愛と正義の令嬢舞踏

 次元ゲートを流れる光の道。その中を走る二人の正義令嬢、マリアベルとマリー・アントワネット。

 たずねる機会は今しかない。そう思ったマリアベルは、マリア・テレジアについて聞いてみることにした。


「お母様は……昔はもっと優しくて、家族を大切にする正義令嬢でした。ちょっと厳しいところはあっても、その指導には愛があった。誰からも慕われる、わたくしの目標でした」


「それがどうしてこんな悪事に……」


「変わり始めたのは、お父様が……病死したあとのこと」


 きっかけは父の病死。そう語るマリーには戸惑いがあった。


「しかも……検死の結果、毒を盛られていたことがわかったのです」


「毒殺!?」


「ええ。お母様は全ての人脈を使って犯人を捜しておりました。それでも見つからない犯人。やがてお父様のことよりも、後釜の地位を狙うものばかりになり、そのうち誰もお父様の話をするものがいなくなった」


「そんな……」


「わたくしは見たのです。当時の記憶が曖昧ながら、お父様の部屋に入る誰かを。思えばその方と宮殿でお会いする機会はほとんどなかった……でも、お父様が亡くなった夜も、確かに見たのです」


「思った以上に深い事情がありそうですわね」


 そこで次元ゲートの先が宮殿の外へと変わる。

 次元ゲートを通って現代に戻った彼女達が目にしたのは、暗黒の令嬢パワーによってどす黒く染められたベルサイユ宮殿であった。


「これはどういうことですの……」


「お母様の暗黒令嬢闘気が、宮殿を醜く作り変えている……なんておぞましい」


 無人の城門が開き、テレジアの声がする。


「やはり来たか……忌々しい子。リングで待っているわ」


「罠……ですわね」


「きっとわたくしを葬り、新しい体のテストをする気ですわ」


「ですが……ここで逃げては令嬢の恥。参りましょう」


 意を決して突入した二人を待っていたものは、リング中央で暗く、銀色に染まった髪を靡かせるマリー。青い瞳に変わっている。二人はどことなくマリーともテレジアとも違う気配を感じていた。


「逃げずに来たことは褒めて差し上げましょう」


 その隣にはマリアベルが過去で戦った、金髪赤目のツインドリルヘアーのマリー。


「わたくしが三人いるよう……不思議ですわね」


「ふふははははは!! もうすぐ一人になるさ。マリー、あなたを殺してね!」


「一人? どういうことですの?」


「この時代のワタシは、マリーを殺し、成り代わっていたワタシ」


「そして、ワタシはそんなマリーから全ての技術を受け取り、より研究を重ねた結果生まれた、いわば過去と未来の合作。より完成に近いクローン」


 過去と未来のマリー・アントワネットが重なり、漆黒のオーラに包まれながら融合を始める。


「妨害が入ることなど想定済み。その保険としてワタシとの融合機能をつけた。パワーが不足していた時のために。この時代で制御のできなかった肉体をより完璧なものとするためにね!」


「そんな……どうしてそこまで……わたくしのクローンなんて……?」


「お前が憎かった……圧倒的な才能でワタシを超え、注目の的であるお前が憎かった。正義令嬢として生き、ベルサイユ宮殿の頂点だったワタシが……老いさらばえていくことが虚しかった……」


 やがて融合したテレジアの身体は、金髪と銀髪が同居し、青と赤のオッドアイへと変わった。


「お母様……」


「いつまでも頂点でいたかった……なにが伝説令嬢だ……伝説といえば聞こえはいい。だが結局いつかは老いて負ける時が来る。所詮は過去の令嬢だ。お前達家族より先に消えたくなかった! お前の名声が! 誰もを魅了するその美貌が欲しい! 残ったお前を殺せば! 全てがワタシのものだああぁぁ!!」


