伝説令嬢マリー・アントワネット編

伝説令嬢マリー・アントワネット

 今夜は月に一度の舞踏会。名家の令嬢が着飾り、その美しさを咲き誇る。

 そんな美男美女の祭典にあって、マリアベルはその美しい金髪と、宝石のような青い瞳で注目の的であった。


「ふう……少し疲れてしまいましたわ」


 宮殿大ホールのテラスで夜風にあたり、ダンスで暖まった体を冷ます。

 正義令嬢の若きエースも、社交界と令嬢ファイトは勝手が違うのか、少々疲れ気味である。


「今夜は星が綺麗ですわね」


「どうぞ、マリアベル様」


「ありがとうセバスチャン」


 音も無く現れ、飲み物を差し出すマリアベルの執事、セバスチャンマーク2零式。


「このような平穏が、ずっと続けばいいのに」


 そんなマリアベルの呟きを嘲笑うように、ホールから叫び声が響く。


「なんですの!?」


 マリアベルが駆けつけると、そこには倒れ伏す令嬢達の姿があった。


「これはいったい……?」


「まだ生き残りがいたのですね」


 長い階段の上から声がする。その声は美しくも冷酷。絶対零度の冷たさを持った声。


「ごきげんよう。いい月夜ですわね」


 金髪で細い複数の縦ロール。そしてどこかデザインの古いドレス。

 赤い瞳が怪しく光ると迸る絶対的な令嬢パワー。

 その正とも負とも言い切れぬ混ざった令嬢パワーは、マリアベルにとって初めて目にするものであった。


「あ、あれは……まさか……太古の昔、全世界を救った伝説令嬢の一人、マリー・アントワネット様! なぜ現代に!?」


 セバスチャンが驚き声をあげる。一流の紳士であるセバスチャンが声をあげるほどの非常事態であった。


「あら、ワタシの名を知るものがいようとは」


 伝説令嬢。それは現代の令嬢史に記される中で、究極絶対の力を持ち、全世界・全次元を賭けて戦ったといわれる正義・悪役どちらにとっても象徴的存在である。


「あの方が……伝説の令嬢?」


「ごきげんよう。伝説令嬢マリー・アントワネットですわ」


「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルですわ」


「そう……貴女が現代正義令嬢の若きエース、マリアベル様。ならば」


 マリーが右手をすっと上に向ける。それだけで爆風が巻き起こり、大ホールの中央に令嬢ファイトのためのリングが現れた。


「ここで会ったのも何かの縁。ワタシと令嬢ファイトでも……いかが?」


「いけませんマリアベル様! 伝説令嬢に勝つことなど……できるはずが……」


「いいえセバスチャン。令嬢ファイトを挑まれて逃げるなど、正義令嬢の恥。とう!」


 優雅に華麗に跳躍し、リングへと躍り出るマリアベル。


「お相手仕りますわ!」


「ふっふふふフフフフ……ソウダ。ソレデイイ」


 マリアベルの背筋に冷たいものが走る。

 今までに感じたことが無いほどの悪寒と殺意。

 絶対的なパワー。伝説令嬢という言葉の意味を肌で感じていた。


「伝説令嬢マリー・アントワネット。参りますわ!」


 優雅な一礼の後、マリーの姿が消える。

 マリアベルは背後に気配を感じ、咄嗟に令嬢チョップを放つ。

 その一撃は、確かにマリーに当たったはずであった。


「すり抜けた? これは幻影?」


「さあ、どうかしら」


 幻影だと思われたマリーが、そのままマリアベルに令嬢クロスチョップを放つ。

 両腕で防ぐも、衝撃でロープまで飛ばされる。


「なっ、なぜ……幻影でもないのに……攻撃がすり抜けた?」


「あらこの程度ですの? 今の令嬢は軟弱ですわね」


 踊るように回転し、一瞬で間合いを詰めたマリー。

 両手に光を携えて、コマのように回転する。それは黄泉へ誘う光の刃。


「令嬢舞踏奥義 ホーリーライトニングロンド!!」


「避けられない……どこから来るのかすら見切れませんわ! うああああああぁぁ!?」


 ガードすらもすり抜けて、マリアベルへダメージを与える光の連打。

 マリアベルがこの日のために特注したドレスもズタズタになり、リングへと倒れてしまう。


「おーっほっほっほ! 脆い脆い! 正義とはなんと脆いものでしょう!」


「攻撃が……見切れない。令嬢舞踏とは……いったい……」


