ローズマリーの令嬢地獄めぐり編
ローズマリーの令嬢地獄めぐり
悪役令嬢の若きエース、ローズマリー。
花嫁令嬢に変身することができるようになった彼女だが、その過程には壮絶な試練と研鑽の日々があった。
これはそんな彼女の死闘の日々を記録したものである。
「ごきげんよう! ごきげんよう!」
悪役令嬢最大規模の拠点のひとつ『デスクイーンキャッスル』にて、過酷なレッスンに励んでいた。
「……わたくしに足りないものは……なんですの?」
レッスンを切り上げ、汗を拭き、令嬢用スポーツドリンクで喉を潤す。
体が冷えれば頭も冷える。それはマリアベルとの差を感じ、焦りを生む。
「追いつけないはずはない。なのにどうして……あの力はどうやったら……」
自分がライバルと認めた初めての相手。それが正義令嬢マリアベル。
そんな彼女が使う花嫁令嬢という異質で聖なる力。
それが理解できずに、思考は袋小路へと迷い込む。
「百倍の重力下でのダンスレッスンも、令嬢ゴールドギブスでのお花やお裁縫も、花嫁令嬢への道ではなかった」
伝説とまで呼ばれた力だ。習得は容易ではない。
だがライバルができて自分ができないなど、ローズマリーのプライドが許さなかった。
「悩んでいるようね。ローズマリー」
「青薔薇様? ごきげんよう。なぜこのような場所に」
流れるような青い髪に、青空よりも宝石よりも透き通った蒼い瞳。
レッスンにより鍛えられた抜群のスタイルと、他を圧倒する令嬢闘気。
悪役令嬢界でも屈指の実力者である。
「ごきげんよう。正義令嬢に負けてから塞ぎ込んでいると聞いたわ」
「言い訳はいたしません。正義令嬢に負けるなど、悪役令嬢としての恥。汚名も受けれますわ」
若手ナンバーワンエースであったローズマリー。
それが正義令嬢に負けたことで、一部からの風当たりが強くなっていた。
だがそのすべてを受け入れ前へと進む。
あの一戦を、令嬢奥義と魂をかけたファイトを、自身の言葉で汚すことはなかった。
「負けは負け。ですが、どんな令嬢でも常勝不敗など不可能。それは私とて同じことですわ」
「では、ではわたくしは……」
「さらなる力を求めるのなら、行ってみてはいかがかしら。令嬢地獄めぐりへ」
「令嬢地獄めぐり!?」
それは悪役令嬢が行うレッスンの中でも、とびきり厳しく、達成者も数えるほどしかいない荒行。
だがそれはあくまで言い伝え。レッスン内容も開催地も不明。
おとぎ話の中にあると言われていた。
「まさか……実在しているのですか?」
「ええ、私も卒業生でしてよ」
「青薔薇様が!?」
ローズマリーは驚きと同時に納得していた。
青薔薇はその強さと美しさに並ぶもの無しと言われた令嬢。
正義令嬢を倒し、名を挙げ続けた存在。
デスクイーンキャッスルの実質的な管理者である。
「そう、そうでしたの……点と点が繋がりましたわ」
「あのレッスンは過酷。ファイトは熾烈を極めます。私とて貴女の年齢で攻略などできなかったでしょう」
「それでは、なぜわたくしに?」
「秘められた才を、感じたから。令嬢としての勘ですわ」
青薔薇の瞳には、期待と不安が入り混じっていた。
その視線をどう受け止めていいかわからず、二の句も告げずに立ち尽くすローズマリー。
「ついていらっしゃい」
沈黙を打ち破り、青薔薇が歩き出す。
そのうしろを無言で続く。ダンスホールを抜け、謁見の間を抜け、かつて女王が使っていたとされる寝室へと辿り着く。
「ここが入り口ですわ」
「まさかこんなところが……」
豪華で大きなベッドが横にスライドし、上への階段が現れる。
「上……? この上は屋上……いえ屋根裏?」
そこで城の構造を思い出すローズマリー。
この寝室は城で最も高い場所。ここから行くなら地下ではないのか。
その疑問を知ってか知らずか、青薔薇は階段を登り始める。
「なるほど、空間が……次元が切り替わりましたわね」
「そう、ここは令嬢だけが入ることを許される特殊令嬢空間」
ほんの数段上がっただけで、周囲は煌めく星々に彩られる宇宙であった。
「これより一切の後退を禁じます。振り返ってご覧なさい」
いつの間にか分厚いガラスのような板が階段となっていた。
そして自分達が踏みしめてきた階段が、音を立てて砕けていく。
「ガラスの乙女令嬢ロード。一段登れば下段が砕け、後戻りを決して許さぬ儚き道」
