共闘! 正義と悪!

 バラの咲き乱れる雪原に現れたのは、悪役令嬢ローズマリーであった。


「まったく……わたくし以外の令嬢に負けるなと、前にも申し上げたはずですわ」


「ローズマリー……助かりましたわ」


「悪役令嬢の若手ナンバーワン、ローズマリーか。噂は聞いていますわよ」


 突然の乱入にも、リッチの心は乱れない。自分の実力に絶対の自信があるからだ。


「あら、それはそれは。わたくしもよーく存じ上げておりますわ。正義にも悪役にもなれない外道。最悪の令嬢リッチ」


「ふっ、ワタシの研究は完璧だ。今日ここで、正義令嬢マリアベルを屠ることで完成とする」


「それは不可能ですわ。マリアベルはわたくしの獲物。外道ごときに譲るつもりはありませんわ。はああああぁぁぁぁ!!」」


 黒く輝くオーラがローズマリーから溢れ出す。それは令嬢の高みへと至る力。


「この力……そう……か」


「そう、花嫁令嬢はひとりではございませんのよ」


 花嫁令嬢となったローズマリーがそこにはいた。


「ブルジョワ。ローズマリーを殺せ」


「了解」


 動き出そうとしたブルジョワの動きが止まる。

 足を何かに捕らえられ、動くことを許されない。


「遅いですわ。既にバラの結界は、そのお人形を包囲しておりますの」


 瞬く間に全身へ巻きついたバラのツルから、紅い稲妻が迸る。


「悪役令嬢新奥義、ブラッドローズレクイエム!」


 強力無比な力により引き裂かれたブルジョワは、バラバラになって散った。

 余りにもあっけない幕切れである。


「凄い……ローズマリーが……ここまで強くなっているとは」


「さあ、おとなしくバラの制裁を受けなさいリッチ。わたくしを差し置いて、マリアベルを狙った罪は重くってよ?」


「くっ、くくく……ふははははは!! 素晴らしい! ここまで上手くいくなんて! まさかふたりの花嫁令嬢の力が同時に解析できるとは!」


 心底愉快そうに、大声で笑うリッチ。

 それがローズマリーには不思議でならなかった。


「なんですの? もうお人形は壊れてしまったというのに」


「コアよ、我が身へと至れ!」


「しまった!? 人造令嬢はもうひとりいた!」


「なんですって?」


 マリアベルが気づいた時にはもう遅い。

 ブルジョワから出たコアとチップは、全てリッチへと吸収されてしまう。


「オーッホッホッホッホッホ!! やりましたわ! これで……正義も悪役も超えた究極の令嬢へと昇華する! ワタシこそが令嬢界の頂点ですわああぁぁ!!」


 まるで十代のように若返り、解き放たれる令嬢パワーは、それだけで周囲の岩を吹き飛ばす。


「そんな……なんという令嬢パワー」


「狂っていますわね」


「最早花嫁令嬢といえど敵ではない! さあ、かかっていらっしゃい! 血祭りにあげてさしあげますわ!」


「いきますわよローズマリー」


「まったくもう……正義令嬢と共闘……しかも二回目……気に入りませんわ」


 大げさに肩をすくめ、花嫁令嬢化したマリアベルに並び立つローズマリー。

 正義と悪の令嬢タッグが再び結成された。


「ホーリーライトニングロンド!」


「ダークネスローズブレイク!!」


 繰り出される白と黒の閃光。

 正義と悪は表裏一体。同系統の技を習得できても不思議ではない。


「愚かな……」


「なっ!?」


「受け止めた!?」


 それを両手でなんなく受け止めるリッチ。

 驚愕に目を見開く二人を、さらなる異変が襲う。


「この程度の令嬢パワー……蚊に刺されたほどにも感じませんわよ?」


 二人の腕を掴んだまま、手首がありえない方向へと外れ、腕の中から砲塔が出現した。


「人造令嬢奥義、ダブルイレイザーキャノン!!」


 放たれるは正義でも悪意でもない。明確な殺意だけを持ったレーザービーム。


「きゃああぁぁ!?」


「うぐうぅ……」


 回避することもできず、まともにくらった二人は遙か後方まで飛ばされる。


「オーッホッホッホ! 無駄無駄!! 究極のボディには傷一つつけられませんわ!」


「ざまぁローズホールド!」


 油断しているリッチに巻き付くバラのツル。

 トゲと電撃により、並の令嬢であれば再起不能になる。しかし。


「これが……どうしたというのかしら?」


 それをオーラを解放しただけで弾き飛ばす。


「そん……な……」


 唖然とするローズマリーに、闘気の牙が襲いかかる。


「エレガントファング!!」


「きゃああぁぁ!?」


 天高く打ち上げられ、落下するローズマリー。


「ローズマリー!!」


 落下中になんとか救出に成功し、体勢を立て直すマリアベルだが。


「次はあなたよ! マリアベル!」


「防ぎきれない……」


 リッチの猛攻は防げない。技のキレもブルジョワより数段上であった。


「じわじわとなぶり殺して差し上げますわああぁぁ!!」


「ダーク婚約破棄トルネード!!」


「婚約破棄ハリケーン!!」


 伝家の宝刀。白と黒の竜巻が吹き荒れる。


「人造タイフーン!」


 リッチの右腕から発生する暴風にかき消されてしまう。


「言ったはずですわねえ? すべての令嬢を凌駕したと」


