悪役令嬢ミレイユ
時は流れて夜。あてがわれた客室のテラスで、煌く星々を眺めるマリアベル。
「眠れませんわね」
客室は令嬢が泊まるのに相応しい豪華なものであった。
にもかかわらず眠れないのは、この次元への疑問もあるだろう。
そして枕が替わると中々寝付けないタイプでもある。
「あれは……オリヴィア様?」
塔から屋敷へと歩くオリヴィアを見つける。
令嬢ファイトの前に事情を聞いておこう。そう思ったマリアベルの行動は早い。
三階のテラスから優雅にふわりと飛び降りると、音もなく着地した。
「ごきげんようオリヴィア様。こんな時間にどちらへ?」
「ごきげんようマリアベル様。庭のお花の手入れをしておりました。マリアベル様こそお休みになられたのでは?」
三階から降りてきたことに疑問も持たず。心配もしない。
一流の令嬢であれば当然のことであるからだ。
「どうにも寝付けなくて……」
「そうでしたか。ですが、お屋敷以外には庭園と塔しかございませんので、ご案内できる場所が限られております」
「あの塔は……確か攻略対象の殿方が暮らす場所でしたわね」
「ええ……最新式ハイテク設備を余すことなく使った塔です」
塔にはサーチライトや監視カメラが取り付けられている。
ミレイユ以外が出入りすることは禁じられているためだ。
「あなたは……なぜこんなことを……ミレイユ様の仲間ですの?」
「私は……この世界最後の正義令嬢ですわ」
「なん……ですって……?」
夜風を避けるため、二人はマリアベルの部屋に移った。
そしてオリヴィアは、この世界についてゆっくりと語り出す。
「この世界は平和そのものでした。豊かでのどかな国で、正義令嬢であるわたくしが、王族貴族の攻略対象である殿方との生活を通して愛を育む……そんな乙女ゲーム次元でした」
「そうでしたの。ではこの世界の悪役令嬢がミレイユ様?」
「いいえ、ある日突然ミレイユ様が現れて……当時の正義令嬢も悪役令嬢も倒してしまわれたのです」
「そんな……正義令嬢が負けた……?」
「最後まで抗ったわたくしは……とうとうミレイユ様に負けました。そして攻略対象の殿方はミレイユ様に奪われました」
オリヴィアの声が暗く沈む。マリアベルは無理に聞き出そうとせず、オリヴィアの言葉を待った。
「奪われたといっても、心はいつまでもわたくしと繋がっています。誰一人として、ミレイユ様に愛を語ることはなかった。それに逆上したミレイユ様はあの大きな塔を作り、中で豪華で贅沢な生活をさせているのです。自分に振り向くまで」
苦い思い出を語るオリヴィアの目には、溢れんばかりの涙が溜まっている。
オリヴィアの発言から深い悲しみと絶望、暗い気配を感じていた。
「そして邪魔者を排除するため、自分以外のものに心変わりすることのないように……誰の声も届かない高く硬い壁を作ったのです。その日から永遠の停滞、イベントの進まぬ世界。誰からも思い出してもらえずに忘れられた次元。それがこの世界ですわ」
「なんということを……」
「全てを奪われ、人質をとられたわたくしには、あの方々との楽しかった日々を思い出しながら生きるしか……もうわたくしは死んでいるも同じ。どうか……どうかマリアベル様!」
「ええ、よろしくってよ。正義令嬢の名にかけて、必ずや悪役令嬢を倒してご覧に入れますわ!!」
マリアベルの心に迷いはなかった。正義令嬢として、このような行いは到底許せるものではない。
改めて打倒ミレイユを誓ったのであった。
「正義令嬢マリアベル様! いざ尋常に勝負ですわ!」
太陽が真上にかかる正午。攻略対象が集められた塔の真下に作られた最高級ゴージャス乙女リングでは、悪役令嬢ミレイユが待ち構えていた。
「司会、解説も観衆もなしとは……貴重な体験ですわ」
「審判はオリヴィアに任せておりますわ。そして、観衆ならもう集っておりますわよ」
塔の窓には確かに複数の人影がある。
マリアベル達からは影になって顔は見えないが、確かに存在していた。
「まさか攻略対象の……」
「その通り。窓から顔を出すことも、声を出すことも禁じてあります。希望である正義令嬢が倒れるところを目の当たりにすれば、その絶望は計り知れないもの。これほどのショーも、それに見合う観客もおりませんわ」
「悪趣味なことですわね。どんな状況であっても、負けは許されませんわ。とうっ!」
正義令嬢の正装である純白のドレスを身に纏い、リングに立つマリアベル。
その美しさは地上に舞い降りた天使のようである。
「よろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
お互い優雅に一礼してから中央で組み合う。
名家のご令嬢であるため、優雅な一礼は欠かせないのだ。
「わたくしの妙技に酔いしれなさい。せいっ!」
マリアベルの手を振り払い、強烈な令嬢ローリングソバットを繰り出すミレイユ。
怯んで数歩後退したマリアベルに、容赦なく令嬢チョップの雨をあびせ続ける。
「的確にガードをすり抜けるテクニック。態勢を整える猶予がないほどのパワー。相当の使い手ですわね。ミレイユ様」
「ありがとう存じます。ですが、お喋りしている余裕がいつまでもちますかしら」
