童話令嬢シンデレラ編

童話令嬢SOS

 伝説令嬢との激闘から一週間。

 傷を癒すため、令嬢御用達の温泉へとやってきたマリアベル。


「温泉……素晴らしいですわ。美容効果ありで気力体力ともに回復できて景色もいい。最高の休日ですわね」


 名家のご令嬢だけが泊まることを許される、超高級温泉旅館を満喫していた。


「露天風呂……お屋敷にも作って……いいえ、この景色がなければ魅力半減。ここに来る楽しみは残しておきましょう」


「ごきげんよう。どうです湯加減は?」


 露天風呂に別の令嬢が入ってきた。

 美しい金髪碧眼と白い肌。マリアベルよりも年上だろう。

 芯の強さと優しさが令嬢パワーとなって滲み出ている。


「あらごきげんよう。とってもいい湯ですわ」


 軽く礼をして、並んで露天風呂につかる二人。とても絵になる光景だった。


「正義令嬢、シンデレラと申します」


「正義令嬢マリアベルですわ。シンデレラ……あの有名な童話令嬢の……」


 童話の世界にも令嬢は存在する。なかでもシンデレラは二人の姉と壮絶なデスマッチを戦い抜き、王子と結ばれたラブ・アンド・サクセスストーリーとして有名である。


「ご存知でしたか。お恥ずかしながらシンデレラですわ」


「私にとって幼少期の憧れでしたわ。数々の鮮烈なファイト。ガラスの靴が愛でダイヤモンドに変わるなど、胸をうつシーンばかりですわ」


 マリアベルの語りに熱が入る。

 幼少期に接する童話として、白雪姫や人魚姫と並ぶ超メジャー令嬢だ。

 ご多分に漏れず何度も読んだ話だけに、すっかりファンになってしまっていた。


「そう、よかった……だからかしら……わたくしが見えるのは」


「見える……?」


「正義令嬢マリアベル様。折り入ってお願いがございます」


 改めてマリアベルの瞳を見つめるシンデレラからは、決意と覚悟が滲み出ていた。


「どうか……わたくしとともに、童話の世界をお救いください!」


「童話の世界を……失礼ながら、シンデレラ様は私よりもずっと優れた正義令嬢。正直、私が出る幕など……」


「今のわたくしは、かろうじて令嬢パワーでこの身を繋ぎ止めているだけ。童話の世界が侵食されれば、この身も消えるのです」


 シンデレラによれば、ある日突然現れた謎の悪役令嬢によって童話の世界が侵食され、書き換えられているとのこと。

 書き換えられてしまった世界を最初から浄化し続けて、親玉のところまで行かなければならない。


「それには童話令嬢だけではダメなのです。物語は読む人間がいなければ成立しない。読み手であり体験者として、正義令嬢の若きエースであるマリアベル様にお願いに参りました」


