いじわるな姉と母を討伐せよ
休憩中に体力を回復させたマリアベルとシンデレラ。
ここからはさらに過酷な令嬢ファイトとなった。
並み居る令嬢を薙ぎ倒し、決勝に駒を進めた二人の相手はなんと、シンデレラの母と姉であった。
「いらっしゃいシンデレラ。今日であなたは一生召使いが確定するのよ」
「王子様の前で恥をかかせてあげるわ」
今まで出会った敵よりも邪悪な笑みであった。
だがここでマリアベルにの頭に疑問符が浮かぶ。
「紫のオーラが出ていない? これはどういうことですの?」
「二人はもとよりこういう人ですわ」
「なるほど、では遠慮も容赦もいたしませんわ!」
「ぬかせ小娘が!」
令嬢ファイト開始のゴングが鳴り響く。
先に仕掛けたのは母と姉。
左右に動きながらも、スピードを落とさずに距離を詰める。
「さあ、血の花を咲かせなさいシンデレラ!」
二人のドレスが翻り、シンデレラを狙う。
マリアベルのことなど眼中にない。
ただシンデレラを潰すために動いていた。
「悪役令嬢秘技、令嬢クロスカッター!」
純金に宝石をあしらったコーナーポストへと追いつめられたシンデレラ。
その顔には焦りも恐れもない。
「無駄ですわ!」
大きく跳躍して攻撃をかわすと、ポストに切り傷がつく。
「仕込みドレス!」
「相変わらず醜い心とファイトですわ」
ドレスのフリルに刃を仕込んでいたのである。
あまりにも姑息な手段に呆れ返るマリアベルとシンデレラ。
本来令嬢たるもの、レッスンに励めば刃を超える攻撃など容易い。
レッスンを怠っている証明でしか無いのである。
「勝てばいい……勝者こそが正義ですわ!」
「では、やはり正義は私とシンデレラ様にあり、ですわね」
「どうかしら……ああああぁぁぁ!!」
紫オーラを纏い、禍々しい笑みと獰猛な赤い瞳。
悪のオーラが母と姉を包む。
「シン……デレラアアァァ……」
「消えなさい……シンデレラ……滅びを……」
「どうにも主犯ではない気がしますわ」
「ですわね。まずは正気に戻しましょうか。クリスタルシューズ!!」
シンデレラの靴が伝家の宝刀、必殺の装備ガラスの靴へと変化した。
「正気に戻っても、あまり変わらない気もしておりますわ」
「まあ、マリアベル様ったら」
笑い合いながら攻撃を交わし、確実にダメージを入れていく二人。
パワーは上がっても、正気ではない。そして地力も低い。
そんな母と姉に負ける道理など無いのである。
「婚約破棄ハリケーン!」
マリアベルの持ち技、婚約破棄ハリケーンが炸裂。
天井ギリギリまで吹き飛ばされた敵は、抵抗できずにいた。
「正気に戻ってください……クリスタルきりもみシュート!!」
竜巻の流れを利用し、母と姉に光の蹴撃を食らわせるシンデレラ。
そのまま超高級マットに叩きつけられた二人は、誰が見ても完全に再起不能になったように見えた。
「時は来た……今ですわ」
ただひとり、薄く笑みを漏らすものがいた。
「シン……デレラアアァァ……」
突然母と姉がシンデレラの靴に抱きついてきた。
それは確実に倒したと思っていたシンデレラにとって、不意打ちとなり、身動きできなくなってしまう。
「シンデレラ様!」
「くうっ、これは……令嬢パワーを流し込まれている? 違う。これは靴が!?」
靴に暗黒令嬢パワーを流し込んだ二人は倒れ、完全に動きを止めた。
「靴に力が……わたくしの言うことを聞かない!?」
なんとガラスの靴が黒く光り、シンデレラのもとを離れて飛んでいく。
あまりにも予測不可能な事態に、誰も動くことなどできなかった。
「ようやく、ようやくワタシのもとへ……これで全てが揃った」
ガラスの靴が飛んでいった先は、もうひとりの姉の前であった。
「この時を待っていましたわ!」
姉に装着される、黒いガラスの靴。シンデレラ以外には履くことができないはずの靴が、すっぽりと嵌っているのである。
「どうし……て……お姉様?」