「そろそろ反撃に移らせてもらいますわ!」
ミレイユの腕を掴み豪快に捻り上げる。しかし、それを察知したミレイユは、体ごと回転することでそれを避けようとする。
「お返しですわよ!」
だがマリアベルはそこまで読んでいた。ミレイユが回転のため飛び上がり、無防備になるところを狙って手を離し、お返しのドロップキックを放つ。
「しまった!?」
ガードに回るも時既に遅し。直撃を貰ってロープに背を預けてしまう。
「ここで決めますわよ! 令嬢パワー全開!」
ロープに弾かれ、足がもつれたミレイユを抱え上げ飛び上がる。
「正義令嬢奥義――――婚約破棄ハリケーン!!」
婚約破棄ハリケーン。それはまるで嵐のように過ぎ去る愛と恋。友情と愛情。身分の差。望まぬ婚約。そんな令嬢必須の青春を力に変え、高速回転しながら相手をリングに突き刺す必殺技である。
「正義令嬢の若きエース……なるほど納得ですわ。ですがその技、実力で勝っている相手には通用いたしませんわよ」
「なんですって!?」
「令嬢パワー全開! 逆ハリケーン!!」
一気に爆発させた令嬢パワーにより拘束から抜け出し、猛烈な逆回転を始めるミレイユ。
その力はマリアベルが回転することにより巻き起こした竜巻を打ち消し、落下の勢いまでも消し去った。
「そんな……婚約破棄ハリケーンを初見で破るなんて!?」
「令嬢として戦ってきた経験が、わたくしを突き動かす。その時にできる最適解を、体が自然と選ぶのですわ」
優雅に着地する両者だが、着衣の乱れを直すミレイユとは対照的に、マリアベルからは余裕が消えていた。
「経験に裏打ちされた力ということですか。これは難敵ですわ」
「奥義には奥義を……こちらも参りますわ! 令嬢奥義――――光輪縛鎖!!」
マリアベルの背後に回り、令嬢パワーで作り出したいくつもの光の輪がマリアベルを拘束していく。
「動けない……これは高度に練り上げられた力の塊?」
「さあ、終わりですわマリアベル様!」
光の輪が両手両足を拘束したまま空へと運ばれてしまうマリアベル。
「この光は貴女と敗北を繋ぐ究極の光。真・令嬢奥義――シャイニングエンゲージ!!」
「抜け出せない! このままでは……うああぁぁ!!」
一筋の光となったマリアベルは、純金製の最高級リングへと叩きつけられた。
「終わった……全てが……」
「まだですわ。まだ終わっておりませんわよ」
ドレスもボロボロになり、足取りもおぼつかない。そんな状態でも立ち上がるマリアベル。
「まだ動けるとは称賛に値しますわね。ですが苦しみが増すだけですわ」
「それはどうかしら。こちらも敬意を表して奥の手をお見せいたしますわ! 令嬢パワーよ……限界を超えて高まるのです!!」
マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。一秒にも満たない刹那に彼女のドレスはウエディングドレスへと変わる。
そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。
「さあ……ミレイユ様。全てを終わらせる時ですわ!」
「ドレスが変わったからといってどうだというのです! 光輪縛鎖!」
光の輪が無数に飛来する。だが今のマリアベルは光り輝く美の化身。究極の令嬢。
光輪はマリアベルが放つ光に飲み込まれ、彼女へ吸収される。
「そんなっ!?」
「いきますわよ、正義令嬢究極奥義!!」
光をも超える速さでミレイユを抱え、どこまでも高く飛ぶ。
繰り出される脱出不可能な究極奥義。令嬢の全てが詰まった業。
「ごきげんようバスター!!」
落下の衝撃で純金のリングが、世界が揺れる。そして倒れ伏すミレイユ。
今ここに激闘の幕が下りた。
「これでこの世界も救われる。既に塔の鍵も制御装置も壊しておきましたわ。攻略対象の方々も自由の身ですわよ」
塔の中がざわめき始めた。時の止まっている間に破壊しておいたのである。
「おめでとうございます。マリアベル様。心から祝福いたしますわ」
リングの外からオリヴィアが駆け寄ってくる。
「オリヴィア様。ありがとう存じます。これで全てが終わりましたわね」
「ええ、これで終わりですわ」
塔の扉が勢いよく開き、イケメン達が駆け寄ってきた。
「ミレイユ!」
「無事かミレイユ!!」
「ミレイユ様!!」
イケメン達はミレイユに駆け寄り、リングの外へと運び出した。
その顔はどれも本気でミレイユを心配していることがわかる。
「これは……どういうことですの?」
「こういう……ことですわ!!」
背後から忍び寄るオリヴィアに気付くのが遅れたマリアベルは、背中に暗黒令嬢パワーをくらってしまう。
「きゃああぁぁぁ!?」
「くっくくく……ふふふ……オーッホッホッホ!! 油断しましたわねマリアベル!」
「ぐっ……この暗く深いパワーは……? オリヴィア様……これは……」
「いい子ちゃんの正義令嬢だけあって、騙しやすいですわ」
リングに上がったオリヴィアには、夜に話した時の面影などどこにもない。
ただ残忍な笑みを浮かべてマリアベルを見下していた。
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