悪役令嬢の罠

 突如としてマリアベルを襲うオリヴィア。

 困惑するマリアベルをよそに、事件の裏側が語られる。


「悪役令嬢はわたくしですわ!」


「それでは昨日の話は」


「全て真逆。貴方が倒したのはお仲間の正義令嬢ですわよ」


 悪役令嬢オリヴィア。彼女は攻略対象キャラを人質にとり、正義令嬢同士で潰しあうように仕向けたのである。

 ミレイユが勝てばよし。負けても疲弊した令嬢を自分が倒せばよし。


「さあ、令嬢ファイト最終ラウンドですわ!!」


 ミレイユの着ていた赤いコートがオリヴィアに戻ると、赤黒いオーラが周囲を埋め尽くす。


「かかってらっしゃいマリアベル。この手で引導を渡して差し上げますわ」


「やるしかないようですわね。正義令嬢マリアベル、参りますわ!」


「悪役令嬢オリヴィア。遊んで差し上げますわ」


 本来二人の力はマリアベルの方が上である。しかし、明らかに疲労の色が濃いマリアベルには、オリヴィアの攻撃をしのぐだけで精一杯であった。


「長引けば負ける! 全力でいきますわ! 令嬢パワー解放!!」


 ウェディングドレス姿のマリアベルは最後の力を振り絞る。

 自分にできる最大の奥義で決着をつけるつもりだ。


「ごきげんようバスター!!」


 天から舞い降りる二人。絶対に破れないはずの業であった。


「ふふふ。なんのためにミレイユを戦わせたと思っているのかしら? その技はもう見飽きましたわ!!」


「なんですって!?」


 オリヴィアのコートがマリアベルを包みこむ。

 強烈な悪役令嬢パワーを流し込まれ、指を離してしまう。


「なんですのこれは!?」


「このコートはワタシの髪が編み込まれたコート。令嬢パワーを伝えるのに最適。そして全力で力を込めれば対象に簡単な指示を出せる。『指を離せ』程度なら問題ありませんわ」


 コートは首に絡みつき、物理的にも邪魔をする。


「催眠術か洗脳のようなものですのね。どこまでも回りくどい手を」


 脱出を諦め、ダメージを最小限に抑えるため、令嬢パワーを纏って防具とする作戦に出る。


「勝てばいい。勝てばいいのですわ! さあ、『自分一人で落ちなさい』マリアベル!!」


「まだ防御が完全ではない……間に合わない!」


 リングへ激突寸前でマリアベルを救ったのは、倒れたはずのミレイユであった。

 オリヴィアを蹴り飛ばし、コートの操縦を切る。

 絡み付いたコートを光輪で弾き飛ばし、見事マリアベルの救出に成功した。


「ミレイユ様……」


「逃げて……逃げてくださいマリアベル様! どうか……彼らと共に元の世界へお逃げください」


「そんな、できませんわ!」


 自分の攻略対象と共に逃げろと懇願するミレイユ。

 だがそれを受け入れることなどできない。正義令嬢として、目の前の悪行を見逃すなど、許せることではなかった。


「わたくしは悪へと落ちた身です……ですが、わたくしの愛する方々だけはどうか! どうか平和に、幸せになって欲しい……どうか、わたくしの最後の願いを……」


「何を言うんだミレイユ!」


「私達はいつまでも君と共にある。ここが君の死に場所だというのなら、我々もここで散ろう!」


 イケメン達から声が上がる。誰一人逃げようとするものはいなかった。

 彼らの言葉からは、ミレイユへの真摯な愛が感じられる。


「今のわたくしには、その愛は受けてはいけないものですわ。どうかお逃げください」


「ミレイユ様、貴女は二つ間違っていますわ。一つ、身を挺して逃がしても、逃げたものの心には……いつまでも後悔だけが残るのです。幸せになんてなれないのですわ」


 ミレイユの両肩に手を置き、そっと語るマリアベル。


「正義に背き、裏切り者となったわたくしに……悪役令嬢であるわたくしにはもう……」


「それが間違いの二つ目です。ミレイユ様、貴女は正義令嬢ですわ。令嬢ファイトの最中、決して卑怯な手段は使わず、私と正面から戦った。悪のそしりを受けようとも、自分の戦い方は曲げなかった。最後まで自分以外の誰かのために、愛のために生きる。そんな貴女は正義令嬢そのものですわ!!」