「これは……どうしたら……」


「まさか二人がかりで手も足も出ないとは……マリアベル、なんとかなりませんの?」


「花嫁令嬢化してこれでは……ごきげんようバスターすら、通用するか怪しいものですわ」


 状況は絶望的。しかし、ローズマリーには秘策があった。

 たったひとつ。宿敵であるマリアベルとの令嬢ファイトにとっておきたかった手段が。


「仕方ありませんわね。貴女を倒すために作った奥の手……こんな形で使うことになるとは」


「……倒す手段があると?」


「時間を稼いでくださいまし。そして、二人ともしばらくは令嬢ファイトができなくなるとも」


「覚悟の上ですわ」


「なにをごちゃごちゃと……死ぬ順番でも決めていますの?」


 あくまで余裕の態度を崩さないリッチ。

 二人は決死の覚悟で戦いを挑む。


「いきますわよローズマリー! はああぁぁぁ!!」


「ええ、よろしくってよマリアベル! はああぁぁぁ!」


「ホーリーライトニングロンド!」


 マリアベルが駆ける。何度目かもわからない技は囮だ。


「無駄だ! その技は見飽きましたわ!」


 腕に気を取られているリッチへ、光を凝縮した足が迫る。


「ホーリーシューズスパイラル!」


「ここにきて新技とは!」


 回転しながら蹴り込まれる一撃は、光を携えた秘技。


「シンデレラ様の技を自分なりにアレンジした結果ですわ!」


 激闘によりマリアベルはさらに成長していた。


「はあぁぁぁ……もっと、もっと高まるのです……わたくしの令嬢パワー」


 不審な令嬢パワーを感知したリッチは、ローズマリー打倒へと動く。


「小細工を……あの悪役令嬢から潰す!!」


「させませんわ!」


 必死に行かせまいと道を塞ぐ。ローズマリーが消えては勝機が消える。

 マリアベルは悪役令嬢である友を信じていた。


「ええい、正義と悪が組むなど、恥を知りなさい! 悪を信じ、盾になるなど正義令嬢として失格!」


「恥も汚名も受けましょう。それでも、目の前の巨悪を見逃すわけにはいきません! それに、ローズマリーはお友達ですわ! お友達と力を合わせ、悪を討つことは悪行ではない!」


 マリアベルの中ではあくまでも友達。

 ともに歩むことはできなくとも、正義と悪で道が違えども、友情を感じている。


「そのお人好しなところ……いかにもな正義令嬢で癇に障りますわね……ですが、そのお気持ち、わたくしの魂を震わせるには充分! えええええぇぇぇい!!」


 そんな魂が通じたのか、ローズマリーの令嬢パワーが急速に膨れ上がる。

 黒い光が、白い雪原を、青い空を満たす。


「なんだこの光は……? 花嫁令嬢よりもパワーが上がっている?」


「ローズマリー。貴女はいったい……」


 現れる新たなドレス。洗練され、よりシャープできらびやかなデザインへと変更。

 令嬢パワーは数百倍に上がっていた。


「これが……これが花嫁令嬢の進化形態。花嫁令嬢……お色直し!!」


「う……美しい……」


「花嫁令嬢に……その先が……? はっ!?」


「つかまえましたわ」


 停止した時間の中で捕らわれたリッチは、脱出を試みるも失敗する。


「ワタシのパワーが負ける!?」


 単純な力の差。パワー比べに負けていた。

 お色直しによって、完成体となった人造令嬢すらも上回ったのである。


「悪の誇り……今こそ舞い掲げましょう。シャドウローズスラッシュ!!」


 血の代わりに体を流れる青色の液体が吹き出し、まるで青いバラを描くように舞い散る。


「ぐううおあああぁ!?」


「仕上げと参りましょう。はあっ!」


 雲の上まで打ち上げ、二人がかりで技をかける。


「ごきげんようバスター!」


「ダークごきげんようドライバー!!」


 マリアベルはリッチとローズマリーに。

 ローズマリーはリッチとマリアベルに。

 脱出できぬよう、お互いに技の牢獄へ入り込み、もろともリッチを葬る作戦であった。


「これは、自分達にも技を!? 脱出できない!?」


「せええええぇぇぇい!!」


 回避も軽減もできない決死の令嬢奥義の前に、リッチはどうすることもできなかった。


「うわああああぁぁぁぁ!? こんなバカなあああぁぁぁ!!」


 落下した地面をえぐり、巨大なクレーターを作り上げた二人。

 リッチはもう、影も形もなかった。


「はあ……は……やりましたわ……ね……」


「ふっ、ふふっ……もう二度とごめんです……わ……」


 元の姿に戻り、仲良く倒れる二人。

 最早指一本たりとも動かせる状態ではなかった。


「マリアベル様ー!!」


 セバスチャンが迎えに来る姿が見えたことに安堵し、穏やかに話し始める。


「あの人造令嬢……いったいなんですの? あんなものが作られていたなんて」


「リッチの研究所……行ってみる必要がありそうですわね」


 恐るべき存在、人造令嬢。正義の魂が野放しにはできないと訴えかける。

 治療が済み次第、調べることを決めたマリアベルであった。

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