飲酒フレンズ

砂塚一口

飲酒フレンズ


 あのパークの危機から数日後のことです。


「カバン、この本に書かれているものを作るのです」

「お前のお疲れさま会に合わせて、『おさけ』をみんなに振舞うのです」


 ハカセさんとジョシュさんがぐいっと顔を近づけてきます。


「『おさけ』、ですか……?」

「『おさけ』? 何それ何それ! おもしろそー!」


 ボクは前に『りょうり』をしたときと同じ場所に、ハカセさんから呼び出されました。そして本を渡されたので目を通してみます。サーバルちゃんもボクの隣で覗き込んでいました。


「ヒトは『うちあげ』のときに、この『おさけ』という飲み物を飲むのが普通なのですよ」

「なるほどです……えっと、『おこめ』から作れるみたいですね。『ぶどう』や『いも』からもできるみたい」

「食材なら沢山あるので、色々試すですよ」

「ありがとうございます! ……でも、結構時間がかかるみたいですよ。菌を発酵? させたり温度の管理をしなくちゃいけないみたいなので」


 ボク達は早速『おさけ』造りに取り掛かりました。


「えっと、まずは布の袋に炊いたお米を入れて、揉みこんだらいいみたいですね」

「わたしやりたいわたしやりたい!」


 サーバルちゃんが元気よく手を上げました。ボクはサーバルちゃんがぱしぱしと袋を叩いているのを微笑みながら眺めます。


「うん、いい感じだね」

「次はどうすればいいの?」

「袋を揉み終わったら三日間くらい放置して、甘酸っぱい匂いがしたら水と米を分離させればいいみたい」

「ええー! このまま置いとかなくちゃいけないんだ!」

「そうだね。この調子で、今日は『ぶどう』と『いも』の下準備もしておこう!」


 その後も米を蒸したり冷やしたり、水を加えたりして調整を続けました。

 フレンズの皆さんも時々様子を見に来てくれたりします。例えばアライさんなんかはボクの作っているものに興味津々で、置いてあった袋に顔を突っ込んで、


「ふぅぁああああ! すっぱいのだぁあぁあ!」


と顔をくしゃくしゃにして転げまわっていました。


「ほら、カバンさんの邪魔しちゃだめだよアライさん」

「うぅ~、ほんとに飲めるようになるのだ?」


 フェネックさんがアライさんの背中を押して退場させました。『邪魔してゴメンね』の表情をボクの方に向けていて、ボクは少し笑います。


 蒸した米から『こうじ』を作り、その『こうじ』をさらに別の米に混ぜて良質な『こうじ』を作る作業を繰り返します。さらに『じょうりゅう』という作業のための装置も、布と鍋から本を頼りに制作しました。



        の   の   の   の   の



 そんなこんなで、あっという間に二週間ほどが過ぎました。


「試しに飲んでみよーよ! カバンちゃん!」

「そうだね、だいぶ『あるこーるどすう』も高くなってきたみたいだし、一緒に飲んでみよう!」

「アライさんも飲むのだ!」

「んじゃぁわたしもー」


 サーバルちゃん、アライさん、フェネックさんが、順番にボクが作った『にほんしゅ』と『わいん』と『しょうちゅう』を手に持ちました。かなり手間がかかったので、おいしくなっているかがすごくドキドキします。


「それじゃあ、『かんぱい』をしましょうか」

「『かんぱい』ってなに?」

「こうしてグラスを合わせて、口元の部分を軽くぶつけるんだって」


 チン、とボクとサーバルちゃんのグラスが甲高い音を鳴らしました。それに倣ってアライさんとフェネックさんもグラスを軽くぶつけています。


「わーい、かんぱーい!」

「色がきれいなのだー!」

「ホントだ、アライさんの『おさけ』は綺麗だねぇ。後でちょっと飲ませてよー」


 各々でわいわいと雑談を交わしながら、一口ずつ『おさけ』を口に含みました。


「みゃみゃ!?」

「どうしたの、サーバルちゃん?」

「喉が熱いよぉ……うみゃぁあ」


 かりかりと喉をかきながら、サーバルちゃんは少し苦しそうです。ボクは慌てて水を差しだしました。


「大丈夫? やっぱり失敗しちゃったかな」

「よく、わかんないけど……でも、おいしーよ!」


 サーバルちゃんの言葉に、僕はほっと胸をなでおろしました。

 

