愛の物語を紡げ
「シンデレラ様。ここで諦めては、あの方の思うツボですわ。あなたにはまだ、正義令嬢としての魂がある。その身も、その心も、綺麗なままですわ!」
マリアベルは認めたくなかった。
愛が物語の力に負け、悪役令嬢のいいように使われるなど。
絶対に認めるわけにはいかなかった。
「わたくしは…………」
「王子様への想いは、まだその胸に残されているはず。ここで倒れては……王子様は偽物のシンデレラに奪われてしまいます」
「そんな……王子様が……」
「諦めるなら、ワタシがもう一度踊ってもよろしくてよ? 名も無き令嬢さん」
ここにきて追い打ちをかける姉。本能が悟っているのだ。
シンデレラには、才能も実力も劣っていると。
だからこそ卑怯な手段に出た。
「先程の令嬢ファイト、見事でした。さあ……一曲踊りましょう」
差し出された王子の手をしばし見つめ、今にも消えてしまいそうな令嬢魂を震わせて、シンデレラは気丈に立つ。
「……はい!」
そして二人のための音楽が始まった。
初めこそシンデレラの服装に笑い声も漏れていたが、徐々にみな口を閉ざす。
「夢のようですわ……憧れの王子様と……」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
誰もが二人のダンスに釘付けであった。
全員が等しく魅入っている。積み上げたレッスンが、溢れ出る気品が、ボロ服を差し引いても、なお美しく輝いていた。
「美しい……」
「そんな……今のわたくしは……」
「綺麗だよ。今の君はとても綺麗だ」
二人だけの時間は続く。しかし、それを良く思わないものがいた。
「ふん、どこまでも邪魔な小娘だわ……ならば……」
暗黒のクリスタルシューズが照明を覆う。
忍び寄る闇は会場から光を奪っていった。
突然のことにざわつく会場。音楽も止まり、ざわめきが大きくなっていく。
「うろたえるな! 照明がつかないだけだ。楽器が使えなくなったわけではあるまい!」
「危険ですわ王子様。わたくしはここまで踊ることができただけで……」
「いいやまださ。君には二人分の時間がある。幸い今夜は満月だ。月明かりが照らしてくれる。それでも不安なら」
そっと、自然にシンデレラを引き寄せ優しく微笑む王子。
「こうして近づけば、君の顔がよく見える。さあ音楽を」
再び音楽が流れ始め、二人は踊り続ける。
「幸せです……こんなにも……こんなにも素敵な思い出を……」
声が震えていた。今までの出来事が心のなかで混ざり合い、自然と涙が溢れている。彼女の涙は止まることなく流れ続ける。
「思い出なんていくらでも作っていける。でも、楽しい思い出に、泣き顔なんて似合わない」
月明かりに照らされた涙の雨は、宝石よりも美しくシンデレラを飾った。
その光景は幻想的で、見るものの心に美しさとは何かと、強烈に訴えかける。
「泣かないでおくれ。私はもっと君の笑顔が見たい。君に笑顔でいて欲しい」
「はい。王子様」
「もうすぐ十二時だ。君の名前を教えて欲しい」
再びシンデレラの顔が曇ってしまう。
靴は奪われたまま。ドレスも戻らない。
果たして名乗って信じてもらえるのか。悪い考えは止まらない。
「こんな……ガラスの靴も、ドレスも失ったわたくしのことなど……」
「いいんだ。ガラスの靴がなくとも、綺麗なドレスがなくとも構わない。私が心奪われたのはドレスではない! 君なんだ!」
「王子様……」
「名前を、教えてくれないか?」
「……シンデレラ……です。わたくしの名前は……シンデレラです」
細く、小さい声であった。
だがその声は、確かに王子の心に届いていた。
「シンデレラ。いい名前だ。君の美しさを表した名だと思う」
「王子様!」
そこで音楽は終わりを告げる。楽しい時間ほど早く過ぎてしまう。