「令嬢舞踏とは。伝説令嬢にのみ使うことのできる究極の舞ですわ」


 令嬢舞踏。それはダンスを極め、令嬢として究極の高みへと達したものにしか使えない奥義である。

 令嬢は優雅であるもの。気品無き戦闘術など令嬢が使うものにあらず。

 そこで全世界の武術を舞に昇華させ、さらに研磨を重ねた結果編み出された、令嬢による令嬢のための究極舞踏が完成した。そのあまりの難易度により、伝説令嬢でなければ身体が壊れてしまうとされている。


「その美しさは月も恥じらい身を隠すほど。攻守共に至高の舞は、決して触れることのできない高嶺の花。令嬢に相応しく、リングに咲き誇る美の頂点!」


「つまり、舞を見切ることができなければ、攻撃も防御も不可能ということ……これは強敵ですわ。それでも! 正義令嬢として……ここで諦めるわけにはまいりませんわ! 咲き誇るのです! 私の令嬢パワー!」


 マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。

 一秒にも満たない刹那に、彼女のドレスは純白のウエディングドレスへと変わる。


「これは……なんと美しい……はっ!」


 そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。

 時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。


「捕まえましたわ! 舞の前に捕らえてしまえばいいだけのこと! はっ!!」


 天高く舞い上がり、マリアベルの必勝パターンであるごきげんようバスターへと入るその途中。

 マリーから笑みがこぼれる。どこまでも余裕を崩さないその態度に、マリアベルの心を不安が支配していく。


「甘いですわマリアベル。貴女の令嬢奥義など、所詮は児戯。本物の令嬢技をお見せいたしますわ」


 マリアベルに拘束されたまま、マリーが回転を始める。

 その回転により、リングに巨大な竜巻が姿を現した。


「なんという暴風……これは……耐えられない!」


 竜巻の勢いに飲まれ、手を離してしまうマリアベル。

 彼女を待ち受けていたのは、彼女の得意とする技であった。


「真・婚約破棄ハリケーン!!」


「きゃああぁぁぁ!?」


「極楽往生!!」


 竜巻と共にリングへと叩きつけられ、花嫁化が解けてしまう。

 最早意識を失わないようにするのがやっとであった。


「その姿……伝説の花嫁令嬢……まさかこれほど弱いとは。伝説を名乗るには一億年早くってよ。おーっほっほっほ!」


「まだですわ……ま……だ……」


 それは死のふちにおいて、無意識に行われたものであった。

 マリアベルの正義令嬢としての魂が、燃え尽きるその前に開花し、再び花嫁令嬢へと姿を変えた。


「まだ変身する気力がっ!?」


 慌てて距離を取り、舞い踊るマリー。しかし、その背後にぴったりとマリアベルが追随する。


「ワタシの舞についてくるなんて!?」


 このとき、マリアベルに意識は無い。過酷なレッスンと、磨き上げられた穢れ無き魂が、彼女の才能を開花させ、潜在能力をフルに引き出しているのだ。


「おくらいなさいまし! 令嬢舞踏奥義 滅びの……」


 奥義に入ることを察知したマリアベルは、それより速くマリーを掴み天へと昇る。


「そんなっ!? まさかこれほどの!?」


 そして伝家の宝刀、ごきげんようバスターに入ろうというその瞬間。

 変身は解け、意識を取り戻したマリアベル。

 拘束を解いてしまい、ふわりとリングへ降り立った。


「私はなにを……?」


「そう、まだまだ成長の余地があるのですわね。ならば、ここでしっかり始末しなくては!」


 右手を振り上げたそのとき、マリーの目から輝きが消え、突然苦しみだした。


「ウ……ウアアアァ……くっ、まだ完全ではないのか……マリアベル! 一週間だけ待ちますわ! 一週間後にもう一度、貴女をリングに沈めてさしあげますわ! そのときこそ、確実に息の根を止めてみせますわよ!!」


 令嬢パワーを爆発させ、目くらましに使って逃走したマリー。

 後に残されるは、満身創痍のマリアベルだけであった。

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