「ほへぇぇぇえ……空が回ってるのだ」


 頬が真っ赤に染まったアライさんが、空を見上げながらふらふらと頭を振っています。


「うわあ! 大丈夫ですか!?」

「お空に宝物がいっぱいあるのだぁ……」


 空に手を伸ばして何かをつかもうとしています。明らかにボク達には見えていないものが見えているようでした。


「うぅ……私これ苦手かもー」


 フェネックさんは舌をぺっと吐き出して、顔をしかめています。原料によって味もかなり違ってくるらしいことが、みんなの反応から分かりました。

 ボクも三種類をちょびちょびと飲みながら、味の比較をします。どれがお別れ会に一番ふさわしいのかを考えていると、サーバルちゃんが話しかけてくれました。


「カバンちゃんはどれが好き?」

「んー、そうだね……サーバルちゃんが飲んでたのかな」

「そうなんだ! でも結構喉が熱くなっちゃうよね」

「なんだろう、そういう喉元がかぁっとする感じが、ボク好きなのかも」


 アライさんはすでに顔が真っ赤になってひっくり返っています。フェネックさんはほんの少し頬を上気させながら、アライさんの介抱をしていました。ボクも頭がぼうっとしてきて、何だか体が熱いです。


「でも、おいしいね」

「そうだね!」


 ボクとサーバルちゃんはしばらくそうやってグラスを傾け続けていたんですけど、どんどん頭が重くなってほっぺたが熱くなってきます。


「うー、あついよー!」


 サーバルちゃんがブラウスのボタンをはずそうとして、指先がおぼつかずにうまくいきません。


「あ、やってあげるよ」


 ボクはふらふらとサーバルちゃんに近づいて、指をボタンへと這わせました。どんどん体が熱くなって、頭が上手く回らなくなってきて、ボクはふへふへ笑いながらカバンちゃんの耳をかぷっと食べます。


「食べひゃうひょー!」

「ひゃっ!? カバンちゃん!?」

「かりごっこしよー!」


 そこから先のことは頭がくるくるしすぎてよく覚えていません。



        の   の   の   の   の



 次の日の昼頃に起きたら、頭がすごく痛くてのたうち回りました。


「んあああ……」

「あ……起きたんだね、カバンちゃ……カバンさん」

「え……『さん』?」

「はい、これ……水、です」

「サーバルちゃん!?」


 サーバルちゃんはぷるぷると震えて水の入ったコップを差し出します。そこにアライさんとフェネックさんも姿を現して、ひそひそと会話を交わしていました。


「ひゃぁ! カバン様が起きられたのだ! すぐにジャパリマンを献上するのだ!」

「その役目はアライさんにまかせよっかなー……」

「こらフェネック! 逃げようとしちゃダメなのだぁ!」


 お互いが服をつかみ合って、お互いに押し付け合おうとしています。


「皆さん、一体……」

「え!? 覚えてないの!?」


 サーバルちゃんが驚いて、アライさんとフェネックさんも顔を見合わせています。そうして胸を撫でおろしたかと思うと、いつもの口調に戻りました。


「なんでもないよ、カバンちゃん!」

「そ、そうなのだ!」

「……でも、しばらく『おさけ』は飲まないほうがいいよー」

 

 確かに何も覚えていないし、頭もこんなに痛くなってしまうのは問題ですね。


 そのあと、サーバルちゃんたちは何やらこそこそとボクに隠れて動いていたんですが、後から聞いた話だと『おさけ』をハカセさんたちに預けて厳重に保管してもらったのだとか。


 どうしてでしょう? 楽しかったので、ボクはまた飲んでみたいんですけどね。

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飲酒フレンズ 砂塚一口 @sunazuka

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