二人の花嫁令嬢

「マリアベル、貴女を倒すために……地獄の底から這い戻って来ましたわよ!」


 バラにより戒めより解放されるが、思わぬ乱入者に一瞬思考が遅れるマリアベル。

 その隙に跳躍し、ローズマリーはリングへと躍り出た。


「ローズ……マリー……? 私を助けに?」


「勘違いなさらないでマリアベル。貴女が負ければ、ライバルであるわたくしの株も落ちる。だから渋々来てさしあげただけですわ」


「そう……ありがとうローズマリー」


 かつて死闘を繰り広げた友人でありライバルの登場に、マリアベルの闘志に再び火がついた。

 友情に燃える気高き魂は、マリアベルの体を純白のウェディングドレスで包み込む。


「ふん、悪役令嬢など、ワタシの下位互換に過ぎませんのよ? そんなものが一匹増えたからといって、なにができるというのです?」


 正義・悪役どちらの令嬢パワーをもってしても、封印するしかなかった最強の相手である悪逆令嬢。

 対抗するにはあまりにも力不足であると。そう考えても無理はなかった。


「確かに、悪逆令嬢は一つの進化の形なのかもしれませんわ。それはわたくしも認めましょう。ですが! 自身の非道な行いに酔いしれ、優雅さを失った進化は……そこで終わりですわ!」


 自信に満ち溢れたローズマリーの笑みは消えることはない。

 レッスンの果てに見つけた、新しい力が彼女の令嬢魂を動かしているからだ。


「ならばワタシこそが究極の令嬢。進化の到達点であるという証明に他なりませんわね」


「それはどうかしら。はああああぁぁぁ………………今こそ限界を超え高まるのです! わたくしの令嬢パワー!!」


 ローズマリーの令嬢パワーが爆発的に膨れ上がり、天高く黒い光が立ち昇る。


「これが……わたくしの新たなる力ですわ」


 光が収まり、全員の目がローズマリーに釘付けになる。

 そこにはマリアベルとよく似た、黒いウェディングドレスを身に纏うローズマリーの姿があった。


「そっそれは!? その姿は!? バカな……ワタシにもできなかったものが……こんな……こんな半人前の小娘に!? ありえませんわ! 正義令嬢に負けるような悪の面汚しにできることではありませんわよ!」


「半人前だからこそ……負けたからこそ、わたくしも自分の力の無さを呪い、怨みましたわ。どうやってもマリアベルに勝てるビジョンが浮かばない……そんなわたくしは、貴女と同じく闇に飲まれかけたのです」


 悪役令嬢としての自分に限界を感じていたローズマリーは、トレーニングをゼロからやり直し、改善と研磨に終始した。

 それでもマリアベルには届かない。スピカと同じ道へ向かう寸前であった。


「絶望の中で邪道に堕ちかけていたわたくしを引き戻したのは……納得いきませんがマリアベル、貴女でしたわ」


「私が……?」


「ええ、このまま自分の心に負け、無様でみじめに悪役令嬢の誇りを捨て去ってまで勝ったとして……果たしてそれは本当の勝利なのか。勝利を思い描く時、マリアベルの失望した顔しか浮かばなかったのです。ふふっ……嫌なものですわね。唯一ライバルと認めた相手に失望されるというのは」