「ふ、ふはははは。オオーッホッホッホッホ!! やりましたわ! これでワタシがシンデレラですわああぁぁ!!」
大声で勝利宣言をする姉。そこには邪悪な笑みがあった。
意味がわからず、呆然と立ち尽くすマリアベルとシンデレラ。
「どういうことですの?」
「知る必要はありません。もう用済みですもの。とりあえずタッグ優勝おめでとうございます。そして、シングル優勝者のワタシ……シンデレラから、王子様とダンスを踊る権利が行使されますわ!」
音楽が鳴り響き、王子様が現れる。
舞踏会用に着飾った、美しい金髪を持つ美男子。
用紙と漂う気品は正に王子であった。
「さあ王子様、このシンデレラと踊りましょう」
「これは……どういうことだ? 私の知る限り、貴方はシンデレラではないはず。踊ることに異論はないが、説明してはくれないか?」
「なにをおっしゃるの王子様。ガラスの靴。この靴こそシンデレラの証。これが運命ですわ」
王子の瞳から光が消えた。頭を抑えて頼りない足取りで姉のもとへ歩く。
「シンデレラ……ガラスの靴……なんだ……? 頭が……思考がまとまらない……」
まるで強い何かが後押ししたかのように、急激に場が動き始める。
「さあ、シンデレラと踊りましょう」
「ああ……踊ろう……シンデレラ……」
「王子様!!」
ガラスの靴は王子様と結ばれるための必須アイテム。
それを奪われたシンデレラは、ここからのストーリーを繋げる手段を失ったに等しい。
「王子様! その方はシンデレラではありませんわ!」
本物のシンデレラの叫びも王子には届かない。
目から生気の消えた王子は、姉と踊り始めてしまった。
彼女に侮蔑の目を向けた姉は、冷酷に言い放つ。
「どなたか存じませんが……今は王子様とワタシ、シンデレラの時間ですわよ。一曲くらい静かになさってはいかが?」
「そん……な……」
崩れ落ち、目に涙をため、懸命に悲しみに耐えるシンデレラ。
泣くまいと思っていても、徐々に涙は溢れ出す。
「シンデレラ様! お気を確かに!」
シンデレラの服が、綺麗なドレスからボロの服へと戻ってしまう。
「そんな……どうして? まだ十二時にはなっていないはず!」
「その女性は負けを認めたのです。心が折れてしまった。だから魔法が解けた。その方の物語はここでおしまい。ただそれだけですわ。オーッホッホッホ!」
「ああ……服が……舞踏会のための服が……」
消えてしまったドレスをつかむように、自分の体を強く抱きしめる。
しかしどれだけ願っても、着ているものはボロ服のまま。
それがいっそう彼女の心を締め付ける。
「シンデレラ様! しっかりなさって! まだ負けたわけではありませんわ!」
「ああ……マリアベル様。ですが、もうガラスの靴も、綺麗なドレスも、わたくしには何もない……うあぁ……こんな姿で……王子様と踊るなんて……」
「あらあら、楽しいダンスパーティーで泣いてしまうなんて、令嬢失格ですわよ」
そして曲が終わる。名残惜しそうにしていた姉が、王子と離れるが、それでも王子の心は戻らない。
完全に姉をシンデレラだと思い込んでいる。
「さあ、次は誰だい?」
「そちらのボロ服を着ている方は、王子様には不釣り合いですわ。美しいドレスの、確かマリアベル様でしたわね。先に王子様と踊られてはいかが? 案外、王子様のハートを射止めることができるかも。オーッホッホッホ!」
「次は君かい? 美しい方だ……さあ、一曲踊ろうか」
王子に差し出された手を受けることはせず、マリアベルは跪いて願い出た。
「恐れながら王子様。このマリアベル。王子様とのダンスの時間を、あちらのシンデレラ様にお譲りいたしますわ」
「なに?」
「なんですって?」
「……マリアベル様?」
マリアベルは信じていた。本物の、真実の愛は、物語の力になど負けはしないと。
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