リッチの研究所へ急げ

 令嬢病院にて治療を受けているマリアベルとローズマリー。

 透明な回復ポッドに入り、令嬢回復液で満たされ、驚くほどのペースで癒やされていく。


「回復したらアジトにむかいますわよ」


「ええ、一刻も早く潰さなければなりませんわ」


 会話と呼吸用に伸びているマスクから声を出す。

 既に会話ができるほどに回復し、数時間で完治するだろう。


「マリアベル様。人造令嬢について調査いたしました」


「ありがとうセバスチャン。聞きましょう」


 入院中の数時間で全てを調べ上げたセバスチャン。

 世界最高峰の執事の名は伊達ではないのである。


「セレブ、ブルジョワ両名はリッチによって造られたロボットです。令嬢界への復讐のつもりだったのでしょう。エースを倒し、その存在をアピールしようとした」


「ふん、それで返り討ちとはいい恥さらしですわね」


「リッチは本人すらも改造した。人造令嬢のコアを吸収し、圧倒的なパワーの怪物へと変貌する計画であった。それもお二人の活躍で破綻」


「ええ、確実に仕留めましたわ」


 完全体人造令嬢リッチは紛れもない脅威であった。

 エース二人がかりでもギリギリの勝負を強いられたのだから。


「ですが、それほどのエネルギーをどこで?」


「地球からです」


「地球から?」


「リッチの研究所には、地球を一つのコアとみなし、その力をエネルギーが枯渇するまで奪う装置『エレガントリッチ』なるものが存在するようです」


「エレガントリッチ……どうせエレガントという言葉からは、かけ離れたものでしょう」


 リッチの研究所の場所は突き止められていた。

 正義令嬢が集結し、研究所を包囲しているとのこと。


「ふん、主役が遅れるわけには参りませんわね」


「ええ、セバスチャン。令嬢ジェットを」


「既に庭にて待機させております」


 そして回復が完了する。装置から出た二人は、新品のドレスに着替えて庭へと急ぐ。


「現地まで、このセバスチャンがお供いたします」


「ありがとうセバスチャン」


「褒めて差し上げますわ」


「いきますぞ!」


 令嬢ジェットに乗り込み、セバスチャンの運転で現場へ急行する。


「ところで、研究所というのはどこですの?」


「北にある氷に覆われた世界です。そこに隠れ住んでいたと」


「そう、身を隠すにはちょうどよい場所ですわね」


 雑談をする程度には、不思議と二人の心は落ち着いていた。

 この先、更なる激闘の予感がしていながらも、負けるつもりなど微塵もない。


「ローズマリー、花嫁令嬢のお色直しとは……」


「話していませんでしたわね。お色直し……あれは花嫁令嬢を極めていった過程でできた偶然の産物ですわ」


「どうやって? 花嫁令嬢はそれそのものが伝説。更に上があるなどと……」


「ええ、予想すらしていませんでしたわ」


 そして彼女は語り始める。過酷なレッスンの日々を。


「マリアベル。あなたに勝つために、わたくしのレッスンは熾烈にして壮絶なものとなっていきましたわ。しかし、それでも令嬢パワーで勝っているという確信はなかった。そんな時ですわ。パワーでダメならスタミナで対抗できないかと」


