令嬢ギリギリ超激戦

 エレガントリッチを止めるべく、場内へと入ったマリアベルとローズマリー。


「なんですの……ここ」


 長い廊下を抜けた先は、城とはかけ離れた空間であった。

 黒い壁以外何もないドームのような場所。

 光源が見つからないのに明るい室内。

 全てが異常であった。


『ようこそ。ワタシがエレガントリッチ。令嬢の歴史を終わらせるもの』


 ドームに響く声が部屋の中央から発せられる。

 そこには完全体リッチそのものの姿をした女性が立っていた。


「ごきげんよう。お仲間の令嬢に、最後の別れは済ませてきたかしら?」


「ごきげんようリッチ。この世にお別れを告げるのはそちらですわ」


「こんな殺風景な部屋で令嬢ファイトとは……随分と質素な墓標になりそうですわね」


「これは失礼。ここは少々特殊でね。立体映像に質量をもたせることができる」


 リッチの合図できらびやかな宮殿へと変化する内装。

 中央にはダイヤと宝石に彩られたリング。


「これでも科学者令嬢よ。人造令嬢だけではないわ」


「お見事ですわ。しかし、二対一ですが」


「構わないわ。ワタシはもう全てを超えた。花嫁令嬢すらも」


「ならば試してみるまでですわ!」


 令嬢界と世界の命運をかけた令嬢ファイトが始まった。


「最初から全力でまいりますわよ!」


 二人とも余力を残す余裕はない。

 花嫁令嬢となり、同時に左右から責め立てる。


「オオーッホッホッホ!! 無駄よ無駄! その程度の攻撃では、ワタシにかすり傷一つつけることはできないわ!」


 音速すらも超えた同時攻撃を完全に潰し、その場から動くこと無く反撃すらもしてみせるリッチ。


「やはり強い!」


「弱い……ワタシのドレスがホコリで汚れるだけね」


「一撃でダメなら……削り取るまでですわ! ブラッドローズレクイエム!」


 バラのツルに赤い稲妻が走る。やがてツルは密集し、高速回転によってドリルのように激しくリッチを襲う。


「援護しますわ! ホーリーシューズスパイラル!」


 光の回転キックでバラを援護するマリアベル。

 二つの相反する力の同時攻撃により、リッチのドレスにわずかながら傷が生まれる。


「ふん、やはり危険ね。花嫁令嬢! イレイザーフラッシュ!」


 リッチの手から迸る破壊の光。放射された令嬢パワーの波は、二人には見覚えのある光であった。


「それは……人造令嬢の技……」


「完全体はワタシの技を模しただけ。これがオリジナルの闘技ですわ」


 一撃で防御を超えたダメージを受け、純金のロープまで飛ばされる。

 抵抗むなしく跳ね返る隙に、更に追撃が襲う。


「ダブルエレガントトマホーク!!」


 金色の令嬢パワーで包まれた両腕が、巨大なトマホークとなって二人を刈り取る。


「きゃあああぁぁ!」


「うあああぁぁ!?」


 衝撃で上空へ飛ばされ、リングに激しく打ち付けられる二人。

 それでもなお立ち上がる。まだ闘志は消えていない。


「やはり……今のままでは……勝てない」


「花嫁令嬢、お色直し! はあああぁぁぁ!!」


「いいでしょう。なってみなさい。花嫁令嬢の新たなる形に」


「後悔しますわよ!!」


 赤い稲妻を纏った黒きドレス。お色直しが完了した。


「はああぁぁ!!」


「ふふっ、いいわよ。その姿、すぐに真っ赤な血で彩ってあげるわ!」


 ファイトは乱打戦へ。パワー・スピード・テクニックに至るまで、ローズマリーが上である。わずかな差ではあるが、じわじわとリッチにダメージを与えていく。


「マリアベル、パワーを溜めておきなさい!」


「わかりましたわ!」


「舐めるな! ダブルイレイザーフラッシュ!」


 先ほどの比ではないパワーがローズマリーへと迫る。


「令嬢に同じ技を何度も見せるなど、恥を知りなさい!」


 真紅の薔薇の花びらが、舞い散りながら理知の攻撃をかき消していく。

 それはまるで、花に吸収されていくようであった。


「バカなっ!?」


「終わりですわ!」


 凄まじいラッシュが始まった。

 ローズマリーが一撃放つ度にツルが絡みつき、自由を奪いながら体を引きちぎろうと動く。