それは、マリアベルの時間をプラスしたとしても、変わらなかった。
「王子様。シンデレラはこのワタシ。ワタシこそがシンデレラですわ」
曲が終わり。自由に動けることを確認し、王子へと歩み寄る姉。
黒いガラスの靴は、どす黒く禍々しさを主張していた。
それはマリアベルには嫉妬と憎悪の炎のように映る。
「偽物よ、王子様から離れなさい」
「シン……デレ……ラ……シンデレラが……ふた……り……?」
「王子様!」
頭を抱えてうずくまる王子を、誰も心配はしない。
既に暗黒令嬢パワーにより、マリアベルとシンデレラ以外の洗脳に成功していたのである。
「偽物め!」
「王子様から離れなさい!」
「汚らわしい!」
洗脳された令嬢達がシンデレラを引き離す。
「王子様ああぁぁ!」
「そうはさせませんわ!」
令嬢達の前に立ち、ただ一人シンデレラを庇うマリアベル。
「無駄ですわ。この場の全員を相手にするだけの余力が残っていまして?」
「それでも、それでも何もせずに見ていることなど……できませんわ!」
そんな抵抗も虚しく、十二時を告げる鐘がなる。
「残念でしたわね。これでおしまいですわ。さあ、王子様……ここにガラスの靴を片方、置いていきますわね。ワタシが本物のシンデレラである証として。オーッホッホッホッホ!!」
「ガラスの靴……シンデレラの……」
「さようなら、偽物さん。十二時を超えてしまえば魔法も……あら、そういえばあなた……もう魔法が解けていましたわね。オーッホッホッホ!!」
膝をつき、頭を抱える王子にガラスの靴を手渡し、その場を去ろうとする姉。
「やめろおおおぉぉぉ!!」
王子の絶叫が響き渡る。
それは苦痛と怒りに満ちた、魂の慟哭であった。
「こんな……こんなものがあるから……うおおぉぉぉ!!」
王子は懐から短剣を抜き、ガラスの靴に向けて振り下ろす。
「なっ!? なんですって!?」
びしりと音を立て、剣は靴を貫いた。
「私は……私は! こんなもので彼女を好きになったんじゃない! 靴がなんだ! こんなものに運命を! 私の心を決められてたまるかああぁぁ!!」
「バカなっ!? 自力で呪縛を破ることなど……不可能ですわ!!」
「私にとってのシンデレラは彼女だけだ! ボロ服を着ていても、魂の美しさは隠せない! 服も、ドレスも、新しいものを買えばいい! 二人で新しいものを選ぼう! 君が好きだ! シンデレラアアアァァァ!!」
王子の魂の叫びは、場内の邪気を祓い清めていく。
「王子様ああぁぁぁ!!」
大粒の涙を流しながら、王子の胸へと飛び込んでいくシンデレラ。
離すまいと、お互いに強く強く抱きしめる。
「私と、結婚して欲しい」
「……はい!! 喜んで!!」
二人を呆然と見つけることしかできない姉。
「どうして……呪縛に打ち勝つ力などないはず……」
「愛ですわ」
「……愛?」
「お互いを想う愛が、まやかしの力に負けるはずがありません」
絶望に打ちひしがれる姉に対し、マリアベルの顔は晴れやかであった。
信じていたのだ。最後に勝つのは愛であると。
「最後には愛が勝つ。それを信じ、迷うことなく生きる。綺麗事を綺麗なままであるように、汚れぬように守る。それが正義令嬢ですわ!」
「認めない……こんな結末。ワタシは! シンデレラになったんだあぁぁ!!」
ヒビの入った靴を履き直し、暗黒令嬢パワーを開放する。
ふわりと宙に浮いた姉は、黒き力を城中から集めてゆく。
「もっと! もっと力を! 偽物を滅ぼす……無限の力を!」
姉のドレスが黒く染まる。染み込んだ憎悪は醜く歪んだ力として顕現した。
「全てを終わらせましょう」
「ですが、シンデレラ様はまだドレスが……」
「それでも、やらねばならぬ時ですわ」
「そのドレスっていうのは、こんなものだったかねえ」
声に振り向くのと、美しいドレスが装着されるのは同時であった。
「大サービスだ。もう一度魔法をかけてあげるよ」
そこにいたのは魔女。カボチャの馬車をくれた魔女である。
「どうしてここに?」
「ちょっと心配になっただけさね。魔法は十二時まで。それは別に昼の十二時でも、かまわんじゃろう?」
にやりと笑い、更に杖を振る。
そして失ったクリスタルシューズが装着された。
「どうして……」
「涙さ。シンデレラの美しい涙が足に落ち、ガラスよりもよっぽど純粋な力となった。愛と涙の結晶ってとこさね」
「ありがとう存じます。これなら……戦えますわ!」
「さ、王子様。ここは危のうございます。この馬車で安全な場所へ」
やってきたカボチャの馬車を引くのは、二人が助けた馬であった。
「信じているよ。私のシンデレラ」
「はい。どうか、王子様もご無事で」
「くだらない茶番は終わったかしら? 偽物さん」
全身を紫のオーラで包み、赤く暗く光る目を向ける姉。
悪意に侵されたその身は、もはや人の身ではなかった。
「ダーク・クリスタルシュート!!」
「シャイニング・クリスタルシュート!!」
二人の必殺キックがぶつかり、強烈な衝撃が場内を満たす。
「うっ……」
膝をついたのはシンデレラ。暗黒のパワーは、それだけで危険なのである。
それを至近距離で受けたことで、わずかながら衝撃を殺しきれなかった。
「この僅かな差が、ワタシとあなたの差よ」
「そう……ですが、最後に勝つのは愛ですわ」
「なにっ!?」
突如黒いガラスの靴が、片方砕け散った。
溜まっていた瘴気は散り散りになり、姉のオーラも弱まってしまう。
「な……どうなっている!?」
「忘れましたの? その靴は……王子様が傷つけた靴」
「王子様の愛が……あなたの野望を阻んだのです!」
「こんなことで……終われるかああぁぁ!!」」
錯乱し、周囲に悪意を撒き散らす。
それが己の力を消費していることすら理解できないままに。
「いきますわよ。シンデレラ様」
「よろしくってよ。マリアベル様」
悪鬼を止めるため、物語に終止符を打つために、二人の令嬢が駆ける。
「正義令嬢の名のもとに!」
すれ違いざまに令嬢チョップで切りつけ、弱ったところで上空へと飛ばす。
「動けない……これだけ力を集めても……シンデレラにはなれないのか……」
力に溺れ、制御すら出来なくなった暗黒令嬢パワーが裏目に出ていた。
抵抗できずに体を掴まれ、受けるは正義令嬢究極奥義。
「必殺の……ダアアアアァァブル!!」
「ごきげんようバスター!!」
輝く流星が城へと落ちた。その聖なるパワーは城を、童話の世界を浄化する。
「ばああかああああなあああぁぁ!?」
断末魔の叫びを残し、浄化された姉は光の粒子となって消えた。
長かった戦いの決着である。
「シンデレラ様、どうか王子様とお幸せに」
決着がついた翌日。シンデレラと王子の結婚式に出席したマリアベルは、祝いの言葉を述べ、童話世界から帰る準備をしていた。
「本当にありがとう存じます。マリアベル様はこの世界の救世主ですわ」
「ありがとう。妻と一緒になれたのも、貴女のおかげだ」
「いいえ、全てはシンデレラ様の愛ゆえにですわ」
「必ず、必ず幸せになります。本来の物語とは外れましたが……わたくしは幸せです。むしろ、この結末こそが真のハッピーエンドだと思いますわ」
固く握手を交わす正義令嬢二人。
戦いの中で育まれた友情は、世界を超えても変わらない。
「マリアベル様。ともに戦ったことを絶対に、絶対に忘れませんわ」
「私もですわ。それではごきげんよう」
「ごきげんよう!」
愛の強さを知り、新たな友情を胸に秘め、これからもマリアベルの戦いは続く。
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