過去で紡がれる絆

「ここに来るのも久しぶりですわね」


 マリー・アントワネットとの死闘から一日。

 マリアベルは、マリーの秘密を探るため、令嬢図書館へとやってきていた。


「ここならマリーの記録も存在するはずですわ」


 令嬢図書館とは、令嬢の存在するあらゆる銀河の記録が収められている星である。

 世界誕生からの記録が自然と集るため、その大きさは図書館としてはナンバーワンだ。


「ありましたわ。マリー・アントワネット。令嬢黎明期を駆け抜けた伝説の令嬢。数々の敵を打ち破り、正義令嬢として無数の銀河・次元を救い、魔王の存在した世界では女神として伝説が残っている。今の姿からは想像できませんわね」


 描いてあることはマリーを賛美する言葉ばかり。

 どこまでも正義を貫く令嬢でとして記されていた。

 だが、後半に突然変革の時が訪れる。


「ある時期を境に恐ろしい悪役令嬢へと変貌し、五つの銀河を滅ぼした後、どこかへと消えた。なにが彼女を変えたのか、それは誰にもわからない」


「突如変貌……なにか理由がありそうですわね。時期は……よし、これは行くしかありませんわ」


 マリーが変わってしまった時期を覚えたマリアベルは、自宅にある時限ゲートから過去の世界へと渡る決意をする。

 名家のご令嬢は、言うまでもなく大金持ちだ。タイムマシンの一つや二つ、買えない道理はない。


「行ってきますわ。留守をお願いね、セバスチャン」


「かしこまりました。ご無事をお祈りしております」


「ええ、必ず戻りますわ。その時はまた、紅茶を入れてくださいまし」


 こうして時間を渡り、マリー・アントワネットが狂う前の時代へと旅立ったのである。

 光の道を歩いた先は、見るものを魅了する美しさを持つ湖のほとりであった。


「ここは……?」


 澄んだ空気と沢山の木々。小鳥の声と広い湖。童話の一ページのようだと、マリアベルは思った。


「あら、珍しい。ここにお客様が来るなんて」


 不意打ち気味にかかった声に反応し、素早く振り向くと、湖の上を歩いてくる令嬢が一人。


「ごきげんよう。正義令嬢マリー・アントワネットですわ」


 優雅に一礼。容姿といい声といい、マリアベルが知るマリーと瓜二つであった。

 だが令嬢ファイトで感じた圧倒的なプレッシャーも、背筋が凍るような殺意もない。


「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルですわ」


 戸惑いつつも挨拶を返すマリアベル。

 それを見て軽く微笑むマリー。その微笑みも、初めて見るものであった。


「ふふっ、そんなに緊張なさらないで。同じ正義令嬢ですもの。仲良くできたら嬉しいわ」


「こちらこそ。よろしくお願いいたします」


「マリアベル様はどうしてここへ?」


「お恥ずかしい……道に迷ってしまって」


 未来から追ってきたなどと軽々に言うわけにもいかず、それらしく誤魔化す。

 疑うことを知らないのか、マリーは笑顔を崩さず手を差し伸べる。


「ではエスコートいたしますわ。ちょうどこれから令嬢ファイトがございます。よろしければ見学なさって」


「まことにありがとう存じます」


 握ったマリーの手は、暖かく。まるで陽だまりの中にいるような錯覚すら起きるほどであった。



 そしてベルサイユ宮殿内部。超特設最高級リングでは、今まさに令嬢ファイトが行われようとしていた。


「どういうことですの? わたくしのパートナーはどちらに?」


 マリアベルは客席から会場の異変を察知していた。令嬢たちがざわめき立つ。


「あら、そちらのパートナーは脅えて逃げ出したようですわね」


「フフフフ。逃げたのなら仕方がありませんわ。二対一で始めましょう」


 悪役令嬢が厭らしい笑みを向けている。マリーのパートナーが来ないのだ。

 なぜならば、パートナーはもとより悪役令嬢。マリーと二対一の勝負をするために送り込まれたスパイ令嬢だからだ。

 そして、それを知るのは悪役令嬢のみ。


「さあ、どうされましたマリー様? 二対一で始めますか?」