「喜んでお引き受けいたしますわ」


「よろしいのですか?」


「ええ、子供の夢を奪おうとするなど、正義令嬢として許せませんわ。それに、私の大好きなお話を汚されて黙っていることなどできませんもの」


「ありがとう存じます。マリアベル様」


 こうして温泉からあがり、昼食を食べたマリアベルとシンデレラは、旅館の次元ゲートをくぐり童話世界へと入っていった。

 令嬢が訪れる会員限定の最高級旅館だ。お屋敷のようにゲートがあっても不思議はない。

 童話令嬢シンデレラとその物語を救うため、マリアベルは戦いに身を投じるのであった。





 あるところにシンデレラという、それはそれは美しい令嬢が住んでいました。


「ここが、わたくしのお部屋。全ての始まり。屋根裏部屋ですわ」


 薄暗い屋根裏部屋へと降り立った二人。

 掃除はされているものの、老朽化した部屋でした。

 豪華なお屋敷の屋根裏です。普通の家の屋根裏よりもずっと広く作られていました。


「このお洋服は……」


「シンデレラの物語をなぞりますから、まずは召使いのぼろぼろのお洋服からですわ」


 二人の衣装はとても令嬢が着るようなものではなかったのです。

 ぼろ服を身に纏い、それでも優雅な二人。粗末な服程度では二人の気高さ、美しさは失われませんでした。


「この日のわたくしは、いつものように雑用全てを押し付けられ、なんとか終えて部屋に戻ったところ」


「覚えていますわ。確かこの後、お友達の小鳥やねずみがもし人間以上の大きさだったらどう戦うか、そんなイメージトレーニングのシーンですわ」


「そう、それはあくまでもイメージ……しかし」


 なんと部屋の隅から紫色の闘気を漂わせた大きな鳥が現れたのです。

 二メートルを越えるような白い羽の鳥で、最早小鳥などというレベルではありません。

 その後ろからねずみが現れました。紫色のオーラと赤く光る瞳で睨みつけてきます。


「これは……実体化している?」


「ええ、どういうわけか……困ってしまいますわ」


「キイイィィィィ!!」


 鳥は大きな声をあげ、大きな翼とくちばしで二人に襲い掛かります。


「来ますわよ、マリアベル様!」


「ええ、よろしくてよ!!」


 まずマリアベルがくちばしを弾き飛ばし、ふらついた鳥にシンデレラの容赦ない追撃が降り注ぎます。


「正義令嬢奥義……シューティングスタースラッシュ!!」


 シンデレラの両腕から飛び出した光の刃は、鳥の翼を切り裂いていきます。

 するとどうしたことでしょう。鳥の紫色のオーラが弱まっているではありませんか。


「これは……」


「戦うことで、正気に戻せるとお考えくださいまし」


「そう、ならば心を鬼にいたしますわ!」


 背後から迫るねずみ。ですがマリアベルを捉えることはできませんでした。

 そう、令嬢舞踏を会得したマリアベルは、攻守共に磨かれているのです。

 野生の勘だけでは、その高貴な舞を見切ることは不可能でした。


「なんて美しい……流石ですわマリアベル様!」


 何度もターンをしながら、両腕に収束した令嬢パワーを練り上げ、激しく交差させていきます。

 令嬢パワーのコントロールも格段に上達していました。


「新必殺令嬢奥義! バーニングフラッシュ!!」


 愛と正義を愛する心が熱く燃え上がり、一筋の光となってねずみに直撃しました。

 そして、暖かい光は紫のオーラを消し、見事にシンデレラのお友達を救ったのです。


「こちらは終わりましたわ」


「ちょうどこちらも終わったところですわよ」


 小鳥もねずみも元の大きさで、真っ白い綺麗な体に戻っていました。

 助けてくれたお礼を言っています。


「ありがとうシンデレラ」


「ありがとう! わたしたち、なんだか夢を見ていたみたい」


「いいのよ、今のは悪い夢だったの」


 いったいどうしてしまったのか、マリアベルとシンデレラは事情を聞いてみることにしました。


「ごめんなさいシンデレラ。わたしたちには誰がこんなことをしたのかわからないよ」


「突然なにかが心に入ってきて、まるでわたしじゃない誰かが体を使っているようだったんだ」


 どうやら何も知らないようです。


「そう、もう気にしなくていいわ。また危険なことに巻き込まれないうちに、お家へお帰り」


「ありがとうシンデレラ。それにマリアベル!」


「二人も気をつけてね! 応援しているよ!」


 二人は責める事もせず、笑顔で送り出しました。


「犯人は相当狡猾な方のようですわね」


「ええ、しかもなにか怪しい術を使うみたいですわ」


「それでもマリアベル様とでしたら、きっとなんとかなりますわよ」


「精一杯期待に応えて見せますわ」


 とは言ったものの、謎の敵に対してなにも対策が取れていない。正体すらもわからない。

 この先どんな強敵が待ち受けているかもわからないのです。

 しかし、そんな状況にあっても、二人の闘志は少しも弱る気配を見せません。

 むしろお友達を巻き込む悪行に、正義の心が燃え上がりました。


「いつものレッスンより、ほんのちょっぴり骨がおれそうですわね」


「まだまだ物語は長いですわ。でもきっと、最後に勝つのは愛と正義。わたくしはそう信じております」


 童話世界を救う二人の戦いは、まだまだ始まったばかりなのでした。

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