 宮殿をよりいっそうの瘴気が満たす。最早マリーと呼ぶにはあまりにも醜悪なその姿は、テレジアの心の醜さそのものであった。


「全てを終わらせてやる……マリーも、邪魔をしたマリアベルもここで殺す。そしてワタシの新たな伝説の序章となるがいい!!」


「あなたの好きにはさせませんわ。マリー様の未来を奪おうとする悪行、ここで正してみせます!」


「正義令嬢として、お母様……いいえ、悪役令嬢マリア・テレジア! あなたはここで散るのです!!」


「ほざけ小娘が!!」


 三人だけが存在する宮殿の中、令嬢ファイトの幕があがる。


「ゴールド・ライジング。クラッシュ!!」


 テレジアの三本の縦ロールがドリルとなって二人を襲う。


「うああぁぁ!」


「くっ、これは古代令嬢殺法!? なぜテレジアが!?」


「ふふははは! この体ならば、いにしえの令嬢奥義ですら可能! 令嬢を凌駕する圧倒的な身体能力があればこそ!!」


「マリアベル様、ここは令嬢舞踏で!」


「ええ、参りましょう!!」


 左右から舞による同時攻撃が炸裂する。正義の怒りに燃えた二人の力は、まばゆい雷光となってテレジアに直撃した。


「ホーリーライトニングロンド!!」


「…………それが、どうしたああぁぁぁ!!」


 しかし、テレジアの強靭な肉体には通用しない。今のテレジアには、生半可な光など届かない。

 暗黒の鬼となったその魂を祓うには足りないのである。。


「なっ!? そんなことが!?」


「同時攻撃でも通用しないなんて……」


「無駄だ! マリーの力が二つ……それもワタシの手によって強化された至上のパワーが融合したのだ! オリジナルと正義令嬢の小娘では、万に一つも勝ち目はない!!」


「ならばもう一度……」


「遅い! ダークネスブレイカー!!」


 リングに深々と突き刺さったドリルが、暗黒令嬢パワーを地面に流し、二人の動きを止める。


「吹き飛べ!」


 瘴気と揺れにより足元がぐらつく二人を、地面から巨大なドリルが襲う。


「うあああぁぁ!?」


「きゃああぁぁぁ!!」


 防御できずに舞い上がった二人。天井に激突し、落下中にシャンデリアにぶつかって引っかかる。


「強い……なんてでたらめなパワー」


「二人がかりでも勝てないなんて……」


「脆弱にして惰弱。これで令嬢の伝説はワタシのもの! 過去の英雄などと持て囃されるものとは違う! 新たなる歴史を刻もう! ふふははハハヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 己の欲望のままに破壊の力を振るうテレジアは、令嬢ではなく、ただの化け物であった。


