カボチャの馬車を手に入れろ

 童話の世界はさらに進み、お城で舞踏会のある日。

 この日はシンデレラが魔女に出会い、カボチャの馬車でお城へ向かう日である。


「雑用は全て終わり。あとは魔女を待つだけですわ」


「ええ、ですが……おかしいですわね。もういらっしゃってもおかしくはない時間ですわ」


 魔女を心配して庭へ出ると、そこにはネズミや鳥のように真っ赤な目をした魔女が立っていた。


「ケケケケケ……滅びを、令嬢に滅びを!」


 紫のオーラが噴き出すと、ハロウィンの飾りのような顔のカボチャが集まり、人型へと変わる。

 オレンジのカボチャがケタケタと笑う。


「あれを収穫しなければ、馬車は手に入らないようですわ」


「やれやれですわね。では、ぱぱっとお料理いたしましょう」


 令嬢ロ-・ハイをランダムに繰り出す令嬢キックの乱打がカボチャの軍を襲う。


「これは……生身では少々手間取りそうですわね」


 硬い筋肉のようなカボチャの外皮は、鎧としての役目を果たす。

 シンデレラのキックも、表面をへこませるだけであった。


「ケケケ……その程度の実力では……舞踏会など夢のまた夢よのう」


「それはどうかしら? マリアベル様、令嬢パワーを一点に集中させるのです」


「よろしくってよ。はあぁぁ!!」


 二人がその手に凝縮させたパワーは、どんな刃よりも鋭い凶器となる。


「参りますわ!」


 研磨し続けたシンデレラの手刀はカボチャの頭部を容易に貫く。


「なんじゃとっ!?」


「料理は乙女のたしなみですわ。乙女心インパクト!」


 内部にパワーを浸透させ、鎧の内側からカボチャを破壊するマリアベル。

 個々の力で劣っている硬いだけのカボチャでは、令嬢には敵わないのである。


「ええい、数ではこちらが有利! 囲め囲めい!」


「ならばまとめてお掃除いたしますわ! 婚約破棄ハリケーン!!」


 令嬢パワーを染み込ませた竜巻は、カボチャの軍をまとめて上空へと舞い上げる。


「クリスタルシューズ!」


 シンデレラの靴が輝くクリスタルへと変わる。

 舞踏会で履き、王子様との結婚に一役買った、誰もが知る装備ガラスの靴。


「令嬢奥義、クリスタルブレイカー!」


 竜巻の中央へ向けて、美しき一筋の流星が落下する。

 愛と神秘の輝きは、カボチャにかかった魔力を吹き飛ばし、元のハロウィンの飾りへと変えた。


「あれがシンデレラ様の令嬢奥義……なんという美しさでしょう……」


「クウウ……おのれ正義令嬢! どこまでも邪魔をするか! くらえ暗黒魔連弾!」


 紫のオーラを両手から連射し、目から真っ赤なビームを放つ魔女。

 周囲を爆風が満たすなか、華麗に令嬢舞踏で回避しながら魔女へ近づくマリアベル。


「なぜじゃ、なぜ当たらん!」


「そんな直線的な攻撃では、私を仕留めることは不可能ですわ! 消えなさい、悪しきオーラよ!」


 魔女に急接近して聖なるパワーを流し込む。


「グウウゥゥ……お、おのれ正義令嬢……ギイイイイ!?」


 空間を引き裂くような断末魔を上げ、紫のオーラは掻き消えた。


「…………はっ、ワシはなにを……?」


 魔女の暗黒令嬢パワーは消え去った。魔女は優しい人の良さそうな笑顔を取り戻す。


「正気に戻ったようですわね」


「コツがつかめてきましたわ」


 正気に戻った魔女に事情を話すと、やはりいつの間にか心が暗黒に捕らわれていたとのこと。


「面目ない……まさか魔女が魔に魅入られてしまうとは……お詫びといってはなんですが、馬車を強化いたしましょう」


 魔女が木製の杖を振ると、カボチャの馬車は豪華な装備で覆われる。

 それは中世の馬車であり戦車。魔法とカボチャのチャリオット。


「これで城までの悪役令嬢を薙ぎ倒せますじゃ」


「なんと凛々しくも雄雄しい馬車……素晴らしいですわ!」


「まことにありがとう存じます」


 二人はこれを気に入った。これで大抵の令嬢に勝てるだろうと感じている。