 ローズマリーは笑顔だった。自分の苦しみを吐露しているというのに、その姿は令嬢としての気高さが確かに感じられる。


「そんな自分に腹が立ち、強くなるために気高さ、優雅さを忘れた自分を吹き飛ばすように全身全霊の力を解放した時、とても爽やかで心が満たされていくのを感じましたわ」


 それがローズマリーの花嫁令嬢へと変身したいきさつであった。


「そこからはマリアベルに追いつくために、一日千回のごきげんようを一万回にしましたのよ」


「一万回!? ごきげんようを一万回も……貴女死ぬ気ですの!?」


「ふっ、正義令嬢全滅まで、おちおち死んでなんかいられませんわ。それに、特訓のおかげでわたくしの令嬢パワーはざっと千倍。今なら社交界でも視線は独り占めですわ」


 地獄の特訓は、彼女を令嬢として大きく成長させたのだ。

 きらびやかな宮殿の中央に設置されたリングに、自身をこれでもかと咲き誇らせる姿は、悪役令嬢として確実に一段上のステージに上がった証拠だった。


「バカな……小娘が……ワタシに届く事の無い矮小なパワーで……花嫁令嬢として進化するなどありえない!!」


「足りない分は友情で補えばいいだけですわ!」


「スピカにやられ過ぎておかしくなったのかしら? ライバルだと言っているでしょう」


「ライバルと友情は両立できないものではないわよローズマリー」


「ふん、もうなんでもいいですわ」


 笑顔を絶やさぬマリアベルと、呆れ顔だがどこか優しい雰囲気のローズマリー。

 お互いの実力を知るもの同士の繋がりがそこにはある。


「正義令嬢と組むなんて……腸が煮えくり返りますが……あの方を生かしておいては令嬢の恥。一時手を組むしかありませんわね」


「私は嬉しいわ、お友達と組めるなんて。よろしくお願いいたします。ローズマリー」


「何人増えようとも無駄ですわ! ワタシのヘルジュエリードレスは無敵! どんな令嬢だろうとひれ伏すのです!」


 純金の扇子で口元を隠し高笑いを決める。その姿は正しく悪逆令嬢であった。


「もとより令嬢道は茨の道。無敵だろうと不死身だろうと乗り越えて」


「正義と悪の誇りを掲げるだけですわ!!」


 二人の目に迷いはなかった。今ここに、正義と悪の最強令嬢タッグが誕生した!


「戯言を! ゴールド・ゴージャス・バインド!!」


 二人を捕らえるため、復活した縦ロールが数を増やし一斉に迫る。


「バラよ。下品な戒めを許してはなりませんわ!」


 ローズマリーの作り出したバラのツルが、縦ロールを捕らえて離さない。


「小癪な!!」


「いきますわよローズマリー!」


「ええ、よろしくってよ! マリアベル!!」


 音速の壁を越え、光速に近づく二人。

 あまりにも速いため、白と黒の線と化しリングを飛び回り埋め尽くす。


「まずはわたくしの奥義からですわ!」


 二人でロープを引っ張ってはスピカに次々絡ませる。

 元の位置に戻ろうとするロープはギリギリと身体を締め付けていく。


「悪役令嬢奥義――――ざまぁローズホールド!!」


 ローズマリーが胸のバラをロープに突き立てると、ロープも茨も黒く染まり、赤い電撃が縦横無尽に駆駆け巡る。


「ぐあああぁぁぁ!?」


 ヘルジュエリードレスにできた僅かな傷から、スピカの体に電撃が染み込んでゆく。

 バラは徐々にパワーを奪う効果も存在する。時間が経てば経つほど有利になるのだ。


「こんな……ものおおおおぉぉ!!」


 必死にもがいて脱出したスピカに二人の暴風が吹き荒ぶ。


「婚約破棄ハリケーン!」


「ダーク婚約破棄トルネード!」


 正義と悪は表裏一体。悪役令嬢もまた、婚約破棄を経験するものが多い。同じタイプの技を使えても不思議はない。赤き稲妻を纏った漆黒の竜巻は、マリアベルの放つ技とは逆回転でスピカを挟み込み、天高く打ち上げた。


「正義令嬢奥義――――乙女心インパクト!!」


 マリアベルの右手に集った令嬢パワーを練り上げ、相手の胸に押し付け浸透させる。

 やがて体内に入り込むと内側から全衝撃が炸裂するという、恋に胸が張り裂けそうになる思春期の乙女心を表現した奥義である。


「ぐ……がはっ!?」


 内側からの衝撃でドレスが砕け、さらに高く飛んだ三人は宇宙へと昇る。


「決めますわよ!」


「一度だけ、正義と悪の力を一つに!!」


 右から正の力を、左から負の力を流し込まれ、言葉も出ないほどに追い詰められるスピカ。

 全宇宙を苦しめた悪逆令嬢に終わりの時が来たのだ。


「ダアアアアブル!!」


「ごきげんようバスタアアアァァ!!」


 抗う術など存在せず、スピカは一直線にリングへと落下し大爆発を起こした。


「こんな……こんな小娘どもに……うああああああああああああぁぁぁぁ!?」


 衝撃に耐えられず砕け散るリング。粉々になっても勢いは止まらず、地面に大きなクレーターを作る。

 悪逆令嬢スピカは、その野望と共に消えた。

 残ったのは勝者であるマリアベルとローズマリーのただ二人。


「厳しい戦いでしたわ……私一人では勝てなかった」


「やれやれですわ。悪逆令嬢……あんな化け物が令嬢界に存在するとは。世界は広いですわ」


 世界の危機は去った。二人の令嬢により全宇宙崩壊の危機は免れたのである。


「本当に助かりましたわローズマリー」


「礼など不要ですわ。いいことマリアベル。わたくしに負けるまで、なにがなんでも勝ち続けなさい」


「ええ、よろしくってよ。貴女ともう一度戦うまで、私は令嬢としてどこまでも強くなります」


「それだけ聞けば十分ですわ。では、ごきげんよう」


 真紅の花びらに包まれて、ローズマリーは姿を消した。


「令嬢の力は……道を誤れば世界を破滅に導いてしまう。スピカはそれを教えてくれた。私も日々精進ですわね」


 正義と悪は表裏一体。どちらも外道に堕ちる可能性を秘めている。

 しかし、この世にマリアベルのような清い心の令嬢がいる限り、世界は平和であるだろう。

 令嬢達の戦いは続く。

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