「それは……違いますわ……」


「まだ息があるか。そこで死のオブジェとしてシャンデリアの一部と化していればいいものを」


「わたくしは、お母様を尊敬していた。誇りに思っていたからこそ、厳しいレッスンにも耐えた」


「それでも! 人はワタシを忘れていく! 全ての人間の心にワタシの歴史を刻むまで! 絶対に止まることは無い!!」


「わたくしは……覚えていますわ。強くて優しくて、誰よりも家族を愛していた、そんなお母様を。わたくしは忘れない……ずっとずっと……絶対に忘れない!!」


 マリーの体から大量の光が迸る。

 光は宮殿を埋め尽くし、二人を包んでリングへと降ろす。


「そんな力がどこに……」


「助かりましたわマリー様」


「これは、わたくしの正義令嬢としての光。お母様と磨き上げた心の光ですわ!!」


「もういい! テレジアと同じ地獄で眠れ! 暗黒令嬢舞踏……ゴージャスハリケーンボルト!!」


 三つのドリルが羽のように広がり、高速回転することでどんな剣をも越える切れ味となる。

 斬撃から逃げ出そうにも、暗黒の暴風が逃げ足を鈍くするという隙のなさ。


「ううぅぅ、強い……ですが、わたくしは負けるわけにはいかない!」


「ぐうぅ……なんという激しい風……ですが、この流れなら!」


 二人は令嬢舞踏を極めつつある。先日まで初心者であったマリアベルも、激しい戦いの中でその才能を開花させていた。

 マリーの時代で行われた令嬢ファイトで、極限の疲労が無駄な力を抜いたのである。

 そこでコツさえ掴んでしまえば、正義令嬢の若きエースに不可能は無い。


「これもマリー様のご指導あってのことですわね」


「わたくしはきっかけを、最初に手を差し伸べただけ。お見事ですわマリアベル様」


「バカな……大人しくワタシの力に吹き飛ばされろ!!」


 いまだ暴風が吹き荒れる中、二人は流れに乗り、咲き誇る二輪の花となる。


「見えたっ! そこですわ!!」 


 平和を守るため。大切な母を救うため。二人の魂が極限まで燃え上がる。


「ダブル令嬢奥義……」


「セイントクロスシンフォニー!!」


 二つの光が一つとなって、テレジアの体を貫いた。

 その一点の穢れも無い輝きは、やがてテレジアの体を二つに分離させていく。


「バカな……融合が解けるだと!? 何故だ! なぜワタシが負ける!!」


「理由などたった一つ。わたくしが……誇り高き正義令嬢マリア・テレジアの娘だからですわ!!」


「あなたはマリー様のコピーであり、令嬢パワーの寄せ集めでしかない。そんなもので、家族の絆は汚せない!」


「……ううぅぅ……あり……がとう……マリー……」


「おのれマリア・テレジア! 今になって目覚めるだと!?」


 分割された二人のうち、一人はマリア・テレジアの姿であった。


「お母様!!」


 慌てて抱きとめるマリー。目を開けたテレジアにはもう殺気はなく。ただ我が子へと自愛のまなざしを向ける母親がそこにいた。


「ごめんなさいマリー……辛い思いをさせたわね」


「これは……正義令嬢パワーが、分割する瞬間にテレジア様の魂を分け、体を再構成した?」


「私はマリーの母ですもの、きっと、きっと勝ってくれると信じていたわ。その時のために、クローンには仕掛けをしておいたのよ」


「そんな……体の融合だけでなく、精神の融合まで解けるだと!!」


 うろたえる銀髪で青い瞳の女。マリーともテレジアとも違う。マリアベルの知らぬ女だ。


「あなたは……間違いない! 忘れもしない! お父様の部屋から出てきた人!」


「悪役令嬢カロリーネ。あの令嬢こそが……あなたの父を殺し、それに気付いた私の心に住み着いた外道。他人の精神の中に巣食う術をもった最悪の悪役令嬢!!」


「後一歩というところで……計算外だ!!」


 カロリーネこそ諸悪の元凶。長い時をかけてマリア・テレジアの精神を侵食し、富も名声も権力も手に入れようとした外道であった。


「今こそ報いを受ける時! カロリーネ覚悟!!」


「ちいっ、だがまだだ。もう一度、お前の父親を殺す瞬間から始めてやる。今度はもっと高性能なクローンを作ってやるぞ! ふふははははは!!」


「お待ちなさい!」


 脱兎の如く逃げ出すカロリーネ。すぐに追おうとする二人をテレジアが止める。


「今は追わなくてもいいわ」


「お母様?」


「言ったでしょう? クローンには細工がしてあると」


「もしかすると、マリー様のお父様を生き返らせる……いいえ、死ななかったことにできるのでは?」




 そして時代はマリーの父が死ぬまさに当日の夜。


「ふふはははは戻って来たぞ。まさか一日早く計画を実行するとは思うまい。明日に飛んだマリーの間抜け面が目に浮かぶわ」


 毒の入った水差しを持って、寝室へと侵入。水差しをすりかえて退出。

 よどみのない手つきで終えて自分の部屋へと戻る。


「これでいい。明日には全てが終わる」


 そしてベッドに腰掛けた瞬間。ベッドごと床に空いた穴へと落下し、そのまま滑り台のようになった道を落ちていく。


「うわあああぁぁ!? なんだ!?」


 そして落ちた先は、つい先ほどまで自分が令嬢ファイトを行っていたリングであった。


「ここは……どういうことだ!」


「令嬢のトラブルは令嬢ファイトで。それが令嬢の掟ですわよ。カロリーネ」


 リングの上にはマリアベル・マリー・テレジアの三人が揃っていた。


「なぜだ! お前達は明日の夜に飛ぶはず!」


「クローンの体にね、私が発信機をつけておいたのよ。ちなみに、この体もあなたの場所を感知できるわ」


「既にお父様は別室ですわ。毒殺に使われた水差しも確保。言い逃れはできませんわよ!!」


「バカな……計画は……ワタシの計画は……キイイィィィィ!!」


 自暴自棄になり襲い掛かるカロリーネ。誰よりも早く反応したのはマリアベルであった。

 花嫁令嬢となり、時を止めたマリアベルは閃光のように眩い光の連打を浴びせる。


「さて、私の恨みはこんなもので結構ですわ。乙女心インパクト!」


 最後に強烈な一撃で決め、花嫁化を解除してリングを降りる。


「げはあぁぁ!? いつの間に攻撃を……」


「やれやれ……今回ばかりは、フィニッシュを譲るしかありませんわね。美しく、優雅に決めてくださいまし」


「ありがとう存じますマリアベル様!」


 マリー親子は一瞬見つめあい、ゆっくりと頷くと同時に駆け出した。


「いくわよマリー!」


「はい、お母様!」


 二人の両腕が暖かく聖なる光に満ちる。マリアベルにはその光が、湖で見たマリーの笑顔と同じ暖かさに感じた。


「愛と正義の……令嬢舞踏究極奥義!!」


「エンジェリックシンフォニー!!」


 光の翼を交差させ、カロリーネを切り裂く光の刃は、まさに天使の羽のようであった。


「バカな……ワタシは……全てを手に入れ……うあああああぁぁぁぁ!?」


 今ここに、最大最悪の令嬢カロリーネの野望は潰えた。その身と共に完全に消滅したのである。


「まことにありがとう存じます。なんとおわび申し上げてよいやら」


「いいのです。マリー様というお友達もできました。令嬢舞踏も学ぶことができ、お礼を申し上げたいのは私もですわ」


「お友達……では、マリーとお呼びください」


「わかりましたわマリー。これからもよろしく。私もマリアベルとお呼びください」


「ええ、よき友人で、よきライバルでいましょう。マリアベル」


 しっかりと握手を交わし、愛情を取り戻した親子に背を向け歩き出すマリアベル。

 その背中には、新たなる決意があった。


「私も、お二人に負けない令嬢になって……もっと凄い伝説を作ってみせますわよ」


 過去も未来も令嬢は存在し、その戦いは続く。

 だが決して希望は失われない。新たな英雄は生まれ続け、そして伝説となる。

 この親子の愛も、きっと伝説となるだろう。そう思いながら、マリアベルは自分の時代へ帰るのだった。

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