「わたくしが……正義令嬢……」


「まだ正義の誇りが残っていますわね。ミレイユ様」


「う……うぅ……うわああぁぁぁ!!」


 マリアベルの胸で大粒の涙を流し、子供のように泣きじゃくるミレイユ。

 彼女が今まで抑え付けていたものが、溢れて止まらなくなった。


「ふんっ、茶番はそこまでですわ!」


 どす黒いオーラを撒き散らし、オリヴィアが二人の前に立ちはだかる。


「ミレイユ、忘れたのかしら? 貴女の服にはワタシのコートと同じ素材が使われている。さあ、マリアベルをその手で始末するのよ!」


「そんなことはさせませんわ!」


「おおっと、動かないでくださいまし。動けば攻略対象の皆様を攻撃しますわよ」


 イケメン達に向けられたオリヴィアの手には、暗黒令嬢パワーの塊があった。

 攻撃することができずに、こう着状態に陥ってしまう。


「どこまでも卑劣なっ!」


「さらに服に命じて、愛するものを攻撃でもさせましょうか。ワタシの勝利を飾る前座としてね」


 必死に服の洗脳を押さえつけるミレイユ。

 オリヴィアの指示で、マリアベルも愛する攻略対象も手にかけるという最悪の事態を回避するので精一杯だ。


「ふっ、どうせそんなことだろうと思ったぜ!」


「なんですって?」


 イケメン達がミレイユに駆け寄りドレスを渡す。


「受け取ってくれミレイユ!!」


 イケメン達から渡されたのは純白のドレス。マリアベルのドレスに比べれば刺繍も少なく、どこか拙さを感じるもの。しかし、そのドレスからは他にはない暖かさが感じられる。


「これは……このドレスは?」


「作ったんだ! 俺達みんなで!」


「会うことはできなくても、僕達の心にはいつもミレイユがいた」


「いつか再開できた時……私達みんなでプレゼントしようと」


「こっそり夜なべして作ったのさ! 気に入ったかい?」


「お店で買えるものと比べたら、ちょっとかっこ悪いかもしれないけどさ」


「それが……オレ達全員の気持ちだ!!」


「いつまでも、君を愛しているよ。ミレイユ」


 ミレイユへの愛は薄れてなどいなかった。

 たとえ会うことができなくとも、その愛は不滅。絶えることなく燃え続けていた。


「本当に……本当にありがとう存じます……このドレスは……どんな宝石よりも美しい、最高の贈り物ですわ……」


 穢れのない涙とドレスの力により、オリヴィアに着せられたものから、贈られたドレスへとミレイユの衣装が変わる。


「これが……わたくし……?」


 真っ白なドレスと銀髪が日に照らされ、彼女自身が宝石のように輝いていた。

 その煌きは見るものの魂を浄化するほど神聖なものであった。


「綺麗だよ、ミレイユ」


「お綺麗ですわミレイユ様。この場にいる誰よりも」


 皆口々にミレイユを褒める。どれだけ褒めても言い表せない美しさだった。

 その姿はまさしくこの世界の主役である。


「ふざけた真似を……そんなものでワタシの呪いを打ち破るなど、認めませんわ!!」


 激昂したオリヴィアの繰り出したオーラは、ミレイユに触れることなく浄化される。

 何度暗黒のオーラが襲い掛かろうとも、咲き誇るミレイユの美しさに手出しはできない。


「参りますわよ、マリアベル様」


「ええ、終わりにしましょうミレイユ様」


「シャイニングリング!」


 輝きを増したリングがオリヴィアを完全に拘束した。

 捕らえた敵を放すまいと、より強固に締め付け輝いていく。


「力が溢れてくる……想いが……愛が……わたくしの力になる!」


 二人でオリヴィアを持ち上げ飛翔する。どんどん高度を上げ、ついに宇宙へ飛び出した。


「なぜ……なぜだ! 二人とも戦う力など残っていなかったはず!!」


 悪の令嬢パワーは浄化され続け、満足に力を引き出せないオリヴィア。

 拘束を解くことができず、抵抗する力もなくなりかけている。


「このドレスには、愛する方々の想いがつまっている! 今のわたくしは一人じゃない!!」


「一つ一つの力が小さくても、繋がれば大きな光になる。その光は、闇に飲み込まれることはない!」


「全ての愛と令嬢魂を込めて……ダブル正義令嬢究極奥義!!」


 宇宙より令嬢の星が落下する。大きな光を伴う美しき銀河の流れ星。


「ギャラクシーごきげんようバスター!!」


 天を裂き地を砕く光が迸る。その光は男達を幽閉していた塔も高い壁も浄化して、世界をあるべき姿に戻していく。


「わたくしの……野望が……消える……うあああああぁぁぁぁ!!」


 オリヴィアが消え、世界は平和な日常へと戻るのであった。



「本当に、本当にありがとう存じますわ」


 全てが終わり、元の姿に戻ったマリアベルとミレイユは、祝勝会の後に次元ゲートを開き、別れの挨拶を済ませようとしていた。


「お礼を言うのはこちらの方ですわ。今回の戦いで強さの意味。令嬢とは何か。その答えが、ほんの少しだけ見えた気がします」


 ミレイユ達の愛に触れ、正義を感じ、マリアベルに新たな希望が見えた。

 それは彼女がどんな道を進むことになろうとも、明るく照らしてくれるだろう。


「これからはミレイユと一緒に、この世界を平和で豊かな世界にしてみせます」


「ありがとうマリアベル様。一段落ついたら是非遊びに来てください。我ら一同、いつでも歓迎します」


 攻略対象のイケメン達も見送りに来ていた。全員が思い思いに感謝と別れを口にする。


「この幸せはマリアベル様あってのもの。このご恩は忘れません。何かあればすぐに駆けつけますわ」


「ありがとう存じます。もう私達はお友達ですわ。ピンチの時はまた、モニターから吸い込んでくださいまし」


「もう……意地悪なお友達ですわ」


 がっちりと握手を交わす二人には、美しく優しい笑顔があった。

 戦いを通じて育まれた友情は、この世界での最大の収穫である。


「それでは皆様、また会う日まで……ごきげんよう!」


 どんなに道のりが険しくても、困難な壁が立ちはだかっても、それでも諦めずに勝ち取った未来は美しい。

 それはミレイユとその周りの人々の笑顔が証明していた。


「ごきげんよう!!」


 繋がる心と思い出を胸に、マリアベルの戦いは続く。

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