「それとも、今から急造ペアで戦いますか?」


「それは……」


 マリーが周囲を見渡す。だが令嬢達は目を逸らす。誰も名乗りを上げようとはしない。

 マリーは天才である。そんなマリーと並び立つ実力者など、運良く現れるはずが無い。

 超がつくご令嬢の相手を務めるということは、失態は許されないということである。


「残念ですわね。ワタシは二対二を希望しておりますのに。ねえギャック様?」


「ええ、誰かが名乗り出たらペアを認めて差し上げますのに。かわいそうですわねえザーン様」


 黒いドレスに身を包み、トゲつき装備で身を固めた悪役令嬢二人がマリーを嘲笑う。

 マリーが一人で戦うことを決意し、リングへ上がる。


「そう、それはいいことを聞きましたわ」


「何奴っ!?」


 客席からマリーの隣へと飛び降りたのはマリアベルであった。


「正義令嬢マリアベル。義によって助太刀いたしますわ!」


「マリアベル様!?」


「道案内のお礼、ここでお返しいたしますわ」


 そっとマリーの手を取り握手を交わす。


「ありがとう存じます。マリアベル様」


 嬉し涙をこらえ、精一杯笑うマリーに応えるため、マリアベルの闘志が燃え上がる。


「命知らずか恥知らずか……ワタシの相手が務まりますかしら?」


「やってみなければわかりませんわよ?」


 こうして過去の世界で令嬢ファイトが始まった。


「ならば試して差し上げましょう。ダークネスホイール!」


 トゲ装備を一つの輪にして高速回転させ投げつける。

 悪役令嬢でも格下が使う技である。


「やれやれですわね。これが悪役令嬢の技ですの?」


 回転を見極め、右手で掴み取ると、数倍の回転と速度で投げ返すマリアベル。

 彼女にとって悪役令嬢とは、もっと気高く強い、悪に殉じるものである。


「うわああぁぁ!?」


 まともにくらって吹き飛ぶザーン。それを見て動揺するギャック。

 マリアベルの強さに驚くマリー。そして呆れ顔のマリアベル。

 一つのリングにいるとは思えないリアクションである。


「命までは取りませんわ。これに懲りたら卑怯な手段をとらず、精進することですわね。ジャスティスドライバー!」


 怯んだザーンを軽く掴み上げ、正義令嬢パワーをほんのり引き出してからリングに叩きつける。

 それだけで、悲鳴も無くザーンの意識は途切れた。


「おのれ……ならばマリーだけでもっ!」


 標的を変え、マリーへ迫るギャック。しかし、その攻撃は空を切る。


「こっ、この動きは……」


「令嬢舞踏奥義、ホーリーライトニングロンド!!」


 マリーの両手から迸る聖なる閃光は、正確無比にギャックを打ち倒した。


「これは令嬢舞踏。この頃からマスターされていたのですね」


 むしろ聖なる力の質と量に限れば、この時代のマリーが上だ。

 マリアベルには益々理解できなくなっていく。


「ありがとう存じます。マリアベル様」


「礼には及びませんわ。むしろマリー様お一人で倒せたはず」


「それでも、わたくしのために共に戦って頂けた、そのお気持ちが嬉しいのです」


「素晴らしいファイトでしたわ。マリアベル様」


 リングを降りた二人に、拍手と共に歩み寄る貴婦人。


「お母様!」


「ごきげんよう。マリーの母、マリア・テレジアと申します」


 太い金髪縦ロール。真紅の赤い瞳。三十代に差し掛かっているだろうと予想できる容姿。

 それでいて高級なドレスと、それに負けない気品を感じさせるマダムである。


「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルですわ」


「これもなにかの縁。マリアベル様を晩餐へ招待致します」


「そんな……恐れ多いですわ」


「いえいえ、マリーをお救い頂いたほんのお礼です」


 ここで誘いに乗れば、マリーの調査も進む。問題があるのなら、なるべく一緒にいた方がいいだろうと判断し、マリアベルは宮殿での夕食に御呼ばれすることに決めた。

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