王子様と踊る権利を手に入れろ

 無事にお城へとたどりついたマリアベルとシンデレラ。

 城内は煌びやかな装飾と、この世の闇を照らす清らかさすら持っていそうな明かりでいっぱいである。

 二人は急いで入り口にある受付へ走り、タッグ令嬢ファイトの参加登録をした。


「本来はわたくしが一人で参加するところですが」


「二人の義姉様が気になりますわ。万全の策をとりましょう」


「まことにありがとう存じます」


 ここにきて、いまだにいじわるな母と姉からの襲撃はない。

 最悪のケースとして黒幕であることも考え、単独行動を避けたのである。


『お集まりの令嬢の皆様! 只今より、王子様とダンスの権利をかけて、令嬢ファイト予選を開始いたします!』


 参加する令嬢達が中央に集ると、観客席に結界が張られる。

 一瞬で城内は令嬢ファイトのリングとなったのだ。


『司会進行はセバスチャン改ファイナルミックスがお送りいたします!』


 マイクを手に現れた、セバスチャンマークツー零式とよく似た人物。

 ヒゲの色も形もうりふたつであった。


「あの方は……セバスチャンに似ていらっしゃる?」


「セバス星で最も優れた証、ファナルミックスの称号を持つ最高峰執事、セバスチャン改ファイナルミックスですわ」


 令嬢専門の執事を輩出するセバス星でも古参の万能究極執事だ。


『ルールは簡単! シングルはシングルで。タッグはタッグで戦い、十勝したご令嬢が結界の外へと送られる令嬢バトルロワイヤルです!』


 実にシンプルであった。令嬢とはいかなる状況でも優雅に勝利し、ドレスを汚さず、王子様のダンスのお相手もできなくてはならない。一流の令嬢とはそういうものである。


『では令嬢ファイト、開始!!』


「よろしくお願いいたします」


 令嬢一同の礼から一斉に動き出す。距離を取るもの。不意打ちを狙うもの。

 こちらがシンデレラだと知り、複数で強敵を倒そうと向かって来るものもいた。


「シンデレラ様、お覚悟!」


 悪役令嬢達が上下からの同時攻撃に出る。

 しかしそこは歴戦の童話令嬢。上空より襲い掛かる令嬢の足を掴みマリアベルへと投げる。


「手加減はして差し上げますわ」


 軽く攻撃して意識を狩り取るマリアベル。

 そのとき既に、シンデレラによってもう一人は倒されていた。


「あと九組。なんとかなりそうですわね」


 そこから順調に八組倒し、合計九組。あと一組倒せば本戦出場というところまできた。

 そもそも敵うはずのないタッグであり、間違いなく令嬢史に刻まれるファイトである。

 苦戦するはずがなかった……はずであった。


「だいぶ数が減りましたわ」


「ええ、残っているのは逃げ隠れしていた者か……」


「時間をかけて相手をなぶる趣味の悪い令嬢か……」


 黒いドレスを身に纏い、ゆっくりと歩いてくる二人の令嬢。

 その顔には悪辣で趣味の悪い令嬢ですと自己紹介しているかのような笑顔が張り付いている。


「悪役令嬢クーア」


「同じくツーラ。覚悟!」


 高速で動いて相手をかく乱しながら迫る戦法を得意とする二人。

 シンデレラをすり抜け、二人同時にマリアベルを狙う。


「ようやくまともなタッグプレイが見られましたわね」


 いかに速かろうとも、令嬢舞踏を理解できなければマリアベルをとらえることなど不可能。


「当たらない!?」


「そんなどうして!?」


「マリー様……技をお借りいたしますわ! ホーリーライトニングロンド!!」


 マリアベルの両腕が光り輝く。死線を潜り抜けた友の技。

 見よう見まねで本人より精度は落ちるが、半端な悪役令嬢を倒すには十分であった。


「きゃああぁぁぁ!?」


 クーアが吹き飛ばされ、意識を失った。

 そんなクーアの影に隠れ、技をくらいながらも逃げようとするツーラ。


「パートナーを盾にするとは、令嬢の風上にもおけませんわ」


 シンデレラの令嬢チョップでその場に倒れたツーラ。これで十組終わった。

 そう確信し、二人が気を抜いたそのときである。


「クケケケケ。終わりだ! シンデレラアアァァ!!」


 足元に倒れていたツーラが、突然紫のオーラに包まれ、真っ赤に瞳を輝かせる。


「なっ!? 確かに意識を……」


 シンデレラを羽交い絞めにすると、吹き飛ばされたはずのクーアも紫に染まり、マリアベルを無視してシンデレラへと走る。

 そのスピードは最早人間のものではなかった。


「ケケッケケケケケ!!」


「間に合わない! こうなれば!!」


 マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。

 誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。

 一秒にも満たない刹那に彼女のドレスは純白のウエディングドレスへと変わる。


「マリアベル様……なんとお美しい……」


 そのあまりの美しさに拘束されているシンデレラすらも見入ってしまう。

 時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。


「今ですわ! 恋心ブロークンハート!!」


 溢れ出す光がツーラとクーアの胸に吸い込まれる。

 恋心ブロークンハートとは、令嬢ならば誰しも経験する恋愛の痛み。

 恋焦がれる気持ちに、文字通り正義の心で火をつける令嬢奥義である。


「邪気爆滅!!」


 相手を思い眠れないほどの恋。失恋の痛み。

 それらを爆発させて相手の悪しき心を清める正義令嬢の必殺技である。

 加減が難しく、生粋の悪役令嬢には効き目が薄いため、通常状態のマリアベルはこの技を使わない。


「助かりましたわマリアベル様」


 まるで憑き物が落ちたようにゆっくりと倒れる二人の悪役令嬢。


「いいえ、礼には及びませんわ。私達二人の敵ですもの。うまくいってよかったですわ」


 例外的に今回は紫の暗黒オーラを取り除くために使っただけ。

 花嫁令嬢化して咄嗟にこの技を思い出し実行した。

 日頃のレッスンと類稀なる令嬢センスによるものだ。


「それでも助かりましたわ。それに、そのお姿は?」


「ああ、これは……奥の手ですわ」


 言われて花嫁化を解除する。マリアベルはこれを、いじわるな姉との令嬢ファイトまで隠しておくつもりだった。

 シンデレラのピンチ。敵はヘタをすれば自爆でもしかねない状況であったため、急遽使ってしまったのである。


「してやられた……かもしれませんわね」


『これで最後の一組が決定いたしました! 小休止を挟み、トーナメントへと続きます』


 ここで結界が消え、料理と飲み物が改めて運ばれる。


「今のうちに休んでおきましょう」


「ええ、ここからはさらに厳しくなりそうですわ。ですが、なぜタッグもあるのでしょう?」


「この令嬢ファイトは王子様とのダンスの時間と順番を決めるためですわ。王子様は一人。全員と踊っていては時間が足りません。シングルでやっていると余計に時間がかかります」


 食事をとり、令嬢パワーを回復させた二人は順調に勝ち上がり、決勝戦へと進むのであった。

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