二人で一人の悪役令嬢
マリアベルはダメージを受けながらも、その魂は折れていなかった。
正義令嬢マリアベル。その精神力の高さが窺える。
「そんな……生きているなんて」
「死ねませんわ。そんな悲しそうな顔をされたら……心配で成仏もできなくってよ」
『話してくれ、ジェミニ。この婚約破棄デスマッチは僕の与り知らぬもの。だが事情を聞く権利はあるはずだ』
ジェミニはしばし逡巡し、やがてゆっくりと語り始めた。
「わたくしは幼き頃、悪役令嬢でも正義令嬢でもありませんでした。正と負の力を持ちながら、どちらも扱えない落ちこぼれ。そんなわたくしに、たった一人だけ優しくしてくれた方、それがカイル様」
『ああ、覚えているよ。幼い僕はパーティーというものがどうも慣れなくてね。人気のない場所を探していたら君と出会ったんだ』
「それからでしたわ、カイル様とお会いすることがわたくしの生きがいであり希望となったのは」
昔を懐かしむような、決して戻らぬ時を悲しんでいるような声で語り続けるジェミニ。
「ですが、母はわたくしを許さなかった。令嬢として不出来だったわたくしは、この天国と地獄の門の前で母に絶縁され、門が開かれました。母は初めからわたくしをあの世へと捨てるつもりだったのです。もうカイル様に合わす顔が無い……そう思いただ死を待つ我が身は、天国と地獄の両側へと引っ張られました。そして……」
ジェミニの姿が二つに増える。
どちらの顔も目に大粒の涙を貯め、俯くと同時に流れ落ちていく。
「正と負の力を完全にコントロールできる代わりに、このように二人で一人になったのですわ」
ジェミニから語られる衝撃の真実。
それは、カイルには知ることのできぬ場所で行われた悪事であった。
『そんな……君と君の母は令嬢としての訓練中に死んだと……そう君のお姉さんから聞かされて……』
ジェミニの姉は、傷心のカイルに取り入って、その権力と財産を手に入れようと画策。
金と権力に溺れた、どこまでも卑しい女であった。
「ええ、悪役令嬢として力を付けたわたくしが家に戻ると、姉はカイル様との婚約を何とか取り付けようと躍起になっておりました。わたくしはカイル様の財産目当ての姉が婚約するのを阻止するために一計を案じたのです」
「それが私との婚約破棄デスマッチ……」
「ええ、正義令嬢のエースであるマリアベル様なら、姉も文句は言えないはず。姉はわたくしが死んだと思い込み、油断していましたから。死んだことにしておき、隠れて準備を進めました。今頃この試合を聞きつけて慌てふためいているでしょうね」
自嘲気味に笑うジェミニはもう、溢れる涙を止める事ができなかった。
「ジェミニ様のお母様は?」
「地獄に引きずり込まれておりましたわ。弱いものをいたぶることしかできない愚かな女でしたから、地獄には耐えられないでしょうね」
ジェミニが母に向けるのは、哀れみと侮蔑のみ。
欲望のために悪事に手を染めたものに相応しい末路であろう。
「もうこのような体で、カイル様にお会いすることなどわたくしには耐えられません……どうかわたくしのことは忘れて、マリアベル様と生涯をともになさってくださいまし」
『嫌だ! 僕には君を忘れることなどできない。君が死んだと聞き、この身が張り裂けそうだった! 亡霊だろうが二人に増えていようが構わない! 君と離れたくないんだ!!』
「カイル様……わたくしも……いいえ、やはりこんな体では……」
「やれやれですわ。これは意地でも、なにがなんでも勝つしかありませんわね」
ジェミニの話を聞いて、マリアベルの魂はこれ以上ないほどに燃え上がる。
「マリアベル様……」
「私は……私は正義令嬢ですわ。ジェミニ様のような穢れの無い方に涙を流させないために……そんな涙を一滴でも拭えるように……今こそ燃え上がるのです! 私の令嬢パワー!!」
マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。一秒にも満たない刹那に彼女のドレスはウエディングドレスへと変わる。
そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。
「さて、準備は上々といったところですわね」
「いつの間に背後に!?」
「ジェミニ様。この勝負、勝たせていただきますわ!」
ジェミニの背後から急襲をかけるマリアベルの姿がぶれる。
「マリアベル様が二人に! いいえ違いますわ、これは闘気。令嬢パワーを集めて分身を作ったということですの!?」
「いきますわよ。正義令嬢究極奥義!!」
二人のジェミニを抱えて天高く舞い上がるマリアベル。
「ごきげんようバスター!!」
逃れる術など無い究極の業。それがごきげんようバスターである。
「負ける。わたくしが負ける。カイル様、どうか……幸せに……」
あまりの衝撃にリングが粉々に砕け散り、倒れ伏すジェミニ。その姿は一つであった。
勝者マリアベル。これで婚約破棄デスマッチは閉幕となる。
「私の勝ち。つまりジェミニ様がカイル様と婚約するのですわ」
「なんだって?」
「果たし状をよーくご覧くださいまし」
セバスチャンが手元の果たし状をモニターに映す。
そこにははっきりと、負ければマリアベルが婚約。勝てばジェミニが婚約。と記されていた。
「そんなっ!? そんなばかな……私は確かに……」
目が覚めたジェミニがふらふらと歩き出し、果たし状を強引に奪い取る。
「これは……これはいったい誰が!?」
「誰がもなにも初めからそうだったのでしょう。誰にも気付かれず、果たし状の内容を書き換えるなど、時間が止まりでもしなければありえないことですわ」
「時間……まさか……貴女が時間を止めたのは、わたくしを倒すためではなく、果たし状を書き換えるために……?」
「さあ? そんな証拠はありませんわよ」
時の止まった世界では、なにがあろうとマリアベル以外には知りえないことである。
それが果たし状の書き換えであってもだ。
「ジェミニ!!」
倒れそうになるジェミニをカイルが優しく抱きとめる。
「カイル様……」
「ジェミニ。結婚しよう」
「カイル様。ですがわたくしは……」
「もう二人にはなりませんわよ。ジェミニ様の力が頂点に達した時、ごきげんようバスターを打ち込みました。完全に魂も肉体も結びつき、決して離れることは無いでしょう。ジェミニ様とカイル様のように」
何度二人になろうとしても、ジェミニはもう一人の令嬢のままであった。
「今の貴女なら、正と負の両方を完璧に使いこなせるはずですわ」
「私の体が……戻った?」
「ジェミニ! もういいんだ。戦わなくてもいい。これからは私の妻として、ずっとそばにいて欲しい。もう二度と、君と離れたくない……」
「カイル様! わたくしも、わたくしもずっと……おそばに……カイル様!!」
二人は泣きながら強く強く抱きしめあっていた。
この絆は、たとえどんな障害が待ち受けていようとも、切れることは無いだろう。
「誠にありがとう存じますマリアベル様」
「ありがとう。僕にはそれしか言葉が出てこない。本当にありがとう」
「お幸せに。式には呼んでくださいまし」
それだけ言って立ち去ろうとするマリアベル。
「マリアベル様! どちらへ?」
「正義令嬢として、穢れなき涙を流させたという貴女の姉に……お仕置きをして参りますわ」
こうしてジェミニの姉は成敗され、地獄流しの刑となった。
ジェミニとカイルは今までの時間を取り戻すように、幸せになっていくだろう。
「やはり私には、結婚などまだまだ早いですわね」
光あるところに闇がある。悪役令嬢と正義令嬢は表裏一体。戦いはこれからも続いていく。
しかし、誰かを愛する心は、案外同じものなのかもしれない。
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