乙女ゲーム次元からの挑戦者編
乙女ゲーム次元からの挑戦者
正義令嬢の若きエースであるマリアベル。
彼女は今日も自分の屋敷にあるトレーニングルームで鍛錬に励んでいた。
全ての設備は最新式かつ最高級だ。令嬢たるもの、金を惜しんで鍛錬を怠るなどあってはならない。
「ごきげんよう! ごきげんよう!」
美しく輝く金髪。青空よりも澄んだ青い瞳。誰もが振り向く美貌。
その気高き魂は、令嬢としての王道を往く令嬢オブ令嬢である。
「ごきげんよう! ごきげんよう!! くっ……身体が……やはりごきげんようの回数を急激に増やすのは、身体を痛めるだけですわね」
悪役令嬢との戦いは熾烈を極める。いつまでも昨日の自分と同じでは、日々強くなる悪役令嬢との戦いに勝ち続けることは不可能。そう考えたマリアベルは、自己鍛錬の強化と新令嬢奥義の開発を続けていた。
「私は、本当に強くなっているのでしょうか? 強さとは、令嬢とはなんなのでしょう?」
トレーニングを積めば身体は鍛えられる。
しかし、それは本当の強さなのだろうか? 真の令嬢と、胸を張って言えるほどの強さであろうか? マリアベルの疑問は尽きない。
『フフフフフ……正義令嬢マリアベル様。ようやく見つけましたわ』
トレーニングルームに設置された大型モニターから声がする。
「電源は切っているはず。どちら様ですの?」
『お初にお目にかかりますわ。ごきげんよう。わたくしは悪役令嬢ミレイユ。以後お見知りおきを』
まっすぐ伸びた銀髪。宝石よりも美しい蒼い瞳。大人びた印象のある、美少女よりは美女という表現の似合う令嬢である。
「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルですわ」
このような状況でも決して挨拶と優雅な一礼を忘れない。なぜなら彼女は名家のご令嬢なのだから。
『正義令嬢マリアベル様。貴女に令嬢ファイトを申し込みますわ!』
令嬢ファイト。それは、太古の昔より世界の覇権を賭けて行われる、正義令嬢と悪役令嬢の果てしない戦い。
令嬢として生まれたからには避けては通れない茨の道である。
「お受けいたしますわ。いかなる時でも悪役令嬢に背中を見せるなど正義令嬢の恥」
『フフフフ。では、招待いたしますわ。わたくしの世界へと!!』
「なっ!? これはっ吸い込まれる!?」
見えない力でモニターへと引き寄せられるマリアベル。
周囲を観察すれば、自分以外の物はピクリとも動いていない。
『…………さあ、わたくしを……あの方々を……最高の結末へと導いて下さいまし……』
完全に吸い込まれ、意識が途絶える前に、マリアベルは確かにその呟きを耳にした。
「ん……ここは……? 私は確か」
マリアベルが目覚めたのは天蓋つきのベッドの上であった。
服を確認するも乱れはない。
「お目覚めですか?」
反射的に声のした方に振り向き、距離を取る。
よどみなく行われるその行為は、日頃の鍛錬の賜物であった。
「オリヴィアと申します。マリアベル様のお世話を言い付かっております」
赤色のロングヘアーと穏やかな物腰。赤く輝く瞳。
そして全身から滲み出る令嬢としてのオーラ。半端な令嬢ではオーラに触れただけで死線を彷徨うであろう。相当の手練れであることが伺える。
「正義令嬢マリアベルですわ。聞きたいことは山ほどございますが、ここは……?」
マリアベルが周囲を確認するも、清潔で、調度品のセンスも高い一流の部屋ということしかわからない。
窓の外を確認すれば、太陽が沈みかけている。
「ここは悪役令嬢ミレイユ様のお屋敷です。お食事の準備が整いましたので、食堂までご案内致します」
警戒はしたが、拒んだところで手がかりなどない現状。マリアベルは誘いを受けることにした。
食堂までの道のりには、人の気配が無い。大きな屋敷とわかるのに、誰ともすれ違わないのだ。
「このお屋敷……なんだか……」
「寂しいでしょう?」
「……失礼致しましたわ」
ふと漏らしてしまった呟きに、バツが悪そうなマリアベル。
対照的にオリヴィアは微笑を絶やさない。その微笑みはこの屋敷のようにどこか寂しげである。
「いえいえ、そう思うのも無理はございません。このお屋敷には私とミレイユ様だけですわ」
「だけ……? メイドも執事もなしに生活を?」
「ええ、ミレイユ様はどなたともお会いにはなりません。会ってはならないのです」
そこで言葉が途切れた。なんとなく気まずくなったマリアベルは、外の景色を眺める。
遠くには、雲まで届くのではないかと錯覚する高い壁。そして大きな塔。
それだけである。民家の類が存在しない、見るものに不思議な違和感を植えつける光景であった。
「あれは……塔?」
「はい。あそこに攻略対象の王族貴族の殿方が集められております」
「攻略……そう、つまりここは乙女ゲーム次元ですのね」
「はい。ナンバー010M。古参の乙女ゲーム次元でございます」
乙女ゲーム次元。令嬢はゲームの世界にも存在する。ゲーム世界を救うため、優れた資質を持った令嬢専用に、現実世界と乙女ゲーム次元を繋ぐ令嬢ゲートが作り出された。
令嬢はゲートを通って自由に行き来できる。名家のご令嬢ならではのハイテク装置だ。
「私のトレーニングルームのモニターをゲート代わりにして繋げたのですね」
「はい、失礼かと思いましたが……」
「本当に失礼な話ですわ……それにしても010M……聞いた事のない次元ですわね」
「それはそうでしょう。この世界は止まってしまった次元ですもの」
「どういうことですの?」
「さ、着きましたわ。中でミレイユ様がお待ちです」
マリアベルの質問には答えずに、部屋の扉を開けて中へ促すオリヴィア。
入るべきか迷っていたマリアベルに、部屋の中から声がかけられた。
「どうぞお入りくださいまし、マリアベル様。罠などございませんわよ」
どこまでも豪華な食堂の長いテーブルの先に悪役令嬢ミレイユが座っている。
画面越しに見た髪と目。服は黒。ロングコートが赤。自宅のモニターで見たままの容姿である。
「どうぞ」
オリヴィアが椅子を引き、マリアベルのグラスに水を注ぐ。
一つ一つの所作に令嬢としての気品が感じられた。
「ありがとう存じます。正義令嬢マリアベルですわ」
「悪役令嬢ミレイユでございます。空腹では満足に戦うこともできません。最高級の食材をオリヴィアが調理いたしましたわ」
テーブルに並ぶフルコースは、一流レストランと比べても遜色ない出来である。
「これは……なんという美味。素晴らしいですわ」
「ありがとう存じます」
「令嬢ファイトは明日の正午。わたくしとマリアベルさまの一対一で行いますわ」
「ふっ、望むところですわ。正々堂々の勝負ならば、別次元でも受けて立ちましょう」
こうして乙女ゲーム次元での令嬢ファイトが開催されることとなった。
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