが、お色直しの更にその先を見つけても、手加減いたしませんわよ」


「ええ、望むところですわ」


穏やかな笑みをたたえ、月明かりに照らされた二人は、勝利と友情の喜びを噛み締めていた。


「第二第三の敵が現れようとも」


「令嬢は無敵。優雅に可憐に美しくですわね」


 一夜限りの宴。明日からはまた、宿命のライバルと戦うため、己を磨く。

 今だけはそんな現実を忘れ。二人はパーティを楽しんだのであった。

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