「アルティメットローズブレイク!!」


 リッチの体内に蓄積された暗黒令嬢パワーが、赤い光となって外へと弾け飛ぶ。

 それはバラの花が咲き誇る様に似ていた。


「う……ぐあああぁぁぁ!」


「マリアベル!!」


「婚約破棄ハリケーン!!」


 傷つき今にも砕けそうなリッチめがけて放たれる竜巻。

 そこにローズマリーのパワーが重なった。


「合体令嬢奥義! クリムゾンハリケーン!!」


「き……貴様らああぁぁぁ!!」


「砕けておしまいなさい!」


「その汚れた野望とともに!!」


 リッチのボディは崩壊を始める。

 腕も足も飛び、中から機械の肉体と、赤黒い循環液を撒き散らす。


「やはりロボット」


「まだだ! まだ終わらないわ!!」


 最後に残った力で自らの首を天高く跳ね飛ばすリッチ。


「なにを……?」


「オオーッホッホッホ! やはり正解だった! この場所なら、どんな令嬢にも負けはしない!」


 四方からケーブルが伸び、現れた立体映像と重なり、リッチのボディを作り出す。


「なんですって!?」


「危なかった……褒めてあげるわ。本当に……本当に死ぬかもしれないと思った! しかし!」


 リッチの体は復元した。その大きさは五メートルを超えている。


「パワーアップした……?」


「令嬢パワーと機械の融合。これが最強の令嬢よ! この部屋に来た時点で、ワタシの勝ちは決まっていた!」


「そんな……そんなことって……」


「更なる絶望を与えよう。モニター!」


 空中に幾つもの立体映像が生まれた。

 その中には、氷河地帯で戦う令嬢達の姿があった。


「これはまさか!?」


「ワタシがおとなしく正義令嬢どもに手を出さないと思っていたの?」


 人造令嬢によって傷つき苦しむ正義令嬢。

 痛みもなく、倒しても倒しても湧き出る相手に、どうすることもできず倒されていく。


「無様ねえ。みじめねえ。哀れ、哀れなり正義令嬢!」


「やめなさい! 狙いは私達のはず!」


「勘違いしないで。ワタシの目的は令嬢界最強の存在となること。正義令嬢など、そのための障害でしかないわ。全て滅ぼしてしまわないとねえ」


「首を守った……それはつまり、完全に消滅してしまえば復活はできないということ」


「それがどうだというの? もう勝ち目なんてないのよ!」


 ビッグリッチの丸太を超えた腕が振られた。

 ローズマリーは反射的に後ろに飛ぶも、衝撃を殺しきれずにロープに当たる。


「うぐうぅ……がはあ!?」


 ロープがちぎれ、そのまま壁に叩きつけられてしまう。


「ローズマリー!」


「強い……わたくしが……お色直しをしたわたくしが、遅れを取るなんて」


「次はあなたよマリアベル。あなたの無様に負ける姿を、外の令嬢にも見せてあげるわ!」


 城外にも立体映像が照射される。これで両方の状況が見えることとなった。

 戦っていた令嬢達も動揺は隠せない。


「あれは……マリアベル様!」


「なに? あの巨大な令嬢は!」


『よそ見をしている暇があって? もっと痛めつけなさい!』


 リッチの指示で更に激しく攻撃を始める人造令嬢。


「うあああぁぁぁ!?」


「きゃああぁぁぁ!?」


 外は瞬く間に地獄と化した。


「やめなさいリッチ! 私とのファイトがまだ終わっていませんわ!」


「なら止めてみなさい。マリアベル」


「あなただけは……許しませんわ!!」


 飛びかかるマリアベル。しかし、リッチはその巨体に反して素早く、両手でマリアベルを掴んで握り潰そうとする。


「うあああぁぁぁ!?」


「マリアベルを放しなさい! ダークネスローズブレイク!!」


 黒い閃光を両手に宿し、疾走するローズマリーに向けて、全力で投げつけられるマリアベル。


「そんなに放して欲しいなら……放してあげるわよ!!」


「くっ、しまった!」


「エレガントビイイイィィィム!!」


 なんとかマリアベルを受け止めたが、そこにリッチのビームが迫る。


「だめっ、かわせない!? うわああぁぁ!!」


 それはとっさの行動であった。ローズマリーは、その身でマリアベルをかばったのだ。

 そして背中に直撃するビーム。耐えられるはずもなく、二人して壁に叩きつけられてしまった。


「ローズマリー! しっかりしてローズマリー!」


「わたくしとしたことが……正義令嬢をかばってしまうなんて……一生の不覚ですわ」


 花嫁令嬢化が解けてしまう。最早ローズマリーに戦う力は残されていなかった。


「麗しい友情ですこと。虫酸が走るとはこのことね! 死になさい!」


 五本の指から連射されるビームは、確実に二人の体を傷つける。


「うああああぁぁぁ!!」


「どうかしら、外と内の悲鳴の二重奏は。素敵でしょう?」


 外の映像からも令嬢達の悲鳴が響く。

 戦闘に慣れている令嬢も、死を恐れない人造令嬢に圧倒され、倒されていく。


「哀れなり。お色直しだけが、唯一ワタシに対抗できる手段であったものを。これで終わりね」


「まだ……ですわ……」


 持てる力を振り絞り、再び花嫁令嬢となるローズマリー。

 しかしその力は儚く、お色直しは不可能であった。


「最後まであがいてみせますわ! 悪役令嬢に後退の文字はなし!」


「令嬢たるもの、倒れる時は前のめりですわ!」


 必死に魂を震わせて戦う二人だが、圧倒的なリッチのパワーになす術もない。


「これが正義令嬢のエース。なんと無様な。実力で悪役令嬢に追い抜かれ、お荷物になった挙句、勝機をも逃す。ああ醜いこと」


「私の……せいで……」


「勝機を逃す? お笑いですわね。まだ手段は残されておりますわ!」


 ローズマリーからでたらめな令嬢パワーが吹き出す。

 制御すら放棄して、ただひたすらにパワーを高めている。


「何をする気かしら?」


「マリアベル! 悪役と正義で手順が違うかもしれません! ですが、ライバルであるあなたなら、お色直しくらいできるはず!」


「ローズマリー……あなたなにを……」


「長時間リッチの相手をし続けて、それでも花嫁令嬢を維持している。癪ですが、激闘に身を置くことで、下準備はできているようですわね」


 マリアベルにも理解できた。ローズマリーはお色直しをさせようとしているのだ。

 変身すれば、リッチに勝てる見込みもあると。その決断をリッチも理解する。


「小癪な! その前に潰してあげるわ!」


「わたくしが時間を稼ぎますわ。正義令嬢のはしくれなら、わたくしのライバルなら、死ぬ気で追いついてみせなさい!」


 迫り来るリッチを抑え、全力の闘気で頭にしがみつく。


「リッチ。よくやったと褒めて差し上げます。ですが、マリアベル以外の有象無象に負けてあげる気はありませんわ!」


 頭は急所。破壊されては再生に時間がかかる。

 エレガントリッチといえど、その恐怖は拭いきれるものではない。


「もういい! 全てを殺す! 人造令嬢よ、正義令嬢を皆殺しになさい!」


「やめなさいリッチ!」


 モニターから絶叫が響く。厳しいレッスンに耐えた仲間が、お茶会をした友人が、目の前で助けることもできずに倒れていく。


「あ……ああぁ……そんな……」


「そして、ワタシに張り付くお前もだああああぁぁぁ!!」


 ついに巨大な両腕がローズマリーを捕らえた。

 そして腕の破壊も気にせずに、人造令嬢パワーを暴走させて流し込む。


「きゃあああああぁぁぁぁ!!」


「オオーッホッホッホ!! 消えろ消えろ! 消えてなくなれ!」


「ローズマリー!!」


「マリアベル……あなたとの戦い……そう悪くはありませんでしたわ。ごきげんよう。地獄から……あなたのファイトを見ているわ……」


「死ねええぇぇぇ!!」


「ローズマリイイイイィィィィ!!」


 部屋を光が包んだ。無機質な科学の光ではない。

 暖かい、慈愛と神聖さに満ちた優しい光。


「この光は……まさか!?」


「やれやれ……あなたは一々遅いのですわ」


 光は室内を照らし続ける。全ての悪意を浄化するように。


「絶対に許しませんわ! リッチ!!」


 その中心に、お色直しを終えたマリアベルが立っていた。

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