「まるで乙女心のような繊細さですわ。令嬢心理を匠に演出しておりますわね」
名家のご令嬢は、この程度ではうろたえない。
様々な死線を潜り、頂上を越えた令嬢技をその身に受ける。それが令嬢である。
こんなものは耐性ができているのだ。
「この空間に満ちる力……乙女座のものですわね」
令嬢といえば乙女座である。お嬢様は星座占いも詳しくて当然。
その中でも一流の淑女を目指す令嬢にとって、乙女座とは守護星座に近いものである。いかなる時でも令嬢を見守り、消えることのない光。令嬢らしさで満ち溢れた星々である。
「そう、ここは乙女座に近く令嬢パワーの満ちる銀河。乙女座銀河団の一つ。その中心へと続く道」
「これほど美しい場所が、なぜ地獄めぐりなどと……」
「ここでの令嬢ファイトは、その生命を星々のように煌めかせ、美しく輝く披露宴。ですが同時に退路のない戦場でもあります。試練に心を折られ、相手の独壇場となる。プライドは砕かれ、身体に深刻なダメージを負う。それは令嬢としてまさに地獄」
「綺麗なバラにはなんとやら、ですわね」
階段を昇るたびに感じる強い波動。並々ならぬ令嬢パワー。
待ち受けるものが何であれ、ただで帰ることはできないだろうと、新たに決意を固める。
「見えてきましたわ。最初の地獄が」
青薔薇の指示す先にあるのは城。それも日本の城である。
「あれが第一のお城です」
「こ、これは安土城!?」
その姿は安土城そのものであった。
「日本の城は芸術品としても価値が高い。故に消える前に令嬢銀河へと飛ばされた。当時の悪役令嬢の手によって、秘密裏にね」
「待っていたわ。新たなる悪役令嬢さん」
天守閣が縦に割れ、令嬢ファイトのリングが現れる。
どれも超一流の素材で作られていた。
「なんて強い闘気……話しかけられただけで、意識を奪われかけましたわ」
令嬢ファイト用に動きやすさを重視した着物。
その紫を貴重とした和服と、美しい蝶の刺繍。
妖艶なる黒髪。
「ごきげんよう、悪役令嬢ローズマリーですわ」
それでも挨拶と礼は欠かさない。
一流令嬢としてのプライドが、ローズマリーを支えていた。
「ふふっ、ごきげんよう。今回の獲物は活きが良いわね、青薔薇」
「ええ、隠し玉ですの」
ローズマリーは、青薔薇と対等に話す女性に見覚えがあった。
極秘裏に作られている蔵書、悪役令嬢名鑑にその名はある。
「まさか……まさか……」
「そう、彼女はあの第六天魔王、織田信長の妻」
「濃姫よ。よろしくお願いするわ、ローズマリー」
女王と呼べる容姿と、堂々たる佇まい。
偽物には出せないオーラであった。
「ご本人……? いいえ、歴史書に乗るほどの令嬢がそんな……」
「魂だけよ。肉体はずっと昔に滅んだわ」
令嬢銀河にて、悪役令嬢を見極めるため。
そのために魂だけで乙女座銀河団に残る令嬢の一人である。
「それでも、新米令嬢くらいなら倒せるわ。いらっしゃい」
「そう……ですわね。令嬢ファイトをしに来たのでしたわ。ならば第一地獄、胸を借りますわ、濃姫様!!」
リングに降り立ち、令嬢パワーを開放するローズマリー。
それを楽しそうに眺め、純金のコーナーポストに背を預ける濃姫。
「参ります!」
瞬時に詰め寄り、令嬢クロスチョップを繰り出す。
しかし、傷つけたのはポストのみ。
「濃姫様はどこへ……はっ!?」
上空をまるで蝶のように華麗に舞う濃姫。
その姿に思わず見入ってしまう。それが致命的なミスだとしても。
「令嬢胡蝶落下!」
蝶が花に止まるように優雅で、それでいて急速な落下によるジャンピングニー。
両手を広げての急降下アタックを、横に飛ぶことでかろうじて交わす。
衝撃にリングが、安土城が揺れた。
「やるじゃない。これを避けるなんて」
「まだまだこれからですわ!」
飛んだ力を活かし、ロープで勢いをつけてのドロップキック。
回転を加え、ドリルのような鋭さの蹴り。
令嬢パワーのコントロールに長けたローズマリーの得意技である。
「ダークスパイラルブレイク!」
「無駄よ」
天高く飛び、もう一度胡蝶落下の耐性へと入る濃姫。
だがローズマリーとて無策ではない。
蹴りの勢いを殺さず、そのままロープへと突っ込み、反動で天へと昇る。
「二度同じ手にはかかりませんわ!」
恐るべき瞬発力で、逆に濃姫の上をとったのである。