「シンデレラ様のドレスも強化し、潜在能力を限界を超えて引き出せるようにいたしました」


 童話シンデレラの表紙を飾り、令嬢の憧れとなるシンデレラのドレスは、それだけで全人類を魅了するほどであった。

 そこに本人の魅力が加われば、前代未聞の美女が降臨する。


「お気をつけくだされ。魔女ですら飲み込むほどの悪意。並大抵のことではありませぬ。いかにシンデレラ様といえど、油断は禁物ですじゃ」


「ご安心を。今回はマリアベル様がついていますわ」


「誠心誠意、シンデレラ様とこの世界のために戦いますわ」


 魔女を安心させる優しい笑顔である。


「ありがとうございます。どうか……どうかこの世界に平和を。シンデレラ様が幸せになれるよう……」


「ええ、お任せくださいまし」


 そして二人はお城までの道を戦車に乗ってひた走る。


「シンデレラだ! シンデレラが来た!!」


「ここで止めるのです!」


 シンデレラを止めるため、洗脳で強化された悪役令嬢が立ち塞がる。

 しかし戦車の圧倒的な頑丈さと突破力により木の葉のように飛んでいく。


「よし、このままいけば舞踏会に間に合いますわ!」


 夜の森を疾走する馬車。やがて背後から大きな音が響く。


「シンデレラ様! 後ろを!」


 現れたのは、真っ黒な令嬢戦車。悪役令嬢が戦車戦で使うものである。


「追ってきますわ!」


「あれもいじわるな姉に雇われた悪役令嬢ですわね。ここで倒さねば、お城の景観を損ないますわ」


「ふっふっふ、シンデレラ様、お命頂戴いたしますわ!」


 横に並んだ戦車がぶつかり合う。魔女によって強化された戦車であっても、衝撃と揺れまでは消すことができない。


「カボチャのくせに頑丈な。ならばダークドリル起動!」


 黒い戦車の横から巨大なドリルとチェーンソーが飛び出す。

 外装を削り取る作戦に出たようだ。


「プリズムウォール!」


 七色のオーロラが武器を包み込み無力化していく。

 童話の世界に物騒な兵器を出さないように、シンデレラが編み出した奥義である。


「小賢しい真似を!」


「カーブで引き離しましょう」


 急なカーブを駆け抜けるカボチャの馬車。馬そのものも強化されており、速度を落とさずに曲がり続けるという匠の技を披露してくれる。


「無駄ですわ! 悪役令嬢の戦車は日々進化を続けているのです! 追撃のダークパワー!」


 まるで砲弾のようなドス黒い力が打ち出され、カボチャの馬車を揺らす。


「大砲を積んだ戦車ですか……メルヘンの欠片もございませんわね」


「マリアベル様、馬車をお願いしますわ。あんなものが童話の世界にあっては、子供達の夢が壊れてしまいます」


「ええ、承りましたわ」


 馬車の屋根に乗り、令嬢パワーを解放するシンデレラ。童話の主人公として。一人の正義令嬢として。子供達の夢と愛を守るために、彼女の力は爆発的に上昇する。


「わざわざ馬車から出てくるとは……狙いが付けやすくて助かりますわ! とった! シンデレラ、完!!」


 悪役令嬢の放つ最大砲撃をシンデレラは片手で受け止める。


「こんなもので童話のヒロインを倒せるつもりとは、片腹痛いですわ!」


「なにぃ!?」


 伊達に全世界で知られる令嬢ではない。厳しいレッスンに取り組み、令嬢ファイトで戦闘経験を積んだその力は、半端な悪役令嬢では到達できない境地である。


「このまま、お返しいたしますわ!」


 掴んだ砲撃に自分の力を上乗せして投げ返す。


「きゃああぁぁ!?」


 爆発を起こした令嬢パワーは、見事敵の馬車を砕いた。


「お見事ですわシンデレラ様」


「強化ドレスのおかげですわ。さ、舞踏会に遅れないよう、ペースを上げますわよ」


 日の落ちた頃、ついにお城が見えてきた。豪華絢爛。優雅で雅なその姿は国の象徴である。


「待っていてください王子様。必ずやお救い致します!」


 馬車を止めた二人は、正門より城への突入を開始した。

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