「スタミナ?」


「花嫁令嬢は令嬢魂を極限まで燃やして変身する。それゆえ短時間で限界が来る。ならばその限界を伸ばせるよう、常日頃から花嫁令嬢姿でいることを思いつきましたの」


 これが功を奏した。今のローズマリーは、マリアベルよりも変身時間が長く、パワーも安定している。

 お色直しを使わなければ、マリアベルの変身時間を凌ぐ。


「なるほど……ただレッスンを積んでいても、そこに意味がなければ無意味」


「レッスンを欠かす理由にはなりませんわよ。そして令嬢ファイトを重ね、わたくしは壁を超えたのですわ」


 これもひとえに執念。マリアベルに勝つという一心が生んだ奇跡であった。


「ご立派です。ローズマリー様」


「ええ、素晴らしい……私も負けていられませんわ」


「そのまま負けてくれてもよろしくってよ」


「そんなことをしたら失礼よ。私は全力でローズマリーに勝ちたいもの」


 そして氷河地帯へとやって来たジェット。

 そこには黒で統一された西洋の城があった。


「あれは……」


「リッチが倒された直後。この地帯から大規模な揺れが観測され、あの城が現れたとのことです」


「あのお城……禍々しい気配を感じませんわ」


「人造令嬢には正義も悪もない。無機質な氷だけの場所には、お似合いの冷たいお城ですわ」


 令嬢パワーすらも感じない。人が住んでいるとは思えない無機質さが不気味さを演出した城。それを前に正義令嬢達が集まっていた。


「さて、私達も参りましょう。セバスチャン、念のため避難を」


「ここからは令嬢の舞台ですわ」


「お二人とも御武運を」


 セバスチャンになにかあれば、二人は歩いて帰ることになる。

 引き返してもらうことにして、勢い良くジェットから飛び降りた。


「令嬢飛翔は?」


「マリアベルにできて、わたくしにできないことなどありはしませんわ!」


 天より優雅に降り立ち、巨大な門の前に立つ。

 二人の心に恐怖はない。


「マリアベル様!」


 仲間の正義令嬢が声をかけた。何度かともにレッスンに取り組んだ間柄である。


「お城になにか異変はありまして?」


「いいえ、どうやら正面の扉しか入り口はないようですわ」


 話し中にも周囲の令嬢から奇異の目で見られているローズマリー。

 本人は気にしていないが、悪役令嬢がなぜマリアベルと行動をともにしているのか、気になって仕方がないといった風である。


『ようこそ。令嬢達よ』


 城より女性の声が響く。スピーカー越しのその声は。


「この声は、リッチ!?」


「そんな!? 確かに破壊したはず!?」


『令嬢ファイトを始めましょう。古き令嬢と、新たなる人造令嬢。雌雄を決する時が来たのです』


「なぜ……なぜ生きていますの!」


 マリアベルの問いに笑いで返すリッチ。


『オオーッホッホッホ! 驚いたようね。あんなもの、エレガントリッチによって生み出された人造令嬢の完成形というだけですわ』


「なんですって!?」


『全盛期のワタシを模した人造令嬢。お楽しみいただけたかしら?』


「趣味の悪いお方ですわね」


 全正義令嬢に緊張が走る。戦闘態勢をとり、いつでも令嬢ファイトに移行できるよう構えを取った。

 それを予測していたかのように、リッチの言葉は紡がれる。


『正義令嬢マリアベル。悪役令嬢ローズマリー。二人だけはワタシへの挑戦権があると認めましょう。セレブとブルジョワを吸収したリッチを倒した。その実力は本物である』


 門が自動的に開く。中は長い廊下が続いており、誰の目から見ても先が予測できない。


「ふざけたことを……これだけの正義令嬢がいて、そんな自由が認められるとでも?」


『ならば認めさせるだけ。こんな余興は……いかが?』


「余興?」


「マリアベル様! 上ですわ!!」


 城のエントランスに、城壁の上に、ずらりと並ぶ人影。

 セレブ、ブルジョワ。そして変身前のリッチが無数に立っていた。


「そ……そんな……」


「それは……あんまりじゃあありませんの?」


 これには流石の二人も、いや実際に戦った二人だからこそ、恐怖が心に染み込んでいく。

 花嫁令嬢にならなければ勝てなかった存在が大量に。


『こちらの要求をのまなければ、一斉攻撃を仕掛けるだけよ』


 それは、ある種の死刑宣告であった。

 マリアベルとローズマリーならば、あるいはほんの数%の可能性があるだろう。

 しかし、この場にいる正義令嬢には大量の死者が出る。


「従うしかありませんわね」


「やれやれですわ」


「お待ち下さい! マリアベル様を黙って行かせるなど!」


「それも悪役令嬢とご一緒に……あまりにも危険ですわ!」


 令嬢から不満の声が出る。皆マリアベルを心配しているのだ。


「ならわたくしだけで行きますわ。マリアベルはお仲間と仲良く待っていてもよろしくてよ」


「なんですって!」


「なんて無礼な!」


「いいのです。私はローズマリーと行きます」


「何故です! 何故悪役令嬢などと!」


「ローズマリーはお友達ですもの」


 呆然とする仲間に背を向けて、ローズマリーとともに門の中へと歩く。

 マリアベルに後悔はない。友と言ったことは本心である。

 二人を飲み込み、門はゆっくりと閉まっていく。


「やれやれ、悪役令嬢とお友達発言とは。正義令嬢を追放されても知りませんわよ」


「それは大変ですわね。その時は一緒に悪役令嬢でもしてくれるかしら?」


「絶対に御免ですわ」


 自ら選んだ道。ためらいはない。己の信じる道を往く。それが令嬢である。

 選択したその道がどこへ通じているのか。それはすぐにわかることであった。

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