「この子……私より高く!?」
「蝶の羽、掴みましたわ!」
両腕を後方へと捻り上げ、前のめりにリングへと落下していく。
たとえ濃姫といえど、無傷では済まない高さだ。
「褒めてあげるわローズマリー。お世辞じゃない。貴女は一流の悪役令嬢よ。けれどまだ足りないわ」
濃姫の両腕から紫の令嬢パワーが溢れ出し、蝶の羽を形成した。
それにより浮力を得たためか、ふわりと空中で勢いを殺しながら反転する。
「蝶は自由に飛ぶもの。誰の成約も受けない。これど令嬢胡蝶返し!」
技を掛ける前とは逆の立場となり、ローズマリーが腕をひねられ落下する。
「うあうっ!?」
「蝶のように舞い、鉢のように刺す。これぞ私の真髄よ」
リング中央に叩きつけられ、全身を襲う衝撃がローズマリーの魂すらも蝕む。
どうにか引き剥がして距離を取るも、そのダメージは決して浅くはない。
「濃姫の別名は帰蝶。その由来は蝶の名を冠した技からだというわ」
「なるほど。納得ですわ」
「もう諦めて帰ったらいかが? 貴女はまだ若い。ここで無意味に命を散らすこともないわ」
「お気遣い痛み入りますわ。ですが、これはわたくしの命を、令嬢としてのすべてを掛けてでも成し遂げねばならぬこと。心配ご無用ですわ!」
そして極限まで令嬢パワーを高めていく。
「パワーの量ではない……やはり何かが足りませんのね」
それでも花嫁令嬢になれない自分を客観視し、原因は別にあると結論付ける。
「ですが諦めませんわ。まずは濃姫様を倒す! 真紅の薔薇よ!」
胸に飾ってある真っ赤なバラに手を伸ばし、その蔓をリングへと張り巡らせた。
「蝶が止まるには、このバラのトゲは鋭くってよ!」
「そんな花に止まるからこそ、蝶は美しいのよ」
蔓の上を平然と歩く濃姫。だがそれは、ローズマリーの策であった。
肉薄し、接近戦に持ち込んだ。
「参りますわ!」
暗黒令嬢パワーを両手にみなぎらせ、令嬢チョップの嵐を見舞う。
「無駄よ無駄。そんな物に当たりはしない。暗黒火縄銃!」
ひらりひらりと攻撃をかわす濃姫。
指先から紫炎の弾丸を乱れ打ち、勝利を確信した笑みを絶やさない。
その余裕の笑みが、中空に舞った瞬間に消えた。
「これは!?」
ローズマリーのバラがリングから天へ伸び、まるで鳥かごのように覆っていた。
「即席の虫とり網ですわ!」
「小癪な!」
バラから発せられる赤い衝撃は、蔓に触れた濃姫を拘束し、突き刺ささっていく。
「悪役令嬢奥義、ざまあローズホールド!」
「くううぅぅぅ!? こんなことで……負けてたまるものですか!」
無理矢理拘束を引きちぎり、傷ついたオーラの羽で宙を舞う。
「逃しませんわ! ダーク婚約破棄トルネード!」
濃姫に向けて必殺令嬢技を放ち、黒き竜巻は赤い閃光と緑の蔓で彩られていく。
その中を悠々と飛び回るローズマリー。
その両腕は黒い令嬢パワーで染まり、蝶の羽のようであった。
「まさか!? この小娘……私の技を!?」
自由に飛び回る羽は、竜巻の中で身動きの取れない濃姫を斬り裂いていく。
「終わりですわ! 地獄の底までごきげんよう! ダークネス・バタフライドリーマー!!」
回転をつけ、黒い羽で濃姫を覆い、そのうえ令嬢パワーにより拘束を増した、新フェイバリットホールドである。
「すべては胡蝶の夢。その儚き夢は、令嬢の愛と気品に似ている。勉強させていただきましたわ」
「そう……それはよかったわ」
濃姫は抵抗を止め、そのままリング深くへと突き刺さった。
そこには悔しさも恨みも微塵もない。
実力を出し切って負けた清々しさがあった。
「勝者、ローズマリー!!」
「濃姫様、今回復を……」
駆け寄るローズマリーを手で制し、よろめきながらも立ち上がる。
一流の令嬢として、無様を晒す訳にはいかないと、精一杯の維持であった。
「必要ないわ。私は魂のみの存在。しばらく休めば回復する」
事実である。令嬢魂は不滅。濃姫ほどの令嬢ならば、自然治癒力も高いのだ。
「それよりもローズマリー。次の試練はさらに厳しいものになるわ。心してかかりなさい」
「はい! 濃姫様とのファイト、忘れませんわ!!」
第一関門を突破したローズマリー。
だがこれから地獄の本質を